薬機法改正をはじめ、薬剤師の業務は対物から対人業務へと大きくシフトしていく中で、薬剤師はどのように自身のキャリアを構築していけばよいのでしょうか――。前回に続き、浜松医科大学教授・附属病院薬剤部長であり、日本薬剤師会と日本病院薬剤師会では副会長を務めている川上純一先生にお話を伺いました。
■薬剤師が本当に望むキャリアを積み上げていくために
►薬剤師の働き方-ゴールから逆算してキャリアプランを構築
■ゴールへたどり着くために薬剤師の目標管理方法
►明確な目標に照らして自分の課題を知ろう
■これからの時代に求められる薬剤師のコミュニケーション能力とは?
►薬剤師に必要なマーケティング視点-「情報」を「生きた知識」に変える
薬剤師が本当に望むキャリアを積み上げていくために
間近に迫る医薬品医療機器等法(薬機法)・薬剤師法の改正や次期の診療報酬改定など、大きな変化を続ける医療界にあって、薬剤師はどのように自身のキャリアを構築していけばよいのでしょうか――。
今回のテーマは“薬剤師の学びとキャリア形成”です。
►薬剤師の働き方-ゴールから逆算してキャリアプランを構築
――薬剤師が自身のキャリアを展望するにあたり、心がけるべきポイントはあるでしょうか。
例えば、優秀なパイロットが、必ずしも航空会社の社長になれるわけではありません。会社経営に求められる知識は、コックピットでの技術や能力と異なるからです。薬剤師も同じです。日常業務に必要な医薬品や薬物治療に関する知識だけではなく、10年後に中堅層として後進を指導しながら活躍したり、将来は管理者としてリーダーシップや交渉力を発揮したりするには、求められることが違ってきます。
すなわち、「認定薬剤師や専門薬剤師の資格を取得すれば職場のリーダーになれる」といった単純な話ではありません。積み上げる学びが見当違いであれば、自らが望む目標には到達できません。例えば、一定の年数後の自分なりの目標をゴール設定して、そこから逆算(バックキャスティング)してキャリア形成を考えることも大切です。
就職して間もなくは、業務の基礎知識を習得するのに精いっぱいで当然。ですが、スムーズに業務を行えることだけを目標とせず、卒後5~6年頃に本当の意味でのスタート点に立てることが重要です。そして、あらためて求められる職務能力や自身の将来像を思い描き、それに合わせて学びの内容も変化させていく必要があります。
一般的なビジネスパーソンでも、役職が上がるにしたがって業務そのものに関して学ぶ機会は減っていく傾向にあります。一方で、経営、会計、経済といった業務以外の領域が多く求められるようになっていきます。特に上位者になる程に人生観や人格などの人間性が必要になります。
そして、重要なこととして、学ぶべき内容の全体量はキャリアを積むにつれてどんどん増えていきます。これは薬剤師にとっても変わらない、ある意味で普遍的な社会人として仕事に向き合う姿勢、習慣、考え方のイメージでしょう。
>>薬剤師として将来スキルアップできる職場をマイナビ薬剤師で見てみる
ゴールへたどり着くために薬剤師の目標管理方法
――「自分なりのゴール」といっても、それを見定めることは簡単ではありません。
いきなり遠くを見るのではなく、まずは1年後に自分がどうなっていたいのか具体的に考えることをお勧めします。その目標は「高すぎず低すぎず」、頑張れば到達可能な程度に設定することがポイントです。
また、目標は単なる方向性ではなく、数値評価やある段階などへの達成状況が判定できるものにすべきです。方向性というのはいわばベクトルの向きですから、1mmだけでも100mでも進めば「前進した」ことには変わりなく評価できません。他人の目から見ても達成できたかどうか分かるくらいの明確な目標に落とし込むことが重要です。
►明確な目標に照らして自分の課題を知ろう
