止まらぬ製薬大手の買収劇~米BMSは8兆円投じる
世界の業界再編は一段落か
今年に入っても海外製薬大手によるM&Aが続いている。1月に米ブリストルマイヤーズ・スクイブ(BMS)が米セルジーンを買収することに合意したと発表。買収額は約740億ドル(約8兆円)に上ると見られており、武田薬品によるアイルランドのシャイアー買収を上回る巨額買収となった。米イーライリリーは米ロクソ・オンコロジーを約80億ドルで獲得。スイスのロシュは米スパーク、米バイオジェンは米ナイトスターを買収するなど遺伝子治療を開発する企業にも注目が集まっている。
BMS~セルジーンを手中に
BMSは、血液癌領域に強いセルジーンを買収することにより、癌領域を強化する。2018年業績は9%増の225億ドルと二桁近い成長を達成し、オプジーボと抗凝固薬「エリキュース」は60億ドル超の売上で両製品は世界トップ10入りを果たした。5製品が売上10億ドルを超えるブロックバスター製品となり、過去5年間で発売した新製品が売上全体の60%を超える。
癌や免疫、心血管系などの疾患領域に集中させる戦略を進めている。癌領域では癌免疫療法薬で先行する1社であり、オプジーボやヤーボイを販売。10以上の癌種で化学療法や抗体医薬との併用療法を含め開発を進めている。
ただ、オプジーボの独占的販売期間満了が28年となっており、その後には特許切れによる大幅な売上減が予想されている。こうした状況から、製薬業界で最も勢いのある企業の一つであるセルジーンの買収に乗り出すことになった。
セルジーンは、血液癌領域に特化し、急激に成長した製薬企業。18年売上は16%増の152億ドルで、多発性骨髄腫治療薬「レブリミド」は18%増の96億ドルと世界屈指の大型製品に成長し、後継品の「ポマリスト」も20億ドルを突破。10億ドル超の製品は4製品に上る。
昨年には、米インパクト・バイオメディスンズを総額70億ドル、CAR-T療法やT細胞療法を強みとする米ジュノ・セラピューティクスを総額90億ドルで買収するなど、積極的に他社買収も行っていた。ジュノが開発中のCD19を標的とするCAR-T細胞療法「JCAR017」は、再発・難治性びまん性大細胞型B細胞リンパ腫を対象に今年の米国承認を見込み、ピーク時売上高として年30億ドルを期待している。
単純に両社合算すると378億ドルと世界トップ10入りは確実だ。両社は研究開発費比率30%を超える研究開発型企業であり、癌領域では癌免疫療法薬、T細胞療法、CAR-T療法と製品ラインナップが強固になる。
両社の取締役会で合意となったが、武田のシャイアー買収と同じように、BMSの株主からは巨額買収による財務リスクを不安視する意見もあるため、買収の成立に向けては越えなければならないハードルが存在している。
イーライリリー~ロクソ買収で癌領域強化
イーライリリーは、癌領域に強いバイオベンチャーであるロクソを買収した。ロクソは第1号製品として独バイエルと共同開発した経口TRK阻害剤「ラロトレクチニブ」で上市を実現しており、バイエルからのロイヤリティ収入が見込めるという。耐性患者に対する第2世代のTRK阻害剤「LOXO-195」も研究開発を進めている。
また、後期開発段階には、来年に上市を予定している経口RET阻害剤「LOXO-292」が肺癌や甲状腺癌など三つの適応症で承認を目指しているほか、第I/II相段階にはB細胞白血病やリンパ腫を対象としたBTK阻害剤「LOXO-305」が控え、癌の製品ポートフォリオ拡大に向け、積極投資を行うことになった。
ロシュ~遺伝子治療薬を獲得
今後拡大が期待される遺伝子治療で有望なパイプラインを持つバイオベンチャーにも強い関心が寄せられている。スイス・ロシュは、遺伝子治療薬を開発するスパークを買収すると発表した。買収額は43億ドル(約4700億円)で6月までに手続きを終える予定。欧米で販売中の遺伝性網膜ジストロフィー治療薬「LUXTRUNA」や、年内に第III相試験の開始を予定する血友病A治療薬「SPK-8011」など遺伝子治療薬を獲得する。
スパークは、米ペンシルベニア州フィラデルフィアを本拠とする遺伝子治療薬のバイオベンチャー。18年売上高は6400万ドルで、神経疾患、眼疾患、血液疾患などを重点疾患領域として研究開発を進めている。RPE65変異が認められた遺伝性網膜ジストロフィー患者に作用するLUXTRUNAが第1号製品として欧米で承認を取得し、四つの開発品目が臨床試験段階にある。
