”漢方”に強くなる! まるわかり中医学 更新日:2023.05.30公開日:2021.02.09 ”漢方”に強くなる! まるわかり中医学

知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。

第65回 ストレスのタイプ別で考える生薬と養生

なにかと我慢を強いられることが多く、ストレスを感じやすい世の中です。ストレスは、私たちの心身に影響をおよぼす要因と考えられています。今回は、中医学におけるストレスの考え方と、ストレスのタイプに合わせた生薬・養生についてお話しします。

目次

1.そもそも、ストレスって何?

厚生労働省「みんなのメンタルヘルス総合サイト」によると、「ストレスとは、外部から刺激を受けたときに生じる緊張状態のこと」であるとしています。また下記のようにも解説されています。

「外部からの刺激には、天候や騒音などの環境的要因、病気や睡眠不足などの身体的要因、不安や悩みなど心理的な要因、そして人間関係がうまくいかない、仕事が忙しいなどの社会的要因があり、つまり、日常の中で起こる様々な変化=刺激が、ストレスの原因になるとのこと。進学や就職、結婚、出産といった喜ばしい出来事も変化=刺激ですから、実はストレスの原因になります」

上記のように、ストレスの要因は環境・身体・心理・社会と多岐に渡って存在します。

2.病気を引き起こす原因「内因」「外因」「不内外因」について

中医学では、ストレスが引き起こす病気をふくめたあらゆる病気の原因を、人体の内にある「内因(ないいん)」、人体の外にある「外因(がいいん)」、内外どちらとも言えない「不内外因(ふないがいいん)」に分けて考えます。

例えば、「外因」は人体の外部から発病させる病因のことで、自然界の気候変化である「六淫(りくいん)」などが代表的です。また、「内因」は人体の内部から発病させる病因のことで、過度な感情刺激である「七情(しちじょう)」などをいいます。

「内因」「外因」「不内外因」それぞれにどんなことが含まれているのか、ざっくり見てみましょう。

内因(人体の内部から病を引き起こす)
・七情内傷(過度な感情) ※「感情」も内因です。次項で詳しく解説します。

外因(人体の外部からやってきて発病させる病因)
・六淫(風邪・寒邪・暑邪・湿邪・燥邪・火邪の6種の気候環境因子)
・癘気(感染性と流行性が強い伝染病)など

不内外因(内因とも外因とも言えないもの)
・飲食不節(飲食が適切でない状態)
・労逸(「労」は、過度な肉体労働の「労力」・過度な思慮や心配、頭脳労働の「労神」・過度な性生活の「房労」 という3つの「労」のこと。「逸」は、安逸(なにもせず暮らす)の「逸」で、休み過ぎや運動不足を指します)など

用語は現代医学とは異なっているものの、「ストレスがいろいろな病気を引き起こす」と考える点では共通しています。


3.七情とは~感情と内臓はつながっている

突然だったり、強烈だったり、長期に及んだりする過度な感情は、病気を引き起こすと考えられています。「怒・喜・思・憂・悲・恐・驚」などの感情を「七情(しちじょう)」と呼び、七情によって心身に異常をきたすことを「七情内傷(しちじょうないしょう)」と呼びます。なかでも、心・肝・脾胃(消化器系)に与える影響は大きいです。

以下は、過度な七情が、「臓腑」や「気」に与える影響を書いたものです。「気」の動きに言及していることにも注目です。健康なことを「元気」、そうでないときを「病気」というように、「病気」というのは、「気」の在り方になんらかの異常がある状態といえます。

■怒り
・七情内傷(過度な感情)

■喜び
過ぎた<喜>は<心>を痛め、<気がゆるむ>。
精神散漫、集中力がなくなる、失神、狂乱状態。

■思慮
過ぎた<思>は<脾(胃腸)>を痛め、<気をむすぶ>。
やる気がでない。消化不良、食欲不振、下痢、便秘など消化器系の異常。

■悲しみ・憂い
過ぎた<悲・憂>は<肺>を痛め、<気が消える>。
意気消沈、咳、息切れ、胸悶感。

■恐れ・驚き
過ぎた<恐>は<腎>を痛め、<気が下りる>。
尿・便の失禁など。
過ぎた<驚>は<腎>を痛め、<気が乱れる>。
ただ慌て、どうしたら良いか分からなくなる。動悸、精神錯乱、物忘れ。

