知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
第87回 「スベリヒユ(五行草・馬歯莧)」天然の抗生物質
・長寿菜の中医学的な効能【雑草シリーズ】
ありふれた雑草でも、秘めたる効能を持っているものがいくつかあり、スベリヒユもそのひとつ。道端・畑・空地などで繁殖する生命力の強いスベリヒユは、食用(野菜)すれば栄養価が高く、中医学ではその強力な解毒作用や消炎作用から「天然の抗生物質」と呼ばれるほどです。
- 1.栄養満点の雑草「スベリヒユ」とは
- 2.五行草(スベリヒユ)のはたらき:解毒・消炎・抗菌など!
- 3.五行草はどんな時に用いられるのか(使用例)
- (1)細菌性の下痢・出血性の下痢に
- (2)皮膚炎や化膿に
- (3)不正性器出血・産後や流産の出血に
- (4)尿路感染症や咳に
- 4.五行草の効能は? 中医学の書籍をもとに解説
- 5.五行草の注意点と五行草のエキス顆粒剤
1.栄養満点の雑草「スベリヒユ」とは
スベリヒユは乾燥耐性があり、日当たりの良い場所ならどこにでも生えてくる雑草です。引っこ抜いて放置していたらまた根付いてしまうほど生命力が強く、繁殖力が旺盛なので、農業では嫌われ者です。その一方で、古くから食用として世界的に、日本では特に山形や沖縄などで親しまれ、スーパーで入手できる地域もあるようです。
スベリヒユは少し酸味とクセがありますが、おひたしや炒め物、スープや味噌汁の具材、生でサラダやスムージーにと、色々な食べ方のできる野菜です。山形では「ひょう」と呼び、乾燥させて保存食にするそうです。
スベリヒユはビタミン・ミネラル・たんぱく質・オメガ3系脂肪酸などを含み、栄養価に優れたスーパーフードとして世界的な注目を集めています。中国では「長寿菜」とも呼ばれ、中医学では「馬歯莧(ばしけん)」と呼ばれます。またスベリヒユの葉は青く、茎は赤く、花は黄色く、根は白く、種は黒いため、五行学説の色がすべてそろっていることから「五行草(ごぎょうそう)」とも呼ばれています。
2.五行草(スベリヒユ)のはたらき:解毒・消炎・抗菌など!
五行草には解毒・消炎・抗菌・止血・整腸・咳止めなどの作用があり、漢方の本場の中国では下痢・皮膚炎・湿疹・虫刺され・尿路感染症・出血などに使われます。
中薬学の教科書において五行草は、「清熱薬(せいねつやく)」に分類されています。
「清熱薬」はさらに以下の5つに分類され、五行草は「清熱解毒薬」のうちのひとつです。ちなみに以前ご紹介した、ウィルス性の感染症対策に活用される「板藍根(ばんらんこん)」も清熱解毒薬です。
・清熱燥湿薬(せいねつそうしつやく)
・清熱涼血薬(せいねつりょうけつやく)
・清熱解毒薬(せいねつげどくやく)
・清虚熱薬(せいきょねつやく)
■生薬や食べ物の「四気しき(四性しせい)」
生薬や食べ物には四性(四気)と呼ばれる「寒・熱・温・涼」の4つの性質があり、さらに、温めもせず冷やしもしない、寒熱の偏りがないものは「平(へい)」といいます。五行草は「寒性(かんせい)」です。
五行草の四気五味(四性五味)は「寒性、酸味」なので、次のような作用があることが分かります。
・酸味=収斂する作用。酸味でキュッと引き締めて収斂する性質。
また、五行草は、「大腸のグループ」「肝のグループ」に作用します。これを中医学では「大腸経・肝経に作用する(帰経する)」などと表現します。(帰経に関しては諸説あり、心・大腸とする文献もあります)
3.五行草はどんな時に用いられるのか(使用例)
五行草は、熱を冷まして解毒する「清熱解毒(せいねつげどく)」や、身体のちょっと深いところに入った熱邪を冷まして出血を止める「涼血止血(りょうけつしけつ)」の効能があります。五行草の使用例として、代表的な4つの症状を紹介します。具体的な例を見ていきましょう!