目標は、やるべきこと、やりたいことなど、すべてに対して設定したほうがよいでしょう。例えば病院薬剤師なら、薬剤部内業務に加えて病棟業務や院内のチーム医療や委員会など、複数の役割を担っています。加えて、認定・専門薬剤師や博士号の取得を目指す方もいるでしょう。
しかし、人間というものはどうしても自己評価が甘くなってしまう傾向があります。「〇〇はできなかったけど、△△では頑張って成果を上げたからいいだろう」となりがちです。このことからも、自身が関わる全ての業務や自己研鑽に対して明確な目標を設定しておくことが重要なのです。
すべてに目標を立てておけば「できなかったこと」が浮き彫りになります。自らの弱さに直面することはある意味で気持ちの痛みを伴いますが、自分の課題に恐れず向き合ってこそ人間は成長していけると思います。
――目標に向かう過程で困難にぶつかったとき、どう対処すればよいでしょうか。
目標に対してどのように行動するのか、具体的なアクション・プランを立てることが重要です。行動計画があることにより、目標を達成しやすくなるだけでなく、達成できなかったときにも有意義な振り返りが可能となります。例えば、ある山に登頂すると目標を立てたときは、「ルートを確認する」「事前にトレーニングする」「必要なものを荷造りする」といった行動計画が付随するはずです。
それで、目標が未達の場合には、行動計画通りに行えなかったのであればなぜ行えなかったのか振り返り、計画通りに行ったのであれば次は計画を立て直すと、足りていなかった部分を明らかにすることができます。
仕事をしていると、「忙しかった」「時間が足りなかった」という理由で目標が達成できないことはありがちです。そうであれば、次は「いかに時間を生み出すか」という点にフォーカスして行動計画を考えればよいのです。
例えば、業務や後輩指導の標準化やそのためのツール作成、進捗状況や情報の共有化、互いにサポートできる仕組みなど、職場のチーム全体として業務効率を図る仕組みを考えてみましょう。
これからの時代に求められる薬剤師のコミュニケーション能力とは?
――今後薬剤師にますます必要とされていくのがコミュニケーション能力ですが、どのように伸ばしていけばよいでしょうか。
昔に比べると、現代の薬剤師はコミュニケーション能力にも優れていると思っています。ITの発達でツールが多様化したこともあり、情報を収集・発信する量や速度が桁違いですからね。従来の薬剤師には「おとなしくてコミュニケーション下手」というイメージがあったかもしれませんが、今は特段そうしたことは感じていません。
►薬剤師に必要なマーケティング視点-「情報」を「生きた知識」に変える
ただ、プロの医療従事者としてコミュニケーション能力に磨きをかけるのであれば、「マーケティング視点」を持つよう意識することが大切だと思います。どのようなビジネスでも、「自分が売りたいものを売る」のではなく、「相手が買いたいものを売る」というマーケティングの視点が重要だとされています。
このことは医療現場でも変わりません。どのタイミングで、どのような方法で、どのくらいの量の情報を伝えるのか…といったことを相手に合わせて最適化する。まさに薬剤師に求められるコミュニケーション能力ではないでしょうか。
一口に「患者さん」といっても多様な存在です。同じ病気で同じ薬剤を使っていたとしても、コミュニケーション方法まで同じでよいとは限りません。病状や合併症から生活像などによっても求められる情報の内容や伝え方は違ってくるでしょう。そうしたニーズを敏感に察知し、伝える内容や方法を工夫する必要があるのです。
そもそも医薬品情報は、書籍に書いてあります。しかし、その書籍さえ持っていれば、患者さんの薬物治療で成果を上げられるかというと、そうではないですよね。仕事で成果を上げるには「情報」を「生きた知識」に変換して伝える能力が必要であり、これこそ対人業務が重視される今後の薬剤師に求められるでしょう。
次回は、川上先生の研究生活についてお話を伺います。
撮影/櫻井健司
川上純一(かわかみ・じゅんいち)