インタビュー 公開日:2019.09.19更新日:2019.12.27 インタビュー

スタンフォード式睡眠法に学ぶ快眠のコツ【西野精治先生インタビュー】

スタンフォード式睡眠法に学ぶ快眠のコツ【西野精治先生インタビュー】

薬剤師が知っておくと役に立つ睡眠の真実(後編)

世界最高峰の睡眠研究機関と呼ばれるスタンフォード大学睡眠研究所で長年研究を続けてきた西野精治先生(同大学医学部精神科教授)に、睡眠改善のコツについてインタビュー。「睡眠負債」の恐ろしさについてうかがった前編に続き、後編となる今回は、快眠のための具体的なテクニックや日本人に多く見られる「睡眠時無呼吸症候群」についてお話を聞きました。

Index

1. 快眠できる環境とは?
快眠の条件① 光
快眠の条件② 体温

2. 睡眠薬はリスクも理解して使用する

3. やせていても睡眠時無呼吸症候群になる

4. 睡眠への意識改革も必要

1. 快眠できる環境とは?

快眠の条件① 光

シフト制や当直ありの職場に勤務する薬剤師の中には、職場で仮眠をとる方もいるでしょう。リラックスできる寝姿勢をとったり、まとまった睡眠時間を確保したりすることが難しい環境下で、睡眠の質を向上させる方法はあるのでしょうか。

「眠りの環境を整える上で重要なのは『光』の存在です。睡眠を促すホルモンであるメラトニンは、強い光によって瞬時に分泌が阻害されてしまうという特徴があります。人間の場合、光を感知する器官は網膜だけですから、眠る前には網膜への光の暴露を意識的に制限する必要があります」(西野先生、以下同)

具体的には波長470ナノメートルの光、つまりブルーライトがメラトニンの分泌を抑制し、 覚醒度を高めてしまうのだそう。蛍光灯やLEDの青白い光よりも、赤っぽい暖色系の明かりのほうが寝室には適しているのです。また、コンビニの明るい照明は非常に強い刺激となるため、眠る直前に訪れるのは避けるようにしましょう。

「アメリカの学会誌『Sleep』で発表された研究では、『タブレット画面に図形が出現したらボタンを押す』という単純作業に医師20人が取り組んだところ、夜勤のない科の医師は正確に図形に反応できた一方、夜勤明けの医師は明らかに反応が低下したと報告されています。夜勤明けの内科医は図形が90回出現したうち、数秒間反応できなかったことが3~4回もあったということです。つまり、このときは無意識のうちに脳が眠っていたわけですね」

快眠の条件② 体温

「快眠できる環境としてもう一つ重要なポイントは『体温』です。就寝時には手足から熱が放散され、身体の内部の温度が下がります。マッサージや足湯などで、手足の血行を良くするとこの体温の変化が促進され入眠しやすくなります。一方、深部体温は上がったぶんだけ大きく下がろうとする性質もあるので、就寝90分前をめどに入浴して深部体温を一度上昇させておくと、眠ろうとするころには大きく下降してきて、スムーズに入眠できるようになります。寝具や寝衣についても、身体が熱放散しやすいよう通気性を重視して選ぶと良いでしょう」

とはいえ、ここまでみてきた快眠の条件はあくまでも一般的に考えた場合。他の人の快眠のコツをマネするのではなく、自分にとってどのような環境が快眠につながるのかを把握することが重要だと西野先生は言います。

「例えば、実験結果だけを見ればブルーライトは避けるべきですが、『スマートフォンで動画を見ながらだと安心して眠れる』という人なら、自身の感覚やルーティンを優先しても良いと思います。ただそれを他人に無理に勧めるのはいただけません」

そもそも脳は、「いつも通りのパターン」を好む特徴があります。特に眠る前には、自分なりのルーティンを繰り返すことで脳を安心させてあげることが安眠につながるのでしょう。

「ぜひ、自身の睡眠の記録をとってみましょう。入眠時間と起床時間に加えて、入浴や食事のタイミング、熟睡の度合いなどを記録していくのです。専用の記録用紙やスマートフォンアプリもありますが、手帳にメモ書き程度に記入するだけでもかまいません。どういう行動をとったときによく眠れたのか、まずは自身の生活と睡眠のパターンをよく知ることが重要です」

2. 睡眠薬はリスクも理解して使用する

薬剤師の皆さんは、患者さんから睡眠の悩みや睡眠薬について相談されることもあるでしょう。睡眠薬は依存性や副作用のリスクについても十分に理解したうえで使用することが求められる薬剤です。服用方法だけでなく、性質まで患者さんが理解できるよう説明をしてあげましょう。

「そもそも睡眠薬には、大きく2つの種類があります。まずは『ノックダウン型』とも呼ばれるベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系の薬剤です。比較的強い効果がある反面、脳の活動を全般的に鎮静化させるもので、自然な睡眠をもたらすとはいえません」