(2) 皮膚炎や化膿に:清熱解毒作用・涼血止血作用
(3) 不正性器出血や産後・流産の出血に:止血作用
(4) 尿路感染症や咳に:清熱解毒作用・涼血止血作用など
(1) 細菌性の下痢・出血性の下痢に
五行草は、熱毒(ねつどく※)や湿熱(しつねつ)による下痢、出血性の下痢、膿血をともなう下痢、裏急後重(テネスムス)などに用いられます。
また、in vitroで(=試験管内での実験で)、赤痢菌・大腸菌・チフス菌などに対して明らかな抗菌作用(≒清熱解毒作用)があると分かっています。
さらに、湿熱や熱毒などによって血に熱がこもって出血しやすい状況に対して、血の熱を冷まし止血する(=涼血止血作用)ことで対応できます。また、五行草は酸味による収斂作用があり、キュッと引き締める性質が止血作用に一役買っているとも言えます。
► 血熱について詳しく知りたい方は山査子の回を合わせてお読みください
五行草は、細菌性の下痢の“予防“にも、他の生薬と一緒に使います。板藍根や五行草といった抗ウィルス作用や抗菌作用をもつ中薬は、予防にも使いやすいので便利です。一説によると、植物の成分が複雑すぎて効能が解明しきれおらず、その複雑さゆえにウィルスや細菌も耐性ウィルスや耐性菌をつくることが難しいといわれています。
(2) 皮膚炎や化膿に
(1) と同じく清熱解毒作用や涼血止血作用によって、五行草は火毒(かどく※)による皮膚化膿症・湿疹・丹毒などのほか、蛇や虫や蜂に刺された傷、帯下に血や膿が混じるような状態にも活用されます。
煎じ薬やエキス顆粒剤を内服するほか、これらを水で溶かして湿布としても使います。たとえば、アトピー性皮膚炎・湿疹・ニキビなどの赤み・痒み・膿・腫れ・痛みなどの皮膚病に、赤ちゃんから大人まで、内服・外用ともに、他の漢方薬とあわせて非常によく用いられます。他の清熱解毒作用を持つ生薬と組み合わせると効果がよりアップします。
(3) 不正性器出血・産後や流産の出血に
五行草には血管収縮作用・子宮収縮作用があり、子宮を収縮させることで止血することが分かっています。逆に言えば妊娠中の使用には注意が必要です。加えて先述の通り止血作用もあるので、不正性器出血・産後や流産の出血・血尿・血便などの多種の出血に対して、単味あるいは他の生薬を配合して用います。
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(4) 尿路感染症や咳に
五行草は「利尿通淋(りにょうつうりん)」の効能もあることから、尿路感染症・血尿などにも用いられます。利尿通淋作用とは、利尿作用によって排尿痛・排尿困難・濁尿などの尿の出にくい状態を改善することです。
そのほか、五行草は、百日咳の治療、レプトスピラ症の予防にも用いられます。
4.五行草の効能は? 中医学の書籍をもとに解説
ここでは中薬学の書籍で紹介されている「馬歯莧(ばしけん)/五行草(ごぎょうそう)」の効能を見ていきましょう。
効能の欄には、四字熟語のような文字が並んでいます。一瞬ギョッとするかもしれませんが、漢字の意味から効能のイメージを掴むのに役立ちます。
馬歯莧(ばしけん)
【分類】
清熱解毒薬
【処方用名】
馬歯莧・馬踏菜
【基原】
スベリヒユ科PortulacaceaeのスベリヒユPortulaca oleracea L.の全草
【性味】
酸・寒。
【帰経】
大腸・肝(心・大腸)
【効能】
清熱解毒(せいねつ・げどく)・涼血止血(りょうけつ・しけつ)
【応用】
1.
湿熱瀉痢および下痢膿血、裏急後重の症状に用いられる。馬歯莧は涼血解毒できる。たいていは新鮮な馬歯莧の絞り汁を内服するか黄芩(おうごん)・黄連(おうれん)と共に用いる。
2.
