映画・ドラマ
「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは北品川藤クリニック院長・石原藤樹先生と看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。
vol.12「博士と彼女のセオリー」(2014年・イギリス)
難病を抱えながらも研究に励み、現代の宇宙論に多大な影響を与える車いすの天才科学者スティーヴン・ホーキング博士の半生と、博士を支え続ける妻ジェーンとの愛情を描き、ホーキング博士を演じたエディ・レッドメインが第87回アカデミー賞で主演男優賞に輝いたヒューマンドラマ。
1963年、ケンブリッジ大学で理論物理学を研究するスティーヴン・ホーキングは、中世詩を学ぶジェーンと恋に落ちるが、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発症、余命2年と宣告される。妻となった彼女の支えで研究を進め時の人となるが、介護と育児に追われる彼女とはすれ違い、病状も悪化していく。
―エディ・レッドメインの圧倒的な名演が光る天才科学者の半生のドラマ―
難病のALS(筋萎縮性側索硬化症)を若くして発症し、余命宣告を受けながらも研究を続けた理論物理学者スティーヴン・ホーキング博士の半生を、その妻ジェーンの手記を元にして映画化した作品です。
ホーキング博士は『ホーキング、宇宙を語る』という一般向けのベストセラーで世界的に有名になりました。来日もしていますし、CM出演までしています。70代になった現在もお元気で、最近ではイギリスのEU離脱に反対の発言をしたり、アメリカ大統領候補のトランプ氏の批判をしたりと、メディアにも盛んに登場しています。
映画では、主人公のホーキング博士を演じたエディ・レッドメインの、神がかり的な演技が素晴らしく、同役で2015年のアカデミー主演男優賞を受賞しています。
いかにもイギリス映画という品格のある作りで、映像と音楽が極めて美しく、映像美とレッドメインの演技を見るだけで、元は取ったという気分になります。
ただ、この映画は単なる難病ものや夫婦の絆を描いた作品ではありません。介護が常に必要な障がい者の妻の視点から、夫との生活をかなり赤裸々に描いているのです。夫婦の葛藤を、一番ドロドロした部分は暗示にとどめる、という手法で描写。それを節度のある表現としてとらえるか、まだ存命のモデルに配慮して腰が引けているととらえるかで、その評価は変わると思います。
物語は、1963年のホーキング博士と妻のジェーンの出会いから始まります。自転車でキャンパスを疾走する若き日のホーキング博士をまず観客に見せることで、その後の悲劇を印象的にする手際が鮮やかです。
研究への情熱が芽生えたところで、ALSを発症。医師からは余命2年の宣告を受けますが、ジェーンはそれを知った上で博士との結婚を決断します。子どもも生まれ、研究も進んで注目を浴び、夫婦生活は幸福で順調に思われました。しかし、自身も文系の優秀な研究者でもあったジェーンには、次第に夫の介護に全てをささげる生活が、負担に思われてくるようになります。夫婦の微妙な感情の行き違いと、女であるが故の苦しみが繊細に描かれて、物語は佳境に入ります。
果たしてジェーンと博士は、どのような人生の決断をするのでしょうか? それはぜひ本編をご覧ください。
この映画では、医学はあまり好意的には描かれていません。最初から診断をした医者は「余命は2年で助かる方法はない」と冷酷な宣告をして平然としていますし、嚥下障害が徐々に進行して、誤嚥を繰り返すようになっても、博士は医者を嫌って病院へは行きません。そして、ついに重症の肺炎を起こして危篤になると、医者は安楽死を妻に勧めるのです。妻は断固としてその申し出を拒否します。言葉を失った博士に言葉を取り戻させるのは、献身的な看護師とテクノロジーの力で、医者ではありませんでした。
作品の中での医療の描き方には、誇張もあるかもしれません。ただ、医療関係者の視点と、患者さんの視点には、同じ病気のとらえ方に対しても、違いがあることも事実だと思います。薬剤師の皆さんも、患者さんから医療への不満の声を聞くことはありませんか。ホーキング博士の半生からは、根本的な治療法がない病気に対峙する者の胸中が垣間見えます。私たち医療関係者と違う視点から見える世界に、考えさせられることがあるのではないかと思います。
秋の夜長や外出の面倒な冬の休日に、静かに映画鑑賞するにはもってこいの1本です。映画を観た後で、ホーキング博士の業績について調べたり、著書を読んだり、その発言について調べたりすると、より深い理解に結びつくかもしれません。
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