映画・ドラマ
「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは北品川藤クリニック院長・石原藤樹先生と看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。
vol.20「英国王のスピーチ」(2010年・イギリス/オーストラリア)
スピーチができない男が、国王になった――。
吃音に悩む英国王ジョージ6世が自らを克服し、国民に愛される本当の王になるまでを描いた感動の実話。
ジョージ6世は、王になどなりたくなかった。兄のエドワードが、王室が認めない愛のために王冠を捨てたことから、予期せぬ座についたのだ。しかも彼には、吃音という悩みがあった。スピーチで始まり、スピーチで終わる公務の数々に、いったいどう対処すればいいのか? 王は何人もの言語聴覚士の治療を受けるが、一向に改善しない。心配した妻のエリザベスは、スピーチ矯正の専門家、ライオネルの診療所に自ら足を運ぶ。堅く閉ざした心に原因があると気づいたライオネルは、ユニークな治療法で王の心を解きほぐしていく。折りしも第二次世界大戦が始まり、ヒトラーの率いるナチスドイツとの開戦に揺れる国民は、王の言葉を待ち望んでいた。ライオネルの友情と妻の愛情に支えられ、王は国民の心をひとつにするべく、渾身のスピーチに挑むのだが――。
―吃音症の英国王を支えた言語療法士の治療とは?―
今日ご紹介するのは、吃音症の英国王を扱った2010年のイギリス映画「英国王のスピーチ」です。世界中で高く評価され、第83回米アカデミー作品賞をはじめ、多くの映画賞に輝いた傑作です。
吃音症は昔から知られた症状ですが、いまだに原因は確定しておらず、その治療にも確立されたものはあまりありません。おそらく、単一の原因による症状ではないように思われます。この映画では、今のエリザベス女王の御父君である、英国王ジョージ6世が、小児期からの吃音に悩んでいた――という史実に基づき、国王を支える多くの人々の努力、特に言語療法士としてその治療に当たったライオネル・ローグと、妻のエリザベス王妃の友情と愛情とによって、吃音が克服されるまでが感動的に描かれています。
舞台は1930年代の英王室。主人公のジョージ6世は、王位につく前から吃音に悩み、多くの専門医の治療を受けたものの病状は改善しません。そこでオーストラリアからの移民で役者上がりの怪しげな言語療法士、ライオネル・ローグの治療を受けることになります。彼の治療は歌でせりふを語らせたり、汚い言葉で罵倒をさせたりする破天荒なもの。そのことで、ジョージ6世は何度もローグと仲たがいをします。しかし、運命のいたずらで兄から王位を継承して国王になると、ドイツとの戦争が始まり、自分の演説が国民の士気を高める上で不可欠である、という事態に追い込まれます。そして立場を超えた2人の友情と、それを支えるそれぞれの妻の愛情とが、感動的な「英国王のスピーチ」に結びつくのです。
この作品が出世作となったイギリスのトム・フーパー監督は、第二次大戦前の英王室という魅力的な舞台を、緻密な考証に基づき、重厚かつ美しく再現しています。主だった俳優もイギリス人で固められていて、その本物志向が、作品全体に真実味を与えています。この格調の高さは、ハリウッド映画ではちょっと真似のできないものです。移動撮影の美しさや語り口の流麗さも、古典の風格を漂わせているようです。
キャストでは、主人公である吃音症の英国王を演じたコリン・ファース、王妃のヘレナ・ボナム・カーター、資格のない言語療法士のジェフリー・ラッシュのいずれもが素晴らしく、繊細で説得力のある演技を披露しています。
吃音症の原因は完全にはわかっていません。映画の中では、ジョージ6世は幼少期に厳格な父親から威圧的な養育を受け、そのトラウマが要因のひとつと示唆されていますが、実際にはそうした心理的な要因が、どこまで個々の事例で影響しているかはわかりません。主人公の吃音自体も、症状としては比較的軽いものと思います。したがって、映画をご覧になる皆さんが「吃音症とはこういうもの」とは思わないでいただきたいのです。けれども、当時の最新医療が結局は国王の助けにはならなかった、という事実は、現在にも通じるものとして、医療者が心に刻む必要があるように思います。メカニズムが判明している病気に対しては、医学はその力を発揮するのですが、原因不明の症状への対応力は、1930年代当時と今とで、それほど大きな差はないように感じるからです。
派手さはありませんが、味わい深く心に残るすてきな映画です。なじみの薄い英王室の内側を垣間見るようなおもしろみもありますし、後味も爽やかですので、すべての方におすすめできる傑作です。皆さんもぜひ、愛らしくて人間的な英国王の成長物語に、心を躍らせてみてください。
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