知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
第83回 お菓子、お灸、漢方薬…何役もこなす「ヨモギ(艾葉)」の効能とは
ヨモギは、数ある薬草類の中でも日本人の生活にとても馴染み深い存在です。食いしん坊の筆者はまず、月にひとつは食べているお気に入りの「ヨモギ大福」が頭に浮かびます。今回は、漢方薬としてもいい仕事をしてくれる、「ヨモギ(艾葉)」の効能や活用法について紹介します。
目次
- 1.お菓子、お灸、入浴剤、お茶、漢方薬として活用される「ヨモギ」
- 2.艾葉のはたらきは“温める”こと
- 3.艾葉はどんな時に用いられるのか(使用例)
- (1)虚寒(冷え)による出血など、温めながら止血したい時
- (2)冷えによる痛み(特に下腹部痛)を解消したい時
- (3)かゆみを止める外用薬として
- (4)経絡の気血の流れを良くする「お灸」として
- 4.艾葉の効能は? 中医学の書籍をもとに解説
- 5.「冷え」は、意外と自己判断が難しいもの
1.お菓子、お灸、入浴剤、お茶、漢方薬として活用される「ヨモギ」
ヨモギの葉を見たことはありますか? 自然豊かな地域では身近に生えている野草のため、目にしたことがある方も多いかもしれません。 ヨモギの若葉は、ヨモギ餅やパウンドケーキなどお菓子の材料に使われます。また、ヨモギの葉の裏にある絨毛(フワフワしたもの)を集めると、お灸の材料「もぐさ」になります。
ヨモギ風呂にする時は、ヨモギの生薬をネットや布などで包み、お湯はりをする前に湯船に入れるだけ。お湯はりが終わるころには、生薬のエキスが浸出し、ヨモギの良い香りがします。濃くしたい時は、土鍋に生薬と水を入れて20分前後煎じた後に、煎じ液と生薬を湯船に入れるといいでしょう。
中薬学でヨモギは、「艾葉(ガイヨウ)」と呼ばれ、冷えが原因の婦人科系トラブルや、各種出血などに他の生薬と組み合わせて用いられます。
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2.艾葉のはたらきは“温める”こと
艾葉(ガイヨウ)は「止血薬(しけつやく・体の内外の出血を止める)」に分類されています。
止血薬には以下のような作用をもつものがあり、艾葉は「温経止血」の作用をもちます。
・収斂止血(しゅうれんしけつ)
・化瘀止血(かおしけつ)
・温経止血(うんけいしけつ・おんけいしけつ)
中医の臨床では、出血の根本的な原因と具体的な証候から判断して相応な止血薬を選び、そこに適当な中薬を配合することで、治療効果を増強します。
例えば、熱が血にこもって、血が暴走したことによる「血熱妄行(けつねつもうこう)」による出血には、止血薬に清熱薬(せいねつやく)や涼血薬(りょうけつやく)などの、冷やす薬を合わせて用います。
一方で、「体内を温める火種=温める陽気(パワー)」が不足したことによる「虚寒性(きょかんせい)」の出血は、そうなってしまった原因に合わせて、止血薬に温陽(おんよう)や益気(えっき)、健脾(けんぴ)などの作用がある薬を配合します。
また、艾葉は、中薬学の書物によっては「散寒薬(さんかんやく)」に分類されています。「散寒薬」とは、温性や熱性をもち、「裏寒(りかん:内臓の冷え)」を消したり除いたりする薬物のことです。散寒薬は、祛寒薬(きょかんやく)、温裏薬(おんりやく・うんりやく)、温裏祛寒薬(おんりきょかんやく)、温裏散寒薬(おんりさんかんやく)とも呼びます。
