最近の高血圧の薬物治療 4th Edition
元兵庫医療大学薬学部教授 八野 芳已
高血圧性疾患の背景や現状から、その発症原因には生活習慣が大きく関わっていることから「生活習慣病」の一つに位置づけられ、生活習慣の改善が治療の基本になる(文献1~8)。しかし、高血圧状態はあらゆる循環器疾患の危険因子と捉えられている。また、高血圧治療の目的が、(1)高血圧の持続によってもたらされる心血管病の発症進展再発を抑制し、死亡を減少させること、(2)高血圧患者が健常人と変わらぬ日常生活を送ることができるように支援することとする観点からも、健康日本21(第2次)では「高血圧の改善(収縮期血圧の平均値の低下)」について、「現在の男性138mmHg、女性133mmHg(2010年)を男性134mmHg、女性129mmHg(22年度)とする」具体的な目標設定を掲げて、「収縮期血圧4mmHgの低下」を目指している。そして、この目標達成に必要な項目として(1)生活習慣の改善では[1]食塩摂取2.6gの減少で、2mmHgの低下[2]野菜・果物摂取の増加によるカリウム摂取173mgの増加で0.5mmHgの低下[3]肥満者割合の減少で男0.14mmHg、女0.24mmHgの低下[4]歩数1500歩の増加および運動習慣者の10%の増加で1.5mmHgの低下[5]飲酒量2合以上(日本酒の場合)を1合程度まで減らすことで0.12mmHgの低下(男のみ)[6]降圧剤服用率10%の増加で0.17mmHgの低下。
(2)血圧降下により期待される循環器疾患死亡率の低下においては、40~89歳の収縮期血圧の平均値を4mmHg低下させることにより、[1]脳血管疾患死亡率を男8.9%、女5.8%低下させる[2]虚血性心疾患死亡率を男5.4%、女7.2%低下させるというような試算がなされている。
このような中、薬物治療での「血圧を下げる薬の服用状況」は図1に示すように50歳を超えると服用率は高くなり、50~59歳で男26.0%、女12.6%、60~69歳では男38.2%、女30.6%、そして、70歳以上では男女とも50%(男53.3%、女54.1%)を超えている。今後、高齢化が進むわが国において高血圧有病者数も増加し、薬物治療を受ける患者が増えると予測し得る。そして、降圧剤服用率を10%増やすことで収縮期血圧を0.17mmHg低下するという試算は「収縮期血圧4mmHgを低下させる目標」に大きな意味合いを持つと考えられるが、コンプライアンス(服薬継続率、服薬順守)の面から考察すると、高血圧疾患における服薬継続率の経時的変動は治療開始時の100.0%から、「3カ月以内で52.0%」「3~6カ月で40.4%」「6~12カ月で33.6%」「1~2年で31.7%」「2~3年で31.0%」「3年以上で30.8%」と経時的に減少する傾向にあり、治療開始半年以内に4割の人しか服薬していないか、できていない、さらに治療開始1年を超えるとその値は3割程度になるという。また、同じ「生活習慣病領域」に入る「糖尿病疾患」でも同様の服薬継続の経時的変化を示し、薬物治療を受ける「2型糖尿病患者の実態」の中で「高血圧を合併している患者は2人に1人」であることから薬物治療の効果を十分に上げるためには「服薬コンプライアンス」いわゆる服薬継続率をいかに高めるかが必要かつ重要な課題であることが浮き彫りになる。そして、この試算達成に大きな要因になり得ると考えられる。
その高血圧疾患の治療に用いられる薬物には、図2のように(1)血管拡張薬、(2)RAAS抑制薬、(3)交感神経抑制薬、(4)利尿薬の四つが主で最近はこれらの配合薬も使われている。降圧薬治療における第一選択薬としては「Ca拮抗薬、ARB、ACE阻害薬、利尿薬」のいずれかが使われているが、現在はARBとCa拮抗薬が共に降圧剤の主役となっている(文献2、6、9)。また、これらの薬剤は単剤あるいは併用で十分な降圧効果と忍容性、豊富な心血管病発症抑制のエビデンスを有している。さらに、これらの第一選択薬にβ遮断薬を加えた5種類は主要降圧薬と位置づけられ、積極的な適応や禁忌、慎重使用となる病態や合併症の有無に応じて使用される。