学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。薬のトリビアなどを伝えられると、患者さんとの距離も近くなるかもしれませんね。
医薬品の名称については以前にも触れました。今回はその続きを書いてみます。
医薬品という商品の特殊な点のひとつは、基本的に同じ中身の薬に対して、発売元の各社がそれぞれの商標をつけて売り出していることです。たとえば同じ抗不安薬に対して、武田薬品は「セルシン」、旭化成は「セレナミン」、住友製薬は「セレンジン」、中外製薬は「ソナコン」、丸石製薬は「ホリゾン」と名づけて販売しています。一方、米国では「ヴァリウム」という名称が一般に浸透しています。こうしたことは、他業界ではなかなかない事態でしょう。
これだけでは当然ながら混乱の元ですので、統一的な名称として「ジアゼパム」という名が“一般名”として使われています。これは世界保健機関によって定められた国際基準に準拠したものであり、世界中で同じ名前が通用します。
もうひとつ一般名のメリットは、ある程度統一的な命名がなされているので、名称から効能を推定できる点です。たとえば「ジアゼパム」と同じベンゾジアゼピン系の抗不安薬は、「ロラゼパム」「クロナゼパム」といったように共通の語尾がつけられています。
これら共通語尾は、化合物の機能からつけられたものと、構造からつけられたものがあります。後者の例として、たとえば局所麻酔薬である「リドカイン」や「プロカイン」の語尾についた「-caine」は、これらがコカイン(cocaine)の構造を変えることで生まれたという歴史を反映しています。
また、「-prost」が語尾につく医薬品は、「プロスタグランジン」の誘導体であることを示します。プロスタグランジン類はわずかな構造の違いで多彩な生理作用を示すことで知られ、従ってその誘導体の作用はまちまちです。たとえば「ラタノプロスト(latanoprost)」は緑内障治療薬、「ジノプロスト(dinoprost)」は陣痛の促進剤です。
作用機序などに応じて、語尾が二階層になっているものもあります。たとえば「-ast」は抗アレルギー薬や抗喘息薬(antiasthmatics)につけられる語尾ですが、中でもロイコトリエン受容体拮抗剤は「-lukast」(プランルカスト、モンテルカストなど)、トロンボキサンA2受容体拮抗薬は「-trodast」(セラトロダストなど)といったように、名前だけでメカニズムがわかるようになっています。
プロトンポンプ阻害薬につく語尾である「-prazole」(オメプラゾール、ランソプラゾールなど)は、機能と構造を両方反映しています。これらは、プロトンポンプ(proton-pump)のprと、医薬分子に含まれるアゾール(azole)という部分構造から命名されたものです。
酵素阻害薬の語尾にはいくつかのパターンがあります。阻害剤を意味する「inhibitor」から取った「-ib」がつくものには、COX-2阻害剤の「-coxib」、チロシンキナーゼ阻害剤の「-tinib」などがあります。特に後者は、各種がんの分子標的治療薬として近年研究が盛んです。「ゲフィチニブ」「イマチニブ」「スニチニブ」などがその代表ですが、今後もその数は増えることでしょう。
また酵素阻害剤にはそのほか、「-stat」または「-statin」を語尾として持つものもあります。たとえばHMG-CoA還元酵素阻害剤(高脂血症治療薬)は「ロスバスタチン」「アトルバスタチン」など「-vastatin」を共通語尾として持ちます。この語尾は、この分野で最初に発見された化合物である、メバスタチン(mevastatin)に敬意を表したものです。よくこれらの薬剤は「スタチン剤」と通称されますが、語尾としては「-vastatin」が共通部分になります。
高血糖治療薬には、ギリシャ語で“糖”を表す言葉から来た「-gli」が含まれた語尾になります。このうち、チアゾリジンジオン(thiazolidinedione)骨格を含むものが「-glitazone」(ピオグリタゾン)、ジペプチジルペプチダーゼ4(DPP-4)阻害作用を持つものが「-gliptin」(シタグリプチン、アログリプチン、ビルダグリプチンなど)といった具合です。
こうした語尾はたくさんあるので、中には紛らわしいものもありますが、語源と共に覚えることで記憶しやすくなるものもあろうかと思います。興味がある医薬の語源をいろいろと調べてみるのも、面白いのではないでしょうか。