血友病治療薬の開発パイプライン強化が買収の狙いであり、「SPK-8011」が最も先行する開発品だ。ロシュは、中外製薬が創製した活性型第VIII因子とX因子に結合する二重特異性抗体「ヘムライブラ」を販売しているが、将来を見据え、各社が開発でしのぎを削る遺伝子治療薬候補を獲得した。さらに、血友病Aのインヒビター保有者を対象とした「SPK-8016」でも第I/II相試験を実施している。
一方、血友病Bを対象とした「SPK-9001」については、導出先のファイザーが第III相試験を行っている。前臨床段階にはポンペ病やハンチントン病、スターガルト病を対象とした開発候補物質も控える。
バイオジェン~眼科領域に注力
米バイオジェンは、眼科領域で遺伝子治療薬を開発するナイトスターを買収する。買収額は8億ドル(約890億円)で今年半ばまでに手続きを完了する。ナイトスターは先天性網膜疾患に対し、アデノ随伴ウイルス(AAV)治療に特化した新規遺伝子治療薬を保有している。神経変性疾患領域に強いバイオジェンだが、ナイトスターを獲得することで眼科領域の強化を図る。
ナイトスターの開発パイプラインでは、網膜色素変性の類縁疾患であるコロイデレミアを対象とした「NSR-REP1」が現在第III相試験段階にある。同疾患では治療薬が存在せず、ナイトスターは来年下半期に第III相試験のデータが得られる見込み。
X連鎖網膜色素変性症を対象とした「NSR-RPGR」も第II/III相試験が進められており、中期・後期段階に二つのプログラムを保有している。
バイオジェンは、富士フイルムにデンマークを拠点とするバイオ医薬品製造子会社「バイオジェンデンマークマニュファクチャリング」(デンマーク工場)を8億9000万ドル(約991億円)で売却した。
スイスのソルトンに新しい製造施設を建設しており、20年末には本格稼働する予定となっている。ソルトン工場で製造能力は確保されるため、デンマーク工場の譲渡に至ったという。
国内でも相次いだM&A
日本企業のM&Aでは、アステラス製薬が昨年12月、米国バイオ企業「ポテンザ・セラピューティクス」を買収した。癌免疫療法薬の獲得が狙いで、15年にポテンザとの独占的研究開発契約に基づき、アステラスが同社を買収する独占的オプション権を行使した。
ポテンザを完全子会社化する対価として1億6460万ドル(約186億円)を支払い、臨床開発段階にある複数のプログラムの進捗に応じて最大で総額2億4010万ドル(約272億円)の買収額に達する可能性がある。臨床開発段階にある三つの癌免疫療法薬を獲得し、癌領域の製品ポートフォリオを強化したい考えだ。
また、関節リウマチ・整形外科領域に特化したあゆみ製薬は、同社のアドバイザーを務める投資ファンド「ユニオン・キャピタル・パートナーズ」が、米ファンド企業「ブラックストーン」の運用するプライベート・エクイティ・ファンドに対し、普通株式全株式を売却すると発表。今月26日に譲渡が実行される予定だ。
製薬企業の買収先としては、治療満足度の低い癌領域で専門性のある企業、遺伝子治療、細胞治療といった新モダリティの基盤技術を持つ企業に大きな関心が持たれるようになっている。米ジョンソン・アンド・ジョンソンがアクテリオン・ファーマ・シューティカルズ、武田がシャイアー、BMSがセルジーンと数兆円規模の買収が相次いできた製薬業界だが、買収額の高騰を背景に投資回収効果を気にして、業界再編は一段落するのではとの声も出ている。製薬企業の生命線でもある開発パイプラインの強化策は、外部から獲得する手法がいよいよ限界点に達していく可能性があり、持続的成長に向けた事業戦略が難しくなりそうだ。
出典:薬事日報
薬+読 編集部からのコメント
昨年末、武田薬品がアイルランド資本のシャイアーを7兆円弱の巨額投資で買収を発表。同じく昨年末にアステラス製薬が米国のバイオ企業「ポテンザ・セラピューティクス」を最大約272億円で買収することが話題となりましたが、2019年になっても海外製薬大手によるM&Aは続いています。この製薬大手による“パワーゲーム”とも言えるM&Aの流れを見るだけで、各国、各企業が今後、開発や注力して行こうとしている領域が一目瞭然となります。