”漢方”に強くなる! まるわかり中医学 更新日:2024.01.17公開日:2023.04.25 ”漢方”に強くなる! まるわかり中医学

知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。

 第90回 「シベリア人参」の効能 自律神経系を調節し、環境適応力を高める

「智に働けば角が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい(夏目漱石『草枕』)」。この名作においても、なにかと我慢を強いられることが多く、ストレスを感じることが多い世の中について描写されています。

「人生とは修行だ!」と酔っ払った友人が熱弁していましたが、近頃わたしもそう思います。今回ご紹介する「シベリア人参」は、自律神経系を調節し、環境適応力を高める、ストレス対策にもってこいの滋養強壮剤です。

1.春は“プチ鬱”っぽくなりやすい

「五月病」なんて言葉があるように、春は心身の症状があらわれやすい季節です。就職・新学期・引っ越し・寒暖差などなど、環境の変化によって心身が疲れてしまうから、という理由が一般的に言われています。

 


 

春の不調はプチ鬱っぽいものが多くて、例えば、気分がスッキリしない、なにもしたくない、やる気がない、イライラする、憂うつ、悲観的、いじけた考え方になる、疲れやすい、気持ちも身体もだるい、朝起きられない、食欲がない、口癖が「疲れた」、ひとりになると急に不安になる、なんとなく不安、なかなか物事を決められない、急に寂しくなる、寝つきが悪い、いやな夢をみる、中途覚醒…などなどです。

2.春は「肝」の季節

中医学では、人体と住環境、季節や気候といった自然界の変化は、相互に関連しあって統一体をなすという考え方があり、これを整体観と言います。整体観では、春と「肝」の気の在り方(性質)は似ているため、 春は「肝」の不調が表れやすい季節と捉えることができます(※中医学でいう「肝」≠西洋医学でいう「肝臓」ですのでご注意ください)。
 
「肝」は自律神経系や精神情緒系をつかさどっています。肝の気(肝気)の流れが良いと気分がスッキリし、気分がスッキリしていると肝気が通りやすいです。大きな環境変化がなくても、春になると調子を崩すタイプの人は、普段から心身のバランスを崩しやすい、あるいは自分なりにすれすれでバランスをとっている…というのがうっすら根底にあります。平素より「肝」がウィークポイントなので、春になると、特に目立って色々な症状があらわれるのです。

 

3.春は「木」の季節

世界のありとあらゆる物事を「木・火・土・金・水」になぞらえた「五行学説」では、春も肝も、同じく「木」の性質を持ちます。「木」は伸び伸び生長することを好み、抑圧をもっとも嫌うため、春も肝もストレスは大敵です。シベリア人参は「肝」に働きかける作用があり、普段からストレスが多い人に活用されます

 


 

肝気の巡りの悪さなどを感じさせる症状としては、先の症状の他にも、たとえば、血圧や眼圧の上昇、顔や目が赤い、皮膚や粘膜のトラブル、目が脹る感じ、目の痛み、目ヤニが多い、めまい、耳鳴、頭痛、のぼせ、口が苦い、イライラ怒りっぽい、気分が落ち込む、憂鬱、胸や脇腹の脹痛、ガス、ゲップ、便秘と下痢を繰り返す、不眠などがあります。
 
これらの症状にお悩みの場合は、中医学の専門家に相談し、漢方薬でなるべく早く対処するとよいでしょう。

 

► 【関連記事】ストレスのタイプ別で考える生薬と養生(第65回)

4.極寒の地で生育する「シベリア人参」

人参と言えば、日本では朝鮮人参が有名ですが、シベリア人参は同じウコギ科ではあるものの、異なる植物で効能も違います。本記事で解説する「シベリア人参」と、「朝鮮人参(御種人参・高麗人参)」「田七人参」「西洋人参」をまとめて、「四大人参」なんて呼ばれることもあります。
 