また、艾葉は温かい性質・温める性質である「温性」です。生薬や食べ物には四性(四気)と呼ばれる「寒・熱・温・涼」の4つの性質があり、さらに、温めもせず冷やしもしない、寒熱の偏りがないものは「平」といいます。
■生薬や食べ物の「四気(四性)」
艾葉の四気五味(四性五味)は「温性、苦味・辛味」なので、次のような作用があることが分かります。
・苦味=、燥(そう:乾燥させる)のイメージ。
・辛味=通(つう:通す)、散(さん:散らす)のイメージ。
そして艾葉は、「肝のグループ」「脾のグループ」「腎のグループ」に作用します。これを中医学では「肝・脾・腎に帰経する」などと表現します。
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3.艾葉はどんな時に用いられるのか(使用例)
艾葉は、おおまかに(1)~(4)のような時に使用されます。
(2)冷えによる痛み(特に下腹部痛)を解消したい時
(3)かゆみを止める外用薬として
(4)お灸として、経絡の気血の流れを良くする
これらの作用はさまざまな疾患・状態に用いられますが、応用法をすべて説明するのは難しいため、ここでは、ほんの一部分だけ紹介したいと思います。具体的な例を見ていきましょう。
(1)虚寒(冷え)による出血など、温めながら止血したい時
艾葉は、「経絡を温める(=温経)」ことで、虚寒性の出血に対して「止血(しけつ)」に働きます。これを、「温経止血作用(うんけいしけつ/おんけいしけつ・さよう)」と言います。
虚寒(冷え)による出血(不正性器出血・月経過多・切迫流産など)の性器出血などに対して、阿膠(あきょう)・当帰(とうき)・川芎(せんきゅう)・白芍(びゃくしゃく)などと用います。処方例として、芎帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)などがあります。
一方で、血熱妄行(けつねつもうこう)による出血(吐血・鼻出血・下血など)は、冷やす性質のある生薬を合わせて用います。側柏葉(そくはくよう)・生地黄(しょうじおう)・荷葉(かよう)などと用い、処方例として四生丸(しせいがん)などがあります。
艾葉自体は、温性であり、「止血薬」のほかに「温裏散寒薬」に分類されることがあるほど、温める系の生薬として認知されています。熱がこもったことによる出血に用いる時には、寒涼薬と合わせると、艾葉の「辛温」の「散らして、温める」という性質が抑えられ、止血にのみ働きます。また、寒涼薬による陽気の損傷を、艾葉の温性で防ぐこともできます。
(2)冷えによる痛み(特に下腹部痛)を解消したい時
艾葉には、冷え(虚寒)を散らし湿気を除く、「散寒除湿(さんかん・じょしつ)」作用があります。また、冷え(虚寒)を散らし温めることで、冷えによる痛みを取り除く、「散寒止痛(さんかん・しつう)」作用があります。
艾葉は、「下焦(げしょう=臍より下のこと)」といって、特に下腹部に作用するため、女性の生殖器系が位置する場所に働きかけます。下焦虚寒(臍から下の冷え)による、下腹部の冷え痛み、冷えによる月経痛・月経不順、子宮が冷えて妊娠しづらい(不妊)、などの状況に、香附子(こうぶし)、当帰(とうき)・呉茱萸(ごしゅゆ)・肉桂(にっけい)などと用います。
