学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。
前回は、偶然の発見、実験中の失敗から生まれた薬について書きました。しかし実際には、医薬創出に結びつくような失敗はほんのひとかけらであり、その陰には残念ながら何ももたらさなかった単なる失敗例が、山のように積み重なっています。
製薬会社の研究所では、日夜新しい化合物が作り出され、最適の化合物を求めて努力が続けられていますが、その中で晴れて医薬として世に出るのは、わずか2万分の1というデータがあります。しかし最近では、何千何万という化合物を一挙に作り出す「コンビケム」などの技術も進んでいますので、実際には2万分の1どころか10万分の1もないのではないか、というのが現場にいた者の実感です。とすれば、創薬研究における努力の99.999%は失敗に終わる、という見方もできるでしょう。
もちろん、こうして数字に表れない失敗や苦労も多々あります。大切な化合物をこぼしてしまった、間違えて捨ててしまったなどということもありますし、反応が暴走して吹きこぼれた、測定機器の操作を間違えて壊してしまったなどは、誰しも体験するところです。
幸い筆者は目の当たりにすることはありませんでしたが、爆発事故で大けがをした、大きな火災になってしまったというようなケースも聞きます。創薬に携わる研究者たちは、訓練されたプロフェッショナルではありますが、危険な毒物やウイルスなどを扱うことも多いですし、どうしても危険は伴います。
そうした事故は別としても、特に他人に迷惑をかけてしまう失敗は特につらいものです。筆者の経験でいうと、期日の決められたサンプルの合成が間に合わなくなりそうだった時の記憶は、15年近く経った今も鮮明です。
さまざまな試験を重ね、有効性の高い優れた化合物が見つかると、毒性試験の段階に入ります。医薬候補化合物が生体にどのような影響を与えるか、予想外の毒性などがないか調べる試験であり、臨床試験入りする前の重要なステップです。研究者としても、ここまでたどり着くのは嬉しいものです。
しかし、ここで用いるサンプルは当然きわめて高い純度が求められます。この後には人体での試験が待っているわけですから、いい加減なサンプルを作ることは決して許されません。また、実験動物などを用意してあるため、試験は必ず決められた期日通りに行なわなければならないのも、研究者にはつらいところです。
毒性試験では、サンプル量も最低数百グラムは必要になります。ふだんはミリグラム単位でしかサンプルを作っていませんので、大量合成はベテラン研究者にとってもなかなか大変な仕事です。数人がかりで、使い慣れぬ巨大な実験器具を持ち出して悪戦苦闘、というのが毒性試験前の風物詩でした。
そのときはスケジュールにかなり余裕を見て合成を開始し、多少のトラブルはあったものの想定の範囲内で収まり、なんとか間に合いそうだと気を緩めていました。しかし最終工程を終えてサンプルの性質を確認してみると、それまでよく水に溶けていたものが、まるで砂のようにまったく溶けなくなっていたのです。何か間違えて別の化合物を作ってしまったか、とあわてたのですが、確認しても間違いなく同一の物質でした。
この原因は「結晶形」にありました。最終サンプルは結晶にして提出しなければならないのですが、実験条件の違いから、結晶内での分子の詰まり方がそれまでと変わってしまったのです。こうなると、同じ物質でありながら、水への溶解度がまるで変わってしまうのです。同じレンガで作った建物でも、積み上げ方によって壊れやすさがまるで違うようなもの、といえばいいでしょうか。よく、ジェネリック医薬の効き方が先発品と違うといわれることがありますが、この結晶形の問題も要因のひとつです。
迫ってくるタイムリミットにじりじりしながら、なんとか元の溶けやすい結晶になってくれないものか、脂汗を流した記憶は、いまだに夢に出るほどのものです。最終的に、どうにか溶ける結晶ができてくれたので、多方面に迷惑をかけずに済んで胸を撫で下ろしました。
筆者の場合はこれで済みましたが、もっと段階の進んだ医薬候補化合物が突然溶けなくなり、泣く泣く商品化を諦めたというケースも聞き及びます。結晶というものは実に厄介で、こうすればこのような結晶ができるという確実な方法がなく、とにかくいろいろ試してみるしかないのが現状です。
あらゆるテクノロジーが動員され、各分野の最先端のサイエンティストが結集している製薬産業でも、こういう原始的なところでつまずくことがあるのです。このあたりが創薬研究の難しいところでもあり、おもしろい面でもあるでしょうか。