シベリア人参は多年生の落葉性の低木で、主にその根を薬用として使用します。中国・ロシア・北海道など、気温差の激しい過酷な寒冷高所に自生し、「五加参」「刺五加」「エレウテロコック(ロシア語で「生命の」)」「エゾウコギ」「シベリア人参」など、別名がたくさんあります。
 
若い樹の茎にはトゲがあり、明治時代の北海道開拓団は、そのトゲがジャマで焼き払ってしまいます。しかし、地下茎からまた新しい芽を出してくるので、とても手を焼いたそうです。また、トゲのせいで蛇も鳥も近づかないため、「蛇登らず」「鳥とまらず」などと呼ばれていました。
 
過酷な環境下で生育するシベリア人参は、人体を温める作用があります。全てとは言い切りませんが、自然界の植物は、温かいところでは寒涼性、寒いところでは温熱性の性質を持つ傾向があるように思います。

5.古くから知られるシベリア人参の効能

シベリア人参は中枢神経系・内分泌系・免疫系といった、いわば生体情報系に影響を与え、ストレスに対する抵抗力を強め、自律神経系を調整し、脳血管障害などにも作用することが分かっています。ここでは、長い歴史のなかで、シベリア人参がどう使われていたかを少し見ていきましょう。
 
アイヌの人々は、古くからシベリア人参の薬効を知っていて、強壮剤・神経痛・関節炎の薬として用いていました。漢方の本場・中国では、約2000年前の文献に、長く服用しても害がない長生きの薬としてシベリア人参の記述が残っています。

 


 

さらに、旧ソビエト連邦では1950年代より薬用植物研究所にて研究され、1960年にブレスマン博士が「動物実験によると、シベリア人参が朝鮮人参以上に強壮、強精、疲労回復の効果を示し、また、生物がもっている環境に適応する能力や、体内状態バランスを正常に保つ働き(ホメオスターシス)を高める作用(アダプトゲン作用)を示した」と発表して、世界中で注目されたそうです。1962年には、旧ソビエト連邦保険省はシベリア人参の根から抽出したエキスを強壮剤・医薬品として承認しています(『エゾウコギ 驚異の効用』『ストレスにやさしい生薬のいろいろ』参照)。

6.シベリア人参の性質(四気五味)

シベリア人参の四気五味(四性五味)は「温性、辛味・微苦味」なので、次のような作用があることが分かります。また、シベリア人参は「肝のグループ」「腎のグループ」に作用し、これを中医学では「肝経・腎経に作用する(帰経する)」と表現します(帰経については諸説あり)。

 

・温性=温かい性質。温める性質。

・辛味=通・行・散。
通す、発散、活血(かっけつ:血流改善)のイメージ。行気(こうき・ぎょうき:気を巡らす・気を通す)。

・苦味=瀉(しゃ)・降(こう)・堅(けん)・燥(そう)。
瀉(しゃ)は、「瀉下(しゃげ)=便を通じさせる」や「瀉火(しゃか)=熱を冷ます」のイメージ。降は冷まして下に降ろす、堅は「堅陰(けんいん)=潤いを補う」、燥は「燥湿(そうしつ)=湿邪を乾かして除く」イメージ。(一味でこれらすべての効能を持つわけではない。)

 

生薬や食べ物には四性(四気)と呼ばれる「寒・熱・温・涼」の4つの性質があり、さらに、温めもせず冷やしもしない、寒熱の偏りがないものは「平(へい)」といいます。シベリア人参は「温性」です。

 

■生薬や食べ物の「四気(四性)」 

生薬や食べ物には四性(四気)と呼ばれる「寒・熱・温・涼」の4つの性質があり、さらに、温めもせず冷やしもしない、寒熱の偏りがないものは「平(へい)」といいます。蒲公英は「寒性」です。

7.シベリア人参の効能 中医学の書籍から

『中華人民共和国薬典』は、中国政府が医薬品と認めた成分を掲載した書籍で、その中にはシベリア人参(刺五加)の効能について「不眠、鎮静、気力減退、食欲不振、足腰の痛みの鎮静、精力減退、老衰による体力減退などの滋養強壮剤に用いられる」と書かれています。中国の病院では高品質な注射剤や液剤が処方され、一般家庭ではティーバッグやエキス顆粒剤など、気軽に飲めるさまざまな剤型が存在します。