特にベンゾジアゼピン系の睡眠薬は筋弛緩作用があるため、身体のバランスがとりづらくなる可能性があります。高齢の患者さんへ処方する際などは、転倒のリスクについても勘案しなければなりません。そんな中、より自然な眠気をもたらす薬剤が日本でも承認されるようになりました。それがメラトニン受容体作動薬とオレキシン受容体拮抗薬です。

「いわば身体のシステム異常を調整する薬剤ですから、誰にでも効くというわけではありません。まずはこれらの薬剤で効果が出るか確認し、不眠を引き起こしている原因を探っていくという治療法に、国内でも移り変わりつつあります。一度『ノックダウン型』の薬に慣れてしまうと、逆方向への変薬は困難を伴います。『ノックダウン型』の睡眠薬は最後の手段ととらえてください」

大切なのは、患者さんへ継続的に関わることで、服用による睡眠の変化や副作用の有無などをしっかりと聞き取ること。場合によっては、医師への提案を行う必要もあるかもしれません。

3. やせていても睡眠時無呼吸症候群になる

2017年に実施された「国民健康・栄養調査」(厚生労働省)によれば、日本人成人の約20%が睡眠で休養が充分にとれていない状態にあるとされています。その中には、「睡眠時無呼吸症候群」を抱える人も少なからずいるようです。

「睡眠時無呼吸症候群で治療を必要としている人は、日本に300万人以上いると推測されています。罹患すれば心筋梗塞や脳梗塞などのリスクが通常の2~4倍になり、治療せずに放置した人の約4割がおおむね8年以内に死亡するというおそろしいデータもあります」

驚くことに、実は健康な人でも睡眠中にときどき呼吸がとまるのはめずらしくないのだそう。10秒間の呼吸停止を「無呼吸」1回とカウントすると、1時間の間に5回以下なら問題がないとされ、15-20回以上になると中等度の睡眠障害であり治療が必要です。現在のところ根本的な治療法はありませんが、CPAP療法(経鼻的持続陽圧呼吸療法)で無呼吸を減少させるという方法があります。CPAP療法は対症療法ですが、生活習慣の改善を同時におこなうことでCPAP離脱も可能なケースもあります。

「肥満体型の男性がかかる病気だというイメージを持たれがちですが、アジア人は下顎の形状が小さく奥まっているという特徴があるため気道が狭まりやすく、やせている人も、女性でも、子どもでもかかる可能性があります」

睡眠時無呼吸症候群になると、夜間に何度も覚醒するため、日中に強い眠気が起こります。独居の方は呼吸障害の自覚がないケースも多いので、薬剤師が患者さんの異変に気付き適切な治療につないでいくのが理想的です。

4. 睡眠への意識改革も必要

長年、睡眠の研究を続けてきた西野先生ですが、眠りに必要なことは本来とてもシンプルだと言います。

「とにかく、眠たくなったときに眠ること。眠りたいという欲求は、身体的に眠りに就く条件が整ったというサインでもあります。心身を回復させるチャンスととらえ、20分程度でも仮眠することができれば、負担はまったく違ってくるはずです」

とはいえ、昼寝や仮眠に寛容な職場は多くありません。西野先生は、社会全体の意識改革も欠かせないと指摘します。

「個人的な健康問題はもとより、医療事故を防ぐという観点からも睡眠を大切すべきではないでしょうか。まずはリクライニングできる椅子を用意するといったことからでも、疲れたらひと眠りできるような職場環境へと整えていってほしいです」

薬剤師の勤務形態は、会社員のように規則的なケースもあればシフト制や当直のケースもあるなど、職場によって多岐にわたります。西野先生は、睡眠に対してまだ寛容でないいまの日本では、自分の睡眠習慣に合った勤務環境の職場を選択するということも大切だと話します。

「まったく同じ脳や身体を持った人間はいないわけですから、適した睡眠のリズムも千差万別。身体に合わない働き方で無理をしたら健康上のリスクが避けられません。自身の睡眠の性質を見極めて、それにマッチする働き方を選択できればベストだと思います」

撮影/和知 明 取材・文/中澤仁美(ナレッジリング)

西野精治(にしの・せいじ)

スタンフォード大学医学部精神科教授、同大学睡眠生体リズム研究所(SCN ラボ)所長。医学博士。精神保健指定医。日本睡眠学会専門医。1955 年大阪府出身。1987 年、当時在籍していた大阪医科大学大学院からスタンフォード大学医学部精神科睡眠研究所へ留学。突然眠りに落ちてしまう過眠症「ナルコレプシー」の原因究明に全力を注ぐ。2005 年、SCN ラボの所長に就任。30年以上にわたり、睡眠・覚醒のメカニズムについて、分子・遺伝子レベルから個体レベルまでの幅広い視野で追究している。著書に『スタンフォード式 最高の睡眠』(サンマーク出版、2017年)がある。令和元年5月に睡眠に特化したサービスを行うブレインスリープ社を設立し、代表取締役に就任。 ※2019年6月取材時

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