知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
5月5日の「端午の節句」は鯉のぼりや兜(かぶと)を飾ったり、柏餅やちまきを食べたり、菖蒲湯に入ったりしますね。菖蒲の根は石菖蒲(せきしょうぶ)といい、意識・精神を覚醒させる「開竅薬(かいきょうやく)」のひとつです。「石菖蒲」はスーッと良い香りがして、この中薬の作用は他にはなかなかマネできません。
目次
- 1.端午の節句は菖蒲で邪気払い
- 2.開竅薬(かいきょうやく)とは?石菖蒲の珍しい作用
- 3.石菖蒲の効能
- 4.「石菖蒲(セキショウ・セキショウコン)」と「水菖蒲(ショウブコン)」
- 5.菖蒲のリラックス作用とおすすめの使い方
1.端午の節句は菖蒲で邪気払い
菖蒲は香りがとても強く、ほかの芳香性の生薬にもみられるように、鬼や悪いものをよせつけないとして、薬草風呂(菖蒲湯)、薬酒、煎じ液、束にして軒先につるすなどの方法で古来より邪気払いに用いられてきました。
以前にも、邪気払いに用いられる芳香性の生薬「オケラ」「屠蘇散」について解説しているので合わせてお読みください。
そもそも現代の日本の端午の節句は、中国の邪気払いの風習「端午節(5/5)」に由来します。古代中国の易学で、月と日に「陽(奇数)」の数字が重なる1月1日、3月3日、5月5日、7月7日、9月9日(いずれも旧暦)は「五節句」といい、邪を祓い、魔よけをすべき日とされてきました。
現代の日本では、端午の節句に菖蒲湯に使われるのは葉が一般的ですが、葉より香りの強い根の部分は「石菖蒲(せきしょうぶ)」という中薬です。中薬として根が選ばれたのは、根の方がよりパワー(作用)があるからでしょう。
2.開竅薬とは? 石菖蒲の珍しい作用
石菖蒲は、中薬学の教科書では「開竅薬(かいきょうやく:芳香開竅薬)」に分類されています。「竅(あな、穴)を開く」と書きますが、ここでいう「あな」とは、「清竅(せいきょう)=脳竅(のうきょう)=脳(意識・精神・神経)」を意味します。
「意識を失ったり、ぼんやりしたりする状態(意識障害)」を、「脳竅が閉じている=脳の細い通り道が目詰まりしている」ととらえ、通りを良くして詰まりを解消することを開竅といいます。
開竅薬は、ふつうの活血薬(かっけつやく:血を巡らせる薬)や理気薬(りきやく:気を巡らせる薬)では通しづらい、影響が及びにくいようなエリアに入って通します。より深く、より細く、より頑固な、より通しにくいところへ入っていって、詰まりを通してくれるニュアンスです。
また、刺激剤的な作用もあります。もうろうとしてボーっとしている状態に対して、開くことで意識を回復させる、感覚をシャッキリさせる、気絶から目覚めさせる、といったイメージです。以前紹介した「牛黄(ごおう)」にも、開竅作用があります。牛黄は水戸黄門が印籠に入れて旅のお供とした「気つけ薬」として有名です。
さらに、「脳・記憶・睡眠」といったニュアンスもあります。神経を活性化して感覚器官を呼び覚まし、脳の近くでつながっている耳・眼などの器官の感覚をシャッキリさせたり、睡眠障害、記憶障害などにも用いたりします。
石菖蒲は特に湿邪(しつじゃ)が脳に詰まったせいで起きる意識障害や、耳鳴り、難聴、健忘に対して、化痰(かたん、けたん:痰をのぞく)・開竅します。また、湿邪が脾胃(消化器系)を侵したせいで起きる、食欲不振、少食、胸腹部の脹り、舌苔が膩苔(じたい:べっとりして分厚い舌苔)、腹痛、下痢などにも用います。
安神作用(精神安定作用)もあることから、驚きやすい・恐がる・不眠・精神錯乱・狂躁状態・健忘・認知症などの症状にも用いられます。日本でも石菖蒲は市販の漢方薬にも含まれており、不眠などの処方に使われたりしています。
石菖蒲には「辟穢(へきわい・へきえ)作用」もあります。「辟=避」で「よける・さける」などの意味、「穢」は、「よごれ・けがれ・悪いもの」などを意味します。ひどい邪気を予防したり治療したりする意味で、感染症などにも用いられます。端午節に菖蒲の効能はまさにピッタリです。
そのほか、風寒湿邪による神経痛、打撲外傷、化膿性のデキモノに対して、内服したり外用したりもします。
開竅薬全般は意識障害に用いられますが、実は意識障害には虚実の違いがあります。おおまかに言うと、実証は「閉証(へいしょう)」と呼ばれ、口や手をぐっと握りしめるような意識障害で、開竅薬の適用となります。一方、虚証は「脱証(だっしょう)」と呼ばれ、口や手はだらんと力無く開き、開竅薬は禁忌です。人参などで大補元気・回陽救脱して生命を救う必要があります。どちらにせよ、日本では救急車を呼ぶ状況でしょう。
3.石菖蒲の効能
ここでは中薬学書籍で紹介されている石菖蒲の効能を見ていきましょう。上述した効能は、専門的には以下のように書かれています。