艾葉の「苦味」には、「燥(乾燥させる)」作用があり、艾葉の「辛味」や「芳香」には、通(通す)・行(巡らせる)・散(散らす、発散させる)」の作用があります。また、艾葉は温性なので、「肝・脾・腎」の3つの陰の経脈に入って、気血・経脈を温めて、寒湿邪(=寒邪+湿邪)を除き、経脈の巡りを良くすることで、冷えによる痛みを治します。
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(3)かゆみを止める外用薬として
艾葉は、湿気を除き、かゆみを止める「祛湿止痒(きょうしつ・しよう)」作用があり、外用薬として用いられます。
例えば、湿疹や皮膚瘙痒(そうよう)などに対して、白鮮皮(はくせんひ・はくせんぴ)・地膚子(じぶし)などを艾葉とともに配合して、煎じた液で患部を洗浄したり、パチャパチャつけたりして、外用薬として用います。
(4)経絡の気血の流れを良くする「お灸」として
先述のように、ヨモギの葉の裏にある絨毛は、お灸に使われる「もぐさ」になります。もぐさが燃える熱がツボに伝わり体内に浸透することによって、気血を温めて経絡の気血の流れが良くなるというのがお灸の仕組みです。
治療でお灸をする際には、もぐさを米粒より小さくまとめて肌の上(ツボ)に置きます。火のついた線香などでもぐさの先端に火をつけて、頃合いをみて(ピリッと熱くなるくらいで)、親指と人差し指の指先でもぐさを囲んで空気を遮断して、火を消します(本格的なお灸の方法について興味のある方は、動画サイトなどで調べてみてください)。
このように昔ながらの本格的なお灸は効きが良いですが、勇気とコツが必要で、慣れたら簡単ですが、そうでないと燃やし過ぎたりして相当に熱いです。
初心者さんがお灸を試す際は、台座がついて熱さが軽減された市販品からはじめるのもよいでしょう。煙がモクモク出ないタイプや、熱さを抑えたタイプ、火を使わないタイプもあります。
もぐさそのものは、漢方薬局・鍼灸院・インターネットなどで購入できます。品質はピンキリで、上質なものは見た目も触り心地も格別です。また、お灸の方法によって、選ぶべきもぐさの種類も違ってきますので、興味がある方は専門店に相談してみるとよいでしょう。
4.艾葉の効能は? 中医学の書籍をもとに解説
ここでは中薬学の書籍で紹介されている「艾葉」の効能を見ていきましょう。
効能の欄には、四字熟語のような文字が並んでいます。一瞬ギョッとするかもしれませんが、漢字の意味から効能のイメージを掴むのに役立ちます。
艾葉(がいよう)
【分類】
止血薬
【出典】
名医別録
【処方用名】
艾葉・生艾葉・陳艾葉・艾葉炭・蘄艾葉・艾絨・ガイヨウ
【基原】
キク科Compositaeのヨモギ属植物Ariemisia argyi LÉV’L. et VAN’T.、ヨモギA. princeps PAMP.などの若い全草または葉。
【性味】
苦・辛、温
【帰経】
肝・脾・腎経
【効能】
温経止血(うんけい・しけつ)・散寒止痛(さんかん・しつう)
【応用】
1.
出血の証に用いる。艾葉は温経止血できるため、主に虚寒性(きょかんせい)の出血の病証、女性の崩漏下血(ほうろう・げけつ)に対してよく活用される。多くは炒って炭にして用い、阿膠(あきょう)・地黄(じおう)などの薬を配合する。
処方例)膠艾湯(きょうがいとう)
血熱妄行(けつねつもうこう)の衄血(じくけつ)・喀血(かっけつ)には、鮮艾葉(せんがいよう)に、涼血止血(りょうけつしけつ)の鮮生地(せんしょうじ=新鮮な生地黄)・鮮側柏葉(せんそくはくよう)・鮮荷葉(せんかよう)を配合して用いる。
処方例)四生丸(しせいがん)
2.
