薬にまつわるエトセトラ 更新日:2023.12.25公開日:2022.08.09 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第94回

ヤクルト1000は本当に効果があるのか?試験結果の信頼度を考える

2022年上半期、SNSを中心に口コミで評判が広がり入手困難になっている乳製品乳酸菌飲料「ヤクルト1000」。その効果の科学的信頼性について考えてみます。

 

今年のスマッシュヒット

今年上半期のヒット商品を挙げるとしたら、ヤクルト1000は外せないでしょう。SNSなどで評判を呼び、どこへ行っても手に入らないほどの人気となりました。派手なCMなどを打たずに、口コミでここまでのヒットになった商品はなかなか珍しいように思います。

その人気の秘密として挙げられているのが、「深く眠れる」「朝の目覚めがよい」といった快眠効果と、ストレス軽減の効果です。筆者は自分の体で試していないのでコメントのしようがありませんが、効果ありと感じている人は多いようです。しかし医薬に関わる者としては、その効果は本物なのか?プラセボではないのか?と問いたくなるところです。

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試験の結果は?

ヤクルト1000は「機能性表示食品」というジャンルに属する商品です。“事業者の責任で、科学的根拠を基に商品パッケージに機能性を表示するものとして、消費者庁に届け出られた食品”だそうです。特定保健用食品(トクホ)は、消費者庁長官に許可を得る必要がありますが、機能性表示食品は科学的根拠を届け出るだけで、食品の機能性を表示できます。

ではどのような試験が行われたのか。ヤクルトのウェブサイトに、ヤクルト1000の試験結果が掲載されていました。

まず睡眠の質については、次のような実験が行われたとあります。
 

“進級に重要な学術試験を受験する4年次の健常な医学部生の男女(対象者94名)を2群に分け、被験食群には「Yakult(ヤクルト)1000〈乳酸菌 シロタ株を1000億個含む飲料〉」を、対照群には疑似飲料(味や外見は同じで、有効成分を含まないもの)を1日1本(100ml)、学術試験の8週間前から試験終了後3週間まで飲用してもらいました。”

(ヤクルトウェブサイト「Yakult(ヤクルト)1000/Y1000とは?」より)

試験前の医学部生となると、確かに相当なストレスがかかっていそうではあります。実験の結果、熟眠時間と熟眠度が増加し、起床時の眠気を示すスコアで改善が認められたとのことです。またストレス軽減効果についても、やはり試験を控えた医学部学生140名を対象にしたテストが行われ、唾液中のコルチゾール濃度(ストレスがかかると上昇する)が低下することが示されています。

味などは同じで、乳酸菌を含まない疑似飲料を用意している点など、思ったより本格的な試験が行われているなと感じます。そしてグラフなどを見る限り、きちんと対照群との差が出ているようではあります。

とはいえこの試験は、医薬品の臨床試験に比べれば、規模や厳密さにおいて遠く及びません。被験者は少数であり、しかも同学年の医学部学生という非常に偏った集団です。もっとさまざまな角度から、もっと多様な被験者を相手にデータを出してくれなければ、「信頼のおけるエビデンス」とは呼べません。

 消費者庁のウェブサイトにもヤクルト1000の試験結果がレビューされており、次のように評価されています。
 

“採用された文献が8報あり、肯定的な内容で一貫性のある結果が得られていることから、科学的根拠の質は十分と判断しました。しかし、研究の限界として出版バイアスの存在が否定できないため、今後さらなるエビデンスの拡充が望まれます。”

(消費者庁ウェブサイト「様式Ⅰ:届出食品の科学的根拠等に関する基本情報(一般消費者向け)」より)

ということで、大企業だけあってそれなりにしっかりした試験が行われてはいるが、さすがに学術的なレベルで見て信頼がおけるようなデータではない、というところでしょう。

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この効能はありうるのか?

ヤクルト1000と従来製品との主な差は、乳酸菌の密度(1本100mlあたり1000億個)のみです。それだけで快眠やストレス軽減効果を持つことは、科学的にありうるのでしょうか?ヤクルトの担当者も、具体的なメカニズムについてはまだ研究途上であるとしています(Impress Watch[2022年6月14日]より)。

ただし近年、腸内細菌の研究が進み、我々の健康に想像以上の影響を与えていることが判明しつつあります。その影響は、睡眠にももちろん及んでいます。たとえば筑波大学の研究チームは、腸内細菌叢を除去したマウスでは、アミノ酸の代謝経路が大きく変化し、神経伝達物質の濃度が変化することを報告しています。具体的には、精神安定作用のある神経伝達物質セロトニンが枯渇し、抑制作用のあるグリシンやγ-アミノ酪酸(GABA)が増加することが示されています(糖尿病ネットワーク[2020年11月30日]より)。

そしてこれらマウスでは、ノンレム睡眠(⾝体と脳の活動が抑制されている睡眠)が減少し、ノンレム睡眠とレム睡眠(脳が活発に活動している睡眠)の切り替わりが多くなることがわかりました。

こうした結果を、直接にヤクルト1000の効果と結びつけるわけにはいきません。ただし、腸内細菌のバランスが睡眠の質と関連している可能性は、十分にあるとはいえそうです。

もちろんヤクルト1000に効果があるとしても、一度や二度飲んだくらいではダメで、ある程度飲み続ける必要はありそうです。睡眠に悩みがある人なら、プラセボ効果の期待も込みで、試してみる価値はあるというところではないでしょうか。

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<参考URL>
・Yakult(ヤクルト)1000/Y1000とは?|ヤクルト本社
・様式Ⅰ:届出食品の科学的根拠等に関する基本情報(一般消費者向け)|消費者庁
・なぜヤクルト1000は睡眠に着目したのか。7月には増産も|Impress Watch[2022年6月14日]
・腸内フローラが「睡眠の質」に影響 腸内環境と脳は相互に作用 食事で睡眠を改善できる可能性|糖尿病ネットワーク

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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