【使用上の注意】にあるように、石菖蒲は「燥散(そうさん)の性質」があります。強い香りで気を通し湿邪をどかせて乾燥させる(燥散)ため、陰虚や血虚といった潤い不足の状態での使用には注意が必要です。
また、通して発散させるため、発散によってますます漏れ出ては困るような、滑精(かっせい:日中に無意識に精液が漏れる)や多汗(汗が出過ぎる)など、「出過ぎている状態」での使用も気をつけます。
石菖蒲(せきしょうぶ)
【処方用名】
菖蒲・石菖蒲・九節菖蒲・鮮菖蒲・鮮石菖蒲・菖陽
【基原】
サトイモ科Araceaeのセキショウ Acorus gramineus SOLAND.の根茎
【出典】
神農本草経
【性味】
辛、温
【帰経】
心・胃
【効能】
開竅安神(かいきょうあんしん)、化湿和胃(かしつわい)
【応用】
1.湿濁(しつだく)が清竅(せいきょう)をはばんで生じた意識障害に用い、また健忘、耳鳴りなどの証にも用いる。
石菖蒲は、芳香開竅(ほうこうかいきょう)、寧心安神(ねいしんあんしん)の効能があり、また化湿、化痰(かたん)、辟穢(へきわい)の効能があるため、上述した証の治療には良い効果がある。
湿濁が清竅をはばんで生じた意識障害に対して、よく欝金、半夏を配合し、健忘、耳鳴り、難聴に対してよく遠志、茯苓、龍歯を配合して治療する。方剤例:安神定志丸
このほか、癲狂(てんきょう)、痴呆などの証の治療に、石菖蒲単品で、あるいは、平肝、安神薬と配合して用いる。
2.胸やお腹が脹ってすっきりしない、湿邪が滞って気が塞がる、あるいは疼痛などの証に用いる。
石菖蒲単品で、あるいは、香附子(こうぶし)・呉茱萸(ごしゅゆ)等を配合して、上述した証に用いる。また、噤口痢(腹痛・下痢・食欲不振)に対して、茯苓(ぶくりょう)・人参(にんじん)などを配合し、胃をすっきりさせて食欲をとりもどす効能がある。
このほか、石菖蒲は、風寒湿痹(ふうかんしつひ)、跌打損傷(てつだそんしょう)、癰疽疥癬などの証に内服あるいは外用で用いる。
【用量・用法】
3-9g。煎服。外用には適量。
【使用上の注意】
燥散の性質があるので、陰虚・血虚・滑精・多汗には用いない。
※【処方用名】【基原】は『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)より引用/【性味】【帰経】【効能】【応用】は『中医学』(上海科学技術出版社)より部分的に抜粋し筆者が和訳・加筆したもの/【用量・用法】【使用上の注意】は『中医臨床のための中薬学』(医歯薬出版株式会社)より抜粋
4.「石菖蒲(セキショウ・セキショウコン)」と「菖蒲根(ショウブコン)」
石菖蒲に似た生薬として、「水菖蒲(スイショウブ)」というものがあります。中薬学の教科書では「石菖蒲」のあとに小さく掲載されていたりします。水菖蒲の基原植物は、「ショウブ Acorus calamus L.」(サトイモ科Araceae)の根茎で、石菖蒲とは基原植物が少し異なりますが大きく分類すると仲間です。
効能もほぼ同じですが、おおまかに言うと、開竅に比較的優れているのは石菖蒲、そのほかの作用に優れているのは水菖蒲です。また水菖蒲は、過服すると悪心・嘔吐をきたしやすいので要注意です。
ちなみに私が調べた限りでは、水菖蒲の日本の生薬問屋さんでの販売名は、「菖蒲根(ショウブコン)」、石菖蒲の販売名は「石菖蒲(せきしょうぶ)」あるいは「石菖根(せきしょうこん)」のことが多いようです。
5.石菖蒲のリラックス作用とおすすめの使い方
菖蒲の香りは好みが分かれますが、心身ともにリラックスさせるアロマテラピー効果があります。私は個人的に大好きです。鼻から思いっきり吸うと、気持ちもスッキリします。日中は頭も体もシャキッとし、夜はよく眠れるというのは、牛黄や石菖蒲に共通する作用です。
精油は特に根の部分に多く含まれ、葉よりも香りが強いといわれます。石菖蒲をお風呂に入れたり、お茶として飲んだりするのはもちろん、生薬をそのまま置いてお部屋の香りづけにしたり、お守りや香袋のようにして持ち歩くのもいいかもしれません。
日本で一般的に出回っている「石菖蒲」は、根茎と呼ばれる根っこの部分を乾燥させ、使いやすく刻んだものです。私は、たまに石菖蒲(ティースプーン1杯分くらい)をコップに入れお湯をさして飲んだり、片手でひと掴みぶんくらいを布(または網目の細かい排水口ネットなど)に包んでお風呂や足湯に入れたりしています。
5月5日ごろにはスーパーやお花屋さんで葉の部分を見かける機会が増え、乾燥した根の部分は1年を通して漢方薬局で手に入ります。もしよかったら、試してみてください。ちなみに、2021年の旧暦の端午節は6月14日です。
参考文献:
・小金井信宏(著)『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・許 済群 (編集)、 王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版社2014年