降圧目標値を達成するために、異なる種類の降圧薬の併用が多く行われ、併用療法による厳格な血圧管理は、心血管イベントのさらなる抑制に寄与するとメタ解析により報告されている。現在、第一選択薬の間で併用が推奨される組み合わせは、[1]ACE阻害薬orARB+Ca拮抗薬[2]ACE阻害薬orARB+利尿薬[3]Ca拮抗薬+利尿薬である。第一選択薬の併用療法を行っても目標血圧に達しない場合はβ遮断薬、α遮断薬、アルドステロン拮抗薬、直接的レニン阻害薬、そのほかとして非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬、中枢性交感神経抑制薬、ヒドララジン(直接作用型)などの追加が考慮される(文献2、6、9)
高血圧の薬物治療は「非常に血圧が高い」「充分に生活習慣の改善を行っても、目標の数値まで血圧のコントロールができない」場合に、命に関わる合併症の予防のために施される(文献10)ことを考えると、薬物治療が有効的にかつ的確にその効果が発揮される必要がある。そのためには患者の治療への積極的な参加が不可欠であり、さらに「医師からは積極的に治療に参画するよう意識づけを行うこと」、また、「医療関係者や家族が食生活・運動などの生活習慣の改善への支援を行う」など、関わる人々が協働して患者に寄り添ったサポートを行うことが重要と考える(文献3)
また最近、薬の容器をIoT(Internet of Things)化し、患者の継続的な服薬を促すと共に、服薬記録の管理にもつなげ、患者やその家族が服薬状況を把握し、「薬の飲み忘れの防止」や「薬剤師の残薬管理・服薬指導への活用」にも役立てようとする取り組みが動き出している(文献11、12)
参考資料
(1)八野芳已:最近の高血圧疾患の薬物治療、薬事日報 2015.9.11号 p.5
(2)八野芳已:高血圧性疾患の薬物治療、薬事日報 2016.9.23号 p.5
(3)八野芳已:高血圧性疾患の薬物治療 3rd Edition、薬事日報 2017.9.22号 p.5
(4)国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 国立健康・栄養研究所 健康日本21(第二次)分析評価事業
(5)第2次健康日本21講座 柳川 洋 公益社団法人地域医療振興協会ヘルスプロモーション研究センター
(6)高血圧治療ガイドライン2014 p.46-48
(7)公益財団法人神奈川県予防医学協会
(8)BETTER LIVING「50代からの住まいと健康応援サイト」:なぜ血圧管理が必要なのか 高橋 龍太郎(医療法人財団 充会上川病院 院長 元地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター 副所長)
(9)疾患編 (テキスト解説) 18. 高血圧の治療(生活習慣改善) 19. 高血圧の治療(薬物療法) 20. 降圧薬の使い方 21. 主要降圧薬の適応・不適応 22. 降圧薬の薬物相互作用 Last Updated : 2017/10/11-L.JP.MKT.CN.10.2016.2705 https://www.adalat.jp/ja/home/pharmacist/basic/02/t19.php
(10)高血圧の治療法、治療薬から治療期間などガイドラインに沿って:岡田里佳医師監修、公開日:2018.02.09 更新日:2018.06.05
(11)八野芳已:最近の糖尿病の薬物治療-3rd Edition、薬事日報 2017.2.24号 p.5
(12)「薬包のIoT化」で服薬管理をこう変える 凸版印刷とデンソーウェーブ、CareKitを使って共同開発 2017/07/19 10:30 大下 淳一=日経デジタルヘルス
出典:薬事日報
薬+読 編集部からのコメント
高血圧の治療薬は、50歳を超えるとグンと服用率が上がります。しかし、治療から1年経つと継続率が3割程度まで下がるそう。薬剤師の残薬管理や服薬指導が大事になってきますね。