映画・ドラマ

公開日:2017.01.26 映画・ドラマ

「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは北品川藤クリニック院長・石原藤樹先生と看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。

vol.14「コンテイジョン」(2011年・アメリカ)

香港出張からアメリカに帰国したベスは体調を崩し、2日後に亡くなる。時を同じくして、香港で青年が、ロンドンでモデル、東京ではビジネスマンが突然倒れる。謎のウイルス感染が発生したのだ。新型ウイルスは、驚異的な速度で全世界に広がっていった。
米国疾病対策センター(CDC)は危険を承知で感染地区にドクターを送り込み、世界保健機関(WHO)はウイルスの起源を突き止めようとする。だが、ある過激なジャーナリストが、政府は事態の真相とワクチンを隠しているとブログで主張し、人々の恐怖を煽る。その恐怖はウイルスより急速に感染し、人々はパニックに陥り、社会は崩壊していく。国家が、医師が、そして家族を守るごく普通の人々が選んだ決断とは──?

―パンデミックの恐怖を緻密な取材で描いた群像劇―

 

こんにちは。北品川藤クリニック院長の石原です。
今日ご紹介するのは、2011年のアメリカ映画『コンテイジョン』です。コンテイジョン(contagion)というのは伝染や感染のこと。2009年の「新型インフルエンザ」騒動や「新型肺炎(SARS)」、鳥インフルエンザの人間への感染など、世界的な感染症の流行事例にヒントを得て、MEV1という未知のウイルスの世界的な大流行(パンデミック)の始まりから収束までを描いた群像劇です。

 

監督は『トラフィック』でアカデミー監督賞を受賞し、社会派の作品から『オーシャンズ11』のような娯楽作まで手掛けている名匠のスティーブン・ソダーバーグ。今回のようなひとつの事件を多面的に描いた群像劇は得意とするところです。
キャストもマット・デイモン、ジュード・ロウ、ケイト・ウィンスレット、グウィネス・パルトロウと、人気者がズラリと顔をそろえています。
ただ、大作という感じの作品ではなく、上映時間も105分と最近のハリウッド映画では短い部類ですし、的確かつ簡潔に印象的な人間ドラマを挟みつつ、あくまで主題はパンデミックという事件そのものという感じになっています。

 

作品は2日目というクレジットで始まり、最初の感染者であるグウィネス・パルトロウ演じるベスというキャリアウーマンの女性が、出張先の香港で感染し、アメリカに帰国するところから始まります。「2日目から始まるのはどうして?」という疑問は、最後に解消される、という仕掛けです。感染は世界多発的に起こり、最初のパートで東京やロンドンなども出てはくるのですが、その後はほとんどアメリカが舞台となり、登場人物の1人が滞在する香港が、少し登場する程度です。

 

ドキュメンタリーに近いような、抑制的でリアルなタッチで物語は展開されます。最初の感染者とその家族、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)のスタッフと研究者、WHOの専門家、ネットで過激な情報を拡散する一匹狼のジャーナリスト、などが主な登場人物で、それぞれにドラマがあります。無知から来る混乱もありますし、専門家が身内への情のために道を踏み外したりもします。それぞれの物語が、うまく収束するのはなかなかの手際で、よくできた短編小説集を読んでいるような雰囲気があります。
個人的には香港で捕らえられてしまうWHOの女性研究者の物語が、人間の運命の不思議さのようなものを感じさせて、印象に残りました。

 

考証はしっかりとされています。「R0」という指標が何度か取り上げられていますが、これは「basic reproduction number」という数値で、「アール・ノート(r naught)」と読みます。その病気の患者さんが、免疫のない人たちの中に入ったとき、そのうちの何人が感染するかを示す数値で、2を超えていると感染はどんどん拡大するのです。映画の前半でR0が2を超えている、という議論がありました。ただ、知識がないとわかりにくかったと思います。

 

それから、登場するジャーナリストが、「連翹(れんぎょう)」という漢方薬を病気の特効薬として拡散する場面がありますが、これは実際にある生薬です(英語名はForsythia)。ただ、特定の病気に有効、というようなデータはあまりないと思います。おそらくインフルエンザ治療薬のタミフルが、生薬の八角を原料としていることから、発想されたのだと思います。

 

病気のワクチンは点鼻のものが使用されていますが、これはインフルエンザの点鼻ワクチンが、ちょうどアメリカで普及した時期であったためと思われます。このタイプのワクチンは、注射よりも有効性が高いと考えられていたのですが、最近の報告ではそうでもないようです。

 

このように映画は極めてリアルに考証されています。したがって、感染症の防御とワクチンの問題などを考えるには、格好の教材になると思います。意外性のある展開には乏しいので、一般の方には退屈に感じる場面もあるかと思うのですが、知識があればあるだけ、深く楽しめる作品に仕上がっていると思います。インフルエンザの流行時期でもありますし、身近な感染症と対比させながら、見るのもまたおもしろいと思います。

 

石原 藤樹(いしはら ふじき)

1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「石原藤樹のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。

北品川藤クリニック:http://www.fuji-cl.jp/

ブログ:http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/

石原 藤樹(いしはら ふじき)

1963年東京都渋谷区生まれ。信州大学医学部医学科大学院卒業。医学博士。信州大学医学部老年内科助手を経て、心療内科、小児科を研修後、1998年より六号通り診療所所長。2015年より北品川藤クリニック院長。診療の傍ら、医療系ブログ「石原藤樹のブログ」をほぼ毎日更新。医療相談にも幅広く対応している。大学時代は映画と演劇漬け。

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