 


 

また、中国最古の薬物学書『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』や、明時代の薬学書として名高い『本草綱目(ほんぞうこうもく)』にも、「五加」として載っています。
 
『神農本草経』では、365種の中薬を、「上品120種(じょうほん)」「中品120種(ちゅうほん)」「下品125種(げほん)」に分類して説明しています。その中で、シベリア人参は最も格の高い上品に分類されます。上品は無毒のため長期服用が可能、元気を補い身体を軽くし、不老長寿の養生として適している中薬です。
 
以下は、『本草綱目』の「五加」に関する、ものすごく長い記述の一部を抜粋したもので、()内は筆者の意訳です。

 

「…(中略)、補中益精、堅筋骨、強志意。久服、軽身耐老。(胃腸の働きを補って精を補い、筋骨を強くし、意志を堅固にする。長い間服用すれば、身体が軽くなり、老化を防ぐ)(中略)…」

「…(中略)寧得一把五加 不用全玉満車(ひとにぎりの五加さえあれば、車一杯の金銀財宝もいらない(中略)…)」

 

これらの記載内容から、いかにシベリア人参の効能が特別でシベリア人参自体が貴重だったのかが分かります。

 

► 【関連記事】補薬の王様! 薬用人参の効能と用い方

8.シベリア人参の作用例

世界中の植物学者に研究されてきた結果、シベリア人参は今日までに、β-エンドルフィンをはじめとしたさまざまな活性物質が発見されました。

シベリア人参の特筆すべき特徴は3つあります。

 

1.ホメオスタシス(生体恒常性)を維持するアダプトゲン作用により、環境適応力を高め、心身を保護する。精神的・肉体的・環境的ストレスに対する抵抗力が増強される。
2.精神安定作用(鎮静・安眠)・自律神経調整作用・滋養強壮作用をもつ。
3.内臓に対して障害・副作用が無いため、長期間服用が可能。

 

1の「精神的・肉体的・環境的ストレス」とは、例えば、宇宙の無重力空間に長期間滞在時、オリンピック・テスト・発表会など緊張しながら本領を発揮すべき時、酸素の欠乏、極寒、深海潜水、炭鉱労働などです。そうした通常と違う環境で、シベリア人参は適応力を高めて生体を保護します。

 


 

普段からシベリア人参を使用していると、ストレスを受けやすい状態・環境にあるときに病気になりにくい心身をつくることができます。
 
私の薬局の患者さんで、毎年の発表会のたびに緊張で体調を崩す70代のベテランのダンスの先生がいました。シベリア人参を約1年間飲んで舞台に臨んだところ、「何十年ものダンス人生の中で、初めて体調を崩さずに舞台でのびのびと本領を発揮できた!」と感激の報告をくださったことがありました。シベリア人参の底力を感じた出来事でした。

発見された作用の一部を、以下にまとめました。

 

【シベリア人参の作用例】
・ストレスに対する抵抗力を強くする…アダプトゲン(環境適応源)作用、ストレスによる心身症状に
・強力に疲労を回復させる…慢性的な疲労・体力低下・精力減退に
・記憶力を向上させる
・脳内ホルモンを分泌させる…β-エンドルフィン(脳内快楽物質)の分泌量が増える
・不安や落ち込み気分に対する
・運動能力を高める
・抵抗力の増強
・睡眠調節
・視覚機能を改善する
・労働能力を高める
・内臓や皮膚の血流をよくする
・身体を温める(温性)…冷え性に特に向いている

9.シベリア人参を購入する際のポイント

シベリア人参は、日本では「(健康)食品」扱いで、漢方薬局やドラッグストアで手に入ります。「医薬品」と「食品」の両方がある生薬は、「医薬品」を選べばおよそ間違いない(安心)ですが、シベリア人参に関しては日本では「食品」扱いしかないので、信頼のおけるメーカーのものを選ぶことが肝要です。
 
