薬にまつわるエトセトラ 更新日:2023.03.03公開日:2022.10.14 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第96回

米津玄師、神聖かまってちゃん、ユーミン…医薬が登場する楽曲たち

医薬品は古くから人々の傍らにあり、なくてはならぬ存在として暮らしを支えてきました。このため、医薬をテーマとして取り上げた音楽作品も数多く作られています。今回は、そうした曲をいくつか取り上げて紹介してみましょう。こうした曲には、いわゆるドラッグをテーマとしたものの方が多いのですが、今回は通常の医薬品に話を絞ることにします。

 

ユーミンからカートまで

さて楽曲に現れる医薬を調べてみると、最も多いのは向精神薬の分野であるようです。音楽の多くが感情の動きを表現するものである以上、ある意味当然かもしれません。

たとえば松任谷由実に「トランキライザー」という曲があります。ユーミンブームが頂点に達した1989年のアルバム「LOVE WARS」に収録されています。ただし恋に悩んで眠れぬ夜を過ごす描写があるだけで、具体的に医薬を服用するような歌詞はありません。

ロックバンド「神聖かまってちゃん」は、2017年に「まいちゃん全部ゆめ」という曲を発表しています。この「まいちゃん」の部分は、もともと睡眠導入剤「マイスリー」であったのですが、商標の関係で変更されたといいます。想像される通りかなりダークな内容で、ある意味彼らの個性が強く表れた曲ともいえます。

海外では、ダニー・ワーズノップに「プロザック」という曲があります。プロザックは1988年に抗うつ薬として発表され、ベストセラーとなりました。日本では未承認ですが、アメリカでは「ハッピー・ドラッグ」と呼ばれ、うつ病でなくても気分をよくするために常用する人が多い薬です。

ニルヴァーナの名盤として名高い「ネヴァーマインド」(1991年)の5曲目には「リチウム」という曲が収められており、後にシングルカットもされています。リチウムは双極性障害の治療薬であり、曲自体も静かな曲調のパートと激しいパートにはっきり分かれています。作曲者であるカート・コバーンの当時の精神状態が、この曲に反映されているのかもしれません。

 

ザナックス・エイジ

日本のロックバンドSyrup16gには「空をなくす」という曲があり、このタイトルは鎮静剤ソラナックスをもじったものといわれます。激しい曲調に、攻撃的でありながら無力感に満ちた歌詞が乗っており、絶望の中で足掻くかのような心情が伝わってきます。

ソラナックス(化合物名アルプラゾラム)はベンゾジアゼピン系抗不安薬の一つで、海外では「ザナックス」(Xanax)の商標で発売されています。依存性があるため、特にアメリカで乱用が問題になっており、若い世代にも常用者が増えています。たとえば新世代のラップの旗手として注目されていたリル・ピープは、ザナックスとフェンタニルの過剰摂取によって、2017年に21歳の若さで世を去っています。

こうした背景もあってザナックスを取り上げた曲は多く作られており、これらは音楽ジャーナリスト柴那典氏のnoteにまとめられています。2019年にはビリー・アイリッシュも「Xanny」という曲を発表しており、ザナックスによってこれ以上友人を失いたくないというメッセージが込められているといいます。

薬物依存の問題を扱った音楽は、今に始まったものではありません。J・S・バッハの「コーヒーカンタータ」は、コーヒー中毒になってしまった娘をなんとかしようとする父親を、コミカルに描いた作品です。当時はまだコーヒーがヨーロッパに入って日が浅く、コーヒー依存症は社会問題になっていました。人間の悩みは、時代を経てもそれほど変わるものではないと思わされます。

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鎮痛剤

向精神薬に次いで歌詞によく登場するのは、鎮痛剤であるようです。t-Aceには「ロキソニン」という曲がありますし、アスピリンは数多くの曲の歌詞に登場します。個人的には、佐野元春の「Happy Man」の冒頭に出てくる歌詞が印象的で、その楽曲にハマるきっかけになりました。

米津玄師の「Moonlight」の歌詞には、ボルタレンが登場します。強力な鎮痛効果を誇るボルタレンですが、心の痛みに対しては効き目が薄いということでしょうか。

ちなみに米津玄師には、野田洋次郎とコラボした「PLACEBO」という曲もあります。ただし歌詞を見ても、この内容がなぜプラセボと結びつくか、ちょっと筆者には読み取れません。みなさまの見解はいかがでしょうか。

 

あの名曲のパロディも

ということで、医薬を取り上げた曲はどうにもダークな内容のものが多いのですが、景気のよい曲も一つ挙げておきましょう。アントニオ古賀が1971年に発表した「クスリ・ルンバ」は、薬の名前を羅列した歌詞を「コーヒールンバ」のメロディに乗せた、一種のパロディソングです。アリナミン、エスカップ、オロナミンなどの名を連呼しているだけなのに、見事なギターの旋律に乗せられると、なぜかそれらしく聞こえてしまうという珍曲です。

今回挙げた曲は、ほとんどがYouTubeなどで視聴可能ですので、興味のある方は探して聴いてみて下さい。さてみなさんのお気に入りの曲は何でしょうか。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。