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4.あなたはどのタイプ?ストレスが長引くことで引き起こす崩れ3タイプ

ここでは、ストレスが長引くことによって引き起こされる異常を、「①気の滞り」「②気・血・津液の不足」「③血や津液の滞り」の3タイプに分類しました。

一般的にストレスがあるというときは、①気滞タイプがベースにありつつ、3タイプのうち複数が強弱を持って混ざることが多いです。治す順序や薬の配合バランスなどは、その人の状態によってさまざまです。

①気の滞り(気滞)タイプ

気滞とは気の滞りのこと。全身・五臓六腑の気の流れは、「肝」などがコントロールしています。「肝気(肝の気)」の流れが良いと気分がスッキリし、気持ちがスッキリしていると肝気も通りやすいです。

不満やストレスが多い生活を送ると、「肝気(肝の気)」の流れが悪くなるなど、気の滞りが起こります。ここでいうストレスは、多分に精神的ストレスを指します。



このタイプは、イライラ、憂鬱、胸や脇腹の脹痛、ガス、ゲップ、便秘と下痢を繰り返すといった症状があらわれます。機嫌が良いときは気にならず、ストレスがあると症状があらわれやすいのが特徴です。例えば、仕事の日だけ便秘や下痢、ストレスによって胃痛・湿疹・頭痛になりやすい……など。

気がすみずみまで流れるようにする「理気薬(りきやく)」「疏肝薬(そかんやく)」などを用いて、上記症状の根本原因である気の滞りを治療します。

さらに、気滞が激しかったり長引いたりすると、気が熱を帯びて上へ突き上げます。こうなると、のぼせ、頭痛、顔や眼が赤い、眼が脹る・痛む、口が苦いといった症状があらわれますので、上った熱い気を鎮める薬も用います。


また、一般的には些細なことでもストレスに感じてしまう、いわゆる「ストレスを自分で作ってしまう」気滞タイプの人もいます。プライドが高過ぎたり、こだわりが強過ぎたりする人は「思い通りにいかない」と感じることが多いため、気滞になりやすいのです。このタイプは、薬食で理気するとともに、考え方の癖や心の在り方を見直すことも必要です。

気滞のあるときは、自分にとってよい香りの食材やアロマテラピーなどを生活に取り入れたり、なるべくたくさん「ごきげん」「スッキリ」する機会をもちましょう。夜更かしも避けます。嫌なことは「逃げる・避ける・よける」ようにして、よけきれなければ「流す」ことを心がけてみてください。ストレスをためないことが大切です!

気滞の症状や養生については、「第40回 人体をつくる気・血・津液とは(8)気・血津液の関係」「第44回 新生活のストレスで不眠!? 眠りの生薬と薬膳」「第62回 捨てないで! ミカンの皮も立派な薬『陳皮』」でも詳しく解説しています。

②不足タイプ

気滞が長く続いたり強かったりすると、五臓六腑や気・血・津液のなどの働きにも異常が生じて、からだが弱ってきます。また、もともと五臓六腑や気・血・津液が弱い体質では、ちょっとした精神的・肉体的ストレスで心身の状態を崩しがちです。心身が弱って抵抗力などが落ちている状態とも言えます。

気の不足は「気虚(ききょ)」、血の不足は「血虚(けっきょ)」、うるおいの不足は「陰虚(いんきょ)」と呼び、治療はそれぞれを補う「補気(ほき)」「補血(ほけつ)」「補陰(ほいん)」です。このタイプは普段から気・血・津液を充実させて五臓六腑の調子を整え、少しのストレスでは揺らがない心身を用意しておきましょう。

