映画・ドラマ

公開日:2016.09.27 映画・ドラマ

「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。

vol.10 「最強のふたり」(2011年・フランス)

ひとりは、スラム街出身で無職の黒人青年ドリス。もうひとりは、パリの邸に住む大富豪フィリップ。何もかもが正反対のふたりが、事故で首から下が麻痺したフィリップの介護者選びの面接で出会った。他人からの同情にウンザリしていたフィリップは、不採用の証明書でもらえる失業手当が目当てというフザケたドリスを採用する。その日から相入れないふたつの世界の衝突が始まった。クラシックとソウル、高級スーツとスウェット、文学的な会話と下ネタ──だが、ふたりとも偽善を憎み本音で生きる姿勢は同じだった。
互いを受け入れ始めたふたりの毎日は、ワクワクする冒険に変わり、ユーモアに富んだ最強の友情が生まれていく。だが、ふたりが踏み出した新たな人生には、数々の予想もしないハプニングが待っていた──。
人生はこんなにも予測不可能で、こんなにも垣根がなく、こんなにも心が躍り、こんなにも笑えて、涙があふれる──。

フランス映画としては異例の大ヒットを記録して、日本でも大きな話題になった作品です。タイトルである「最強のふたり」とは、大富豪の中年男性フィリップと貧困層の青年ドリスという対照的なコンビのこと。出自も性格も嗜好も全く違うふたりが、介護を通じて魂を触れ合わせていく過程が、ユーモラスに、感動的に描き出されていきます。

 

圧倒的なインパクトがあったのは、介護人ドリスのキャラクターと人間性です。パラグライダーの事故で頸髄を損傷し、全身麻痺となったフィリップに対し、ドリスは他の人が決して口にしなかった遠慮のない言葉を次から次へと投げかけます。そればかりか、フィリップの足に本当に感覚がないのか確かめるために熱湯をかけたり、よそ見をしながら食事を介助して頬にフォークを押し当てたりと、やることなすこと型破り。ここだけを見ると、「ありえない」「身体が不自由な人への思いやりがなさすぎる」と憤りを感じる方もいるかもしれませんが、ドリスに悪気はないのです。破天荒な言動には子供のような純粋さとユーモアがあふれており、見る側も後ろめたさを感じる暇もなく笑わされてしまいます。自らの意志で動く自由を失ったフィリップの人生に変化と彩りをもたらしたのは、他でもないドリスの率直さでした。

 

一方のフィリップはドリスと正反対で、貴族的な雰囲気を備えた物静かな紳士です。しかし、会話の受け答えはウィットに富んでいて、ドリスのどぎついジョークに堂々と渡り合う度量があります。身体の状態を聞いたドリスが「俺なら自殺する」ともらすと「障がい者には(自殺は)無理だ」とシニカルにやり返し、ドリスの反応に大笑いするなど、遠慮のない会話を心から楽しんでいる様子が伝わってきます。身体の自由を奪われたフィリップが求めていたもの、それは優秀な介護人ではなく、一人の人間として向き合ってくれる存在、本音で語り合える相手だったのです。

 

全体を通して印象的だったのは、フィリップとドリスが共有する時間のなかで表現されているふたりのいきいきとした笑顔。きわどい会話や過激な悪ふざけの中でも、ふたりの表情にはまるで青春時代の少年のような輝きがあります。屈託なく笑い合い、本音で語り合う中で、「最強の絆」を育んでいくふたり。その関係性は、大人になるほど得難く、まぶしいものに見えて、胸が熱くなりました。

 

仕事で私たちが患者さんと接するときは、節度や良識を持った「職業人」として振る舞うことが当然であると捉えられていますし、私もその考え方に異論はありません。しかし、看護師としての経験を振り返ってみると、患者さんがこれまでどんな人生を歩んできたのか時間を忘れて聞き入ったり、自分が看護師であることを忘れ、患者さんに身の上話をしたりしたこともありました。確かに、仕事上の立場をわきまえていなかった部分もあったように思いますが、結果としてあのときは私と患者さんとの心の距離が取り払われたのではないかと思います。お互いの気持ちが触れ合ったと感じた瞬間を思い出すたびに、何とも言えない満足感がよみがえってきます。

 

エンディングでは、驚くことにフィリップとドリスのモデルとなった実在の人物が登場します。実は、この映画は実際に起きたことを題材として描かれたノンフィクション作品なのです。ふたりがその後どんな人生を歩んだのかは、ぜひ実際に作品を観て確かめてみてください。ドリスには介護の資格も経験もありませんでしたが、フィリップの気持ちを的確に感じ取って応じる機知がありました。「患者さんは患者さんである前に、ひとりの人間である」という当たり前でとても大切なことにあらためて思い至るとともに、人と人の出会いから生まれた無敵のエネルギーに勇気づけられる作品でした。

 

坂口 千絵(さかぐち ちえ)

看護師/カウンセラー/ライフコーチ/セミナー講師/WEBライター
看護師歴20年。カウンセリング、コーチングなど、さまざまな資格を活かして人々の悩みに寄り添い、問題解決へと導く個人セッションを行っている。
医療現場で長年、多職種と共に勤めた経験などを活かしながら、現在はカウンセラーやセミナー講師としても活動中。

HP:http://infinity-space.jimdo.com/

ブログ:http://ameblo.jp/counselor-chisa/

坂口 千絵(さかぐち ちえ)

看護師/カウンセラー/ライフコーチ/セミナー講師/WEBライター
看護師歴20年。カウンセリング、コーチングなど、さまざまな資格を活かして人々の悩みに寄り添い、問題解決へと導く個人セッションを行っている。
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