学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

「酒は百薬の長」ではない?アルコールの健康リスクとは
近年は、会社の飲み会に参加したがらない若者が増えたといいます。コロナ禍の影響などもあり、日常的に飲酒をする人の比率は減少傾向にあるようです。
とはいえ、令和元年の厚生労働省の調査によれば、40~50代男性の約4割、60代男性の約半数は日常的に飲酒する習慣があるとのことです。また、男性の飲酒者は減少しているものの、女性飲酒者は逆に増加中というデータも出ています。
参照:わが国の飲酒パターンとアルコール関連問題の推移|e-ヘルスネット(厚生労働省)

酒好きの人は、よく「酒は百薬の長」という言葉を使って、飲酒を正当化したりします。英語にも「Good wine makes good blood」という言い回しがあるそうで、酒飲みの考えることは洋の東西を問わず同じであるようです。
アルコールは、濃度によっては消毒効果がありますし、飲めばストレス解消になるのは確かでしょう。とはいえ、飲酒が引き起こす病気は数多いのもまた事実です。
過度の飲酒は、アルコールを処理する臓器である肝臓に負担をかけ、脂肪肝や肝硬変につながることはよく知られています。他にも多くの消化管に悪影響を与えますし、高血圧や心筋梗塞などのリスクも高めます。
一方、適量に抑えれば、酒は心疾患などの発生率を下げるという「Jカーブ効果」があるとも言われてきました。1日20グラム前後の飲酒(350ml缶ビール1本程度)は、総死亡率を下げるという研究結果が発表されたこともあります。
ではトータルで見て、飲酒の影響はどうなのか? 2018年4月、英国ケンブリッジ大のグループは、権威ある医学誌「ランセット」に、「死亡リスクを高めない飲酒量は、純アルコールに換算して週に100gが上限」とする結果を発表しました。これは350mlの缶ビールを週6回飲めば超えてしまう量です。
同年8月、酒好きをさらに落胆させる研究結果が発表されました。同じランセット誌に、「健康への悪影響を最小化するアルコールの消費レベルはゼロである」という論文が掲載されたのです。
参照:酒は百薬の長のはずでは? 少量でもNGの最新事情 少量飲酒のリスク(上)|日本経済新聞
要するに、健康のためには酒は一滴も飲まないのがベストということです。これが最終結論となるかはまだわかりませんが、少なくともある程度以上の飲酒は全く正当化されないということになりそうです。
厄介なアルコール依存症
アルコールの弊害の中でも、最も厄介なもののひとつが、いわゆるアルコール依存症でしょう。飲酒が度を越した挙げ句、朝昼であろうと大事な用事がある時であろうと、酒を飲まずにはいられなくなってしまう状態です。
この状態になると、何より酒を飲むことが優先になりますから、仕事なども正常にこなせなくなってゆきます。人間関係や家族関係まで崩壊することもしばしばであり、悲劇が本人だけにとどまらないのも大きな問題です。
またこの病気の患者は、多くの場合自分が依存症に陥っていることを認めたがらず、このためアルコール依存症は「否認の病」とも呼ばれるほどです。このことが、しばしば治療を難しくしてしまいます。
アルコール依存症の治療は、まず入院して断酒を行うことから始まります。ただし、その後一度でも酒を飲んでしまうと、ほとんどの場合また連続飲酒状態に逆戻りしてしまいます。
そのため、自助グループなどで互いに精神面から支え合いつつ、日一日と断酒生活を過ごしていくよりほかはありません。それでも断酒の成功率は、決して高くないといいます。

アルコール依存症の治療薬
ただし、断酒を助ける医薬はあります。古くから用いられてきたのは、シアナマイドなどの抗酒剤です。体内に入ったアルコールは、酸化されてアセトアルデヒドへ、さらに酢酸へと代謝されますが、シアナマイドはこの酢酸への変換をブロックします。
すると毒性のあるアセトアルデヒドが体内にたまり、吐き気など不快な症状を誘発します。これにより、断酒に持ち込もうとする医薬です。
また、断酒補助薬としてアカンプロサート(商標名レグテクト)が用いられます。構造としては、γ-アミノ酪酸(GABA)にやや似ています。NMDA受容体を阻害し、GABA受容体を刺激する作用を持っており、飲酒欲求を抑えるよう働きます。
ただしこの薬は、先述した自助グループなどによる心理社会的治療を行った上で、服用することになっています。断酒補助薬という位置づけになっているのは、このためです。
参照:アルコール依存症患者の断酒補助剤「レグテクト®錠333mg」製造販売承認取得のお知らせ|日本新薬
また2019年には、飲酒量低減薬ナルメフェン(商標名セリンクロ)が承認されました。こちらはオピオイド受容体に作用し、飲酒欲求を抑制する作用を持ちます。構造的にも、モルヒネの誘導体に相当します。
参照:アルコール依存症 飲酒量低減薬「ナルメフェン」の国内申請について|大塚製薬
アカンプロサートは「断酒補助薬」であり、あくまで断酒を目標とするのに対し、ナルメフェンは飲酒量の低減を目的とした医薬です。症状や飲酒量に合わせ、両者を使い分けることになります。
前述のように、アルコール依存症は社会的影響が大きい上、目に見えない患者や患者予備軍が多い疾患です。治療のための選択肢が増え、多くの患者の社会復帰に結びつくことを願うものです。
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