西洋医学とは異なる理論で処方される漢方薬。患者さんから漢方薬について聞かれて、困った経験のある薬剤師さんもいるのでは? このコラムでは、薬剤師・国際中医師である中垣亜希子先生に中医学を基本から解説していただきます。基礎を学んで、漢方に強くなりましょう!
第1回 はじめに
「薬膳鍋」や「薬膳スイーツ」など、最近よく目にする「薬膳」という文字。なんとなく身体に良さそうな響きですよね。しかし、「薬膳」とは一体どのようなものなのでしょうか?
実は、私たちが当たり前に摂る日々の食事にも、薬膳の知恵が生きています。たとえば、お刺身に添えられた紫蘇(シソ)の葉、お寿司の口直しのガリ(生姜の甘酢漬け)、ざる蕎麦に付いてくる薬味のわさびや刻みネギなど……私たちの周りにはたくさんの「薬膳」があるのです。
お刺身などの生ものは胃腸を冷やし負担をかけますが、生姜や紫蘇などの身体を温める作用のある食材を一緒にいただくことで、胃腸の冷えを防ぐことができます。また、生姜や紫蘇の葉には、魚やカニの毒を解毒する殺菌・防腐作用や、胃腸の働きを助ける作用があります。
このような作用のある生姜と紫蘇を含む、代表的な漢方処方は「香蘇散(こうそさん)」です。香蘇散は魚介類による中毒のほか、ゾクゾクした冷えから始まる風邪の初期対策にも効果的です。なんとなく気分がすぐれず鬱々とするときや、月経前に必ず風邪をひく女性にも処方されます。
近年、医療用やOTCの漢方薬がひろく知られるようになりました。しかし「香蘇散」一つを例にとっても、効能効果が多岐にわたることや、各メーカーによる効能書きが違うことに頭を悩ませる薬剤師さんも多いのではないでしょうか。
あるメーカーの香蘇散の効能書きには「胃腸弱く、胃部や胸部のつかえ感があり、肩こり、頭痛、頭重、めまい、耳鳴り、嘔気などがあり気のふさぐものの次の諸症:軽症の感冒、感冒の初期、じんま疹、更年期神経症」とあり、他のメーカーでは「体力虚弱で、神経過敏で気分がすぐれず胃腸の弱いものの次の諸症:かぜの初期、血の道症」と書かれています。一見、統一性がないように見えますね。
しかし、漢方の専門家は効能効果だけに注目するわけではありません。処方の真意は効能効果には書かれていないからです。生薬の配合を見れば、どのような体質や状態を治療目的とした薬なのかがみえてきます。真意を理解したうえで効能効果を読み解くと、一見ばらばらな効能効果の背後に、まっすぐな理論の軸が通っているのが理解できるのです。
「薬食同源」という言葉があるように、薬膳と漢方薬につながりを感じる方は多いと思います。実は、薬膳料理もまた、漢方と同じ理論に基づいています。薬膳は中国伝統医学(中医学)の一部であり、中国から伝わったものだからです。
では、薬膳と漢方薬を結び、両方の根底をなす理論とはどのようなものなのでしょうか。まずは基本的なところから、少しずつお話ししていこうかと思います。
この連載では、「そもそも漢方・中医学とは何か」「実際の医療で漢方薬がどう用いられているのか」など、中医学の理論体系をご紹介していきます。
中医学の理論を基礎から学ぶと、おのずと薬膳もわかるようになるでしょう。