下焦虚寒(げしょうきょかん)・腹中冷痛(ふくちゅうれいつう)・月経不調(げっけいふちょう)・経行腹痛(けいこうふくつう)・帯下(こしけ・おりもの)の証に用いる。艾葉は温通経脈(おんつうけいみゃく)し、寒湿(かんしつ)を除き、冷痛(れいつう)を止める作用がある。よく、当帰(とうき)・香附子(こうぶし)などと配合して用いる。
このほか、艾葉の煎じ液を外用として、皮膚の湿疹・瘙痒の治療に用いることができる。
また、艾絨で艾条・艾柱などをつくって、火をつけてお灸にし、熱気をお灸を通して体内に注ぎ入れ、温煦気血(おんく・きけつ)・透達経絡(とうたつ・けいらく)の作用がある。
近年、艾葉油(がいようゆ)が、止咳(しがい)・祛痰(きょたん)・平喘(へいぜん)作用があることが分かった。
【臨床使用の要点】
艾葉は苦燥辛散し温性で芳香があり、三陰経に入って、気血・経絡を温め寒湿を除き冷痛を止める。それゆえ、下焦虚寒の腹中冷痛・経寒不調・宮冷不妊などに適し、婦人科の要薬である。また、炒炭すると止血に働き、虚寒の月経過多・崩漏帯下・妊娠胎漏・吐衄下血などに有効である。このほか、艾葉すると、祛湿止痒に働き、湿瘡疥癬に効果がある。絨毛を焼灸すると熱気が内注し、温運気血・通経活絡の効果が得られる。
【使用上の注意】
脾虚(ひきょ)で便溏(べんとう)のもの、少食のものは使用を禁じる。
【参考】
(1)
血熱妄行に対し寒涼薬とともに用いると、艾葉の辛温の性質が抑えられて止血にのみ働き、寒涼薬による陽気の損傷も防止できる。
(2)
艾葉・炮姜は温経止血に働くが、炮姜は中焦を温め、艾葉は下焦を温める。
(3)
艾葉・肉桂は下焦の気血を温める。肉桂は辛甘・大熱で、行血するが止血せず、堕胎に働くが安胎には作用しない。艾葉は、辛甘・温で気血を温喣して調経し、止血・安胎に働く。
【用量】
3-6g。煎服。外用は適量。
【使用上の注意】
温燥であるから、陰虚血熱には単独で用いてはならない。
※【処方用名】【基原】【臨床使用の要点】【参考】【用量】【使用上の注意】は『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)より引用/【分類】【処方用名】【出典】【性味】【帰経】【効能】【応用】は『中医学』(上海科学技術出版社)より部分的に抜粋し筆者が和訳・加筆したもの
このように、艾葉は、下腹部を温めて、「冷え性、冷えが根本原因にある婦人科系のトラブル、各種出血」にも対応できる優れものです。また、内服薬・外用薬の両方に活用できます。
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5. 「冷え」は、意外と自己判断が難しいもの
患者さんご本人の「冷えている!」という実感は本当の感覚であって、一切否定すべきものではありません。しかし、中医学の専門家が、全身の情報を採集して四診して分析した結果、その「冷え」が、「温めるべきホンモノの冷え」である場合と、「温めてはいけないニセモノの冷え」である場合があるのです。
感じている「冷え」が、中医学的に確かに温めなければならない、ホンモノの冷えなのかどうかは、注意して分析しなくてはなりません。これはとても重要なことで、とても難しいことです。
また、「温めるべき冷えがあり、同時に、冷やすべき熱もある」ということも多々あります。例えば、「下腹部や消化管は温めた方が良いが、メンタルには冷やさなければならない熱があり、そのせいで不眠症になっている」など。このように「寒・熱」の分析はとても難しく、特に「冷え」は難しいです。
艾葉は「ヨモギ」として身近な存在ですが、一方で、生薬としてこの記事で説明してきたように、独自の温める性質があります。「冷え」の感覚があった場合、それが温めるべき「ホンモノの冷えなのかどうか」は、なかなか分からないものです(専門家でも難しいことがあります)。
温める系の生薬・ハーブ・スパイス全般にも言えることですが、中医学の効能効果をもとに体質改善や治療に使用する際は、必ず、専門家にご相談のうえご利用ください。
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参考文献:
・小金井信宏『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・丁光貢迪(編著)、小金井信宏(訳)『中薬の配合』東洋学術出版社2005年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・戴毅(監修)、淺野周(翻訳)、印会河(主編)、張伯訥(副主編)『全訳 中医基礎理論』たにぐち書店 2000年
・許 済群 (編集)、 王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版社2014年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・創医会学術部(主編)『漢方用語大辞典』燎原 1995年
・高金亮(監修)、劉桂平・孟静岩(主編)『中医基本用語辞典』東洋学術出版社 2008年
・王財源(著)『わかりやすい臨床中医臓腑学 第3版』医歯薬出版株式会社 2016年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年