赤白帯下・火毒廱癤に用いる。単品で用いて絞り汁を内服する。あるいは煎じ液を内服して火毒瘡癤を治療する。同時に、新鮮な馬歯莧をすり潰して、患部に塗布する。
このほか、五行草は、熱淋・血淋にも用いることができ、涼血と利尿通淋の効能がある。
【用量】
30~60g。新鮮な馬歯莧は倍量用いる。外用は適量用いる。
【使用上の注意】
性質が寒滑であるから、寒邪による下痢や脾虚の軟便には用いない。
※【処方用名】【基原】【帰経()内】【使用上の注意】は『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)より引用/【分類】【出典】【性味】【帰経】【効能】【応用】【用量】は『中医学』(上海科学技術出版社)より部分的に抜粋し筆者が和訳・加筆したもの
このように、五行草(馬歯莧)は、清熱解毒・涼血止血の作用を持ち、菌が関係する強い熱性の消化器系感染症・皮膚のトラブル・化膿・出血など、熱毒がある状態によく用いられます。
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5.五行草の注意点と五行草のエキス顆粒剤
五行草は寒性で清熱作用があることから分かるように、身体を強く冷やします。したがって、同じ感染症でも冷えてお腹が痛い・冷えて下痢をするタイプのお腹カゼや消化器系感染症には単品では用いません。
また、もともと脾胃虚弱(ひいきょじゃく≒消化器系が弱い)で、慢性的にお腹が弱く軟便傾向にある人の、胃もたれ・胃痛・食欲不振・泥状便~下痢等の症状には使用注意です。脾胃虚弱の人はもともと、温めて消化器系を動かすお腹の陽気(ようき)が不足していますから、五行草のような強く冷やす薬を用いたら、ますますお腹は冷え切り、固まり、動きが停滞し、下痢が悪化してしまいます。
もし、脾胃虚弱で軟便傾向にある人に対して、皮膚病など他の症状・疾患のために五行草を使わざるを得ない場合、あるいは軽い脾胃虚弱の場合には、脾気虚に対する漢方薬を必ず併用するなどして体質に合った飲み方をします。補気健脾薬(ほき・けんひ・やく)や消食薬(しょうしょくやく)などの胃腸をケアする漢方薬を必ず併用します。
そして、先述した用量の欄にあるように、五行草は比較的に量を多めに用いる生薬です。文献は中国の用量なので、日本で使われる量よりも多めではありますが、日本においても比較的に多めに用いられます。
五行草は、中国では薬ですが、日本では法律的に「食品扱い」です。お茶として飲みやすいように乾燥して刻んだものが漢方薬局などで入手できますし、煎じ液を乾燥させた、いわゆる「エキス顆粒剤」もあります。「エキス顆粒剤」はインスタントコーヒーのように、お湯で溶かすと煎じ薬に戻ります。
「煎じたての煎じ液」と「エキス顆粒剤を溶かした液」では、“処方の種類”や“生薬の種類”によって、優劣があからさまにあらわれるときと、そこまででもないときがあります。どちらにしても、忙しい現代人にとってエキス顆粒剤は便利です。
日本では五行草は、「五行草」「馬歯莧」「スベリヒユ」などの名前で、乾燥した全草やエキス顆粒が色々なメーカーで売られています。あるいは、庭先や畑などに生えているのを引っこ抜いてよく洗い、野菜として生でサラダにしたり、茹でておひたしにしたり、炒めたり、スープやお味噌汁の具材として使えます。日干しして保存食や中薬として用いてもよいでしょう。
雑草スベリヒユの底力は伝わりましたでしょうか? 雑草だと邪険にされがちなスベリヒユですが、世界で注目されるスーパーフードであり、中国では古くから使われる薬草で、現代科学でも効果は証明されています。ぜひ、活用ください。
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参考文献:
・小金井信宏『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・日本中医食養学会(編著)、日本中医学院(監修)『薬膳食典 食物性味表』燎原書店 2019年
・許 済群 (編集)、 王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版社2014年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年
・鄧明魯、夏洪生、段奇玉(主編)『中華食療精品』吉林科学技術出版社 1995年
・翁維健(主編)『中医飲食営養学』上海科学技術出版社 2007年
・梁 晨千鶴 (著)『東方栄養新書―体質別の食生活実践マニュアル』メディカルコーン2008年
・イスクラ産業株式会社『強い生命力の長寿菜 五行草(パンフレット)』
・有田 誠(著)『ω3脂肪酸の代謝と抗炎症作用に関する研究』
・ウチダ和漢薬『生薬の玉手箱 馬歯莧』
・Ajay Kumar 1 , Sajana Sreedharan 1 , Arun Kumar Kashyap 2 , Pardeep Singh 3 , Nirala Ramchiary 4(著)『马齿苋(马齿苋)的生物活性植物化学物质和民族药理潜力综述』
・広東省中医院『馬歯莧』
・中国农业信息网(著)『马齿苋的饮食禁忌哪些人不能吃马齿苋