例えば、エキス顆粒剤1g当たり(あるいは錠剤1日量あたり)原生薬換算で何グラム含有なのか、また、生薬そのものの品質や、製剤技術によっても効き具合が全然違ってきますので、そういった点がクリアなメーカーの製品が安心でしょう。
 
おすすめ剤型は、手軽に飲めて継続しやすく、調子に合わせて量を加減しやすい、エキス顆粒剤か錠剤(エキス顆粒剤より賦形剤が多めになることが多いですが)です。
 
安価なのは、乾燥させたシベリア人参を刻んだもの(“刻み”と呼ぶ)です。漢方薬局で、一袋500g入りで売られています。単品または他の生薬と組み合わせて、美味しいお茶にしたり、薬酒にしたりすると良いでしょう。

 

► 【関連記事】新生活のストレスで不眠!? 眠りの生薬と薬膳

10.「ストレス」や「疲労」は、漢方薬局で相談を

疲れるとコンビニやスーパーの「ドリンク剤」に頼ってしまうという話をよく聞きます。景気づけにたまに飲むならまだしも、毎日のように頼りきりでは心配です。「パワーが出る感じがする!」という気持ちは正直ちょっと分かりますが(笑)、私個人の結論としては同じ価格帯で純粋な(本物の)漢方薬を飲んだ方が、ずっと体に有益なように思います。
 
漢方薬局ではストレスや疲労の種類、さらには性別や体質・状況によって、生薬を使い分けます。漢方薬局は敷居が高いという声を聞きますが、「1回量の予算」「即効性が欲しい」「疲れは肉体よりか、精神よりか」などを伝えてもらえれば、頓服の漢方薬や健康食品をゲットできますので、ぜひ、ご近所の漢方薬局を上手に利用してみてください。

 


 

また、ご自身でできるストレス対策を、なるべくたくさん用意しておきましょう。できれば、非日常感があって心が楽しいことがおすすめです。芸術や自然に触れるもよし、バッティングセンターやカラオケでスッキリするもよし! かわいい動物の動画や、オレンジピールのチョコレート、ハーブティなどいい香りでホッコリするのも、爆笑漫画を読むのもよし!「スッキリ」「ごきげん」「スカッと」するように意識すると、気の巡りが良くなり、すこしは症状の歯止めになり、気分が良くなれば症状がいくぶんかは引っ込んでしまうこともあります。
 
「心の在り方」を大切にすることも、中医学の「養生(ようじょう)=生き方を養う」ことのひとつなのです。ご自分を大事に、大事にしてください。

 
参考文献:
・郄鳳卿 (著)『エゾウコギ 驚異の効用』池田書店 1999年
・叢 法滋(著)『カラダを元気にする人参のいろいろ』エニイクリエイティブ 2019年
・小金井信宏(著) 『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年
・包海燕(著)『ストレスにやさしい生薬のいろいろ』株式会社ヘルスメディシン社 2001年
・厚生労働省ホームページ 『みんなのメンタルヘルス ストレスってなに?』
『伝統医薬データベース』刺五加
東泉 裕子(著)(以下略)『エゾウコギ摂取が閉経後早期モデルマウスの肝臓薬物代謝酵素および骨密度に及ぼす影響』国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 2017年
溝口亨(著)『実験動物におけるエゾウコギ根抽出物の機能性』

 
 

中垣 亜希子(なかがき あきこ)

すがも薬膳薬局代表。国際中医師、医学気功整体師、国際中医薬膳師、日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー、管理薬剤師。
薬局の漢方相談のほか、中医学・薬膳料理の執筆・講演を務める。
恵泉女学園、東京薬科大学薬学部を卒業。長春中医薬大学、国立北京中医薬大学にて中国研修、国立北京中医薬大学日本校などで中医学を学ぶ。「顔をみて病気をチェックする本」(PHPビジュアル実用BOOKS猪越恭也著)の薬膳を担当執筆。

すがも薬膳薬局:http://www.yakuzen-sugamo.com/