それぞれの詳しい症状や養生は、「第15回 陰陽学説~陰陽のバランスを崩すと病気に(3)虚寒証(陽虚証)」「第17回 陰陽学説~陰陽のバランスを崩すと病気に(5)虚熱証」「第37回 人体をつくる気・血・津液とは(5)血(けつ)の働き」「第18回 陰陽学説~陰陽のバランスを崩すと病気に(6)陰陽両虚証」などでも解説しています。


③停滞タイプ

有形の「血・津液」は無形の「気」によって流され代謝されます。したがって、精神的ストレスが長引くと、「気」の流れの悪さにともなって「血・津液」もよどんで停滞が生まれ、症状となって現れます。これらは新たな病気を引き起こす原因となるため、はやめに対処しましょう。

「瘀血(おけつ・血行が悪いこと)」による三大症状は「痛む・シコリができる・黒ずむ」で、全身にさまざまな不調があらわれます。たとえば、頭痛・肩こり・腰痛・生理痛・胸痛などの痛み、痔・下肢静脈瘤・子宮筋腫などのシコリ、シミやクマなどの黒ずみ、血管が糸ミミズ状に浮き出る、手足の末端が冷える・しびれる、経血に黒い塊が混じる、血管が詰まりやすい、夜間に症状が悪化する、瘀点、瘀斑などです。

瘀血のあるときは、生冷飲食(生ものや冷たい飲食物)や肥甘厚味(脂っこいもの、甘いもの、味の濃いもの)を避け、運動不足なら運動します。治療には、血行を改善する活血薬などを用います。第64回で紹介した田七人参も、活血薬のひとつです。

「痰湿(たんしつ)」とは、水分代謝が悪く、余分な水分がドロドロとダブついている状態です。頭重、身体が重い、痰・鼻水がよくでる、吐き気、もたれ、胸のあたりがスッキリしない、口粘、胃の中でポチャポチャ音がする、むくみ、軟便、天気が悪い(湿気が多い)と症状が悪化する、舌苔が厚い、などといった症状が現れます。

痰湿のあるときは、生冷飲食・肥甘厚味を避け、胃腸に負担をかけないよう食事量を全体的に減らして、薄味のさっぱりした消化によいものを食べるようにしましょう。治療には、痰湿を取り除く化痰薬を用います。第62回で紹介した陳皮も化痰薬のひとつです。

5.心身のストレスサインを見逃さない

漢方相談にくる患者さんの中には、全身が悲鳴をあげているにもかかわらず、原因がストレスだと気づいていない方もいらっしゃいます。症状の現れ方は人それぞれで、心に症状が出やすい人もいれば、心はストレスに強いけれど身体はボロボロになる人もいます。

だれかと話したり、好きなことをしたり、のびのびと過ごしたり、ゆったりとお休みしたりして、ストレスをためずに、発散することが大切です。普段から、睡眠・食事・運動・休息などの基本的な健康管理を心がけて、自分を大切に、きちんと労わりましょう。そして、「ちょっとおかしいな」という心身のサインに気がついたら、なるべく早めに専門家に相談しましょう。


参考文献:
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・包海燕(著)『ストレスにやさしい生薬のいろいろ』株式会社ヘルスメディシン社 2001年
・汪先恩(著)『中西医結合の視点から図説中医学概念』山吹書店2004年
・印会河(主編)、張伯訥(副主編)『中医基礎理論』上海科学技術出版社 2015年
・平間直樹(総監修)『基本としくみがよくわかる 東洋医学の教科書』ナツメ社 2016年

中垣 亜希子(なかがき あきこ)

すがも薬膳薬局代表。国際中医師、医学気功整体師、国際中医薬膳師、日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー、管理薬剤師。
薬局の漢方相談のほか、中医学・薬膳料理の執筆・講演を務める。
恵泉女学園、東京薬科大学薬学部を卒業。長春中医薬大学、国立北京中医薬大学にて中国研修、国立北京中医薬大学日本校などで中医学を学ぶ。「顔をみて病気をチェックする本」(PHPビジュアル実用BOOKS猪越恭也著)の薬膳を担当執筆。

すがも薬膳薬局:http://www.yakuzen-sugamo.com/

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