映画・ドラマ
「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは北品川藤クリニック院長・石原藤樹先生と看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。
vol.25「湯を沸かすほどの熱い愛」(2016年・日本)
銭湯・幸の湯を営む幸野家。しかし、一家の父は1年前に出奔し銭湯は休業状態。持ち前の強さと明るさで、パートをしながら娘を育てていた母・双葉は、ある日突然、余命2カ月という宣告を受ける。落ち込んだのもつかの間、彼女は「絶対にやっておくべきこと」を決め、立ち上がる。【家出した夫を連れ帰り家業の銭湯を再開させる】【気が優しすぎる娘を独り立ちさせる】【娘をある人に会わせる】母の行動は、家族からすべての秘密を取り払うことになり…。
死にゆく母の熱い思いと、想像もつかない驚きのラスト。日本アカデミー賞ほか賞レースを席巻した、涙と生きる力がほとばしる家族の愛の物語。
―胸を揺さぶり、心に火をつける感動的な終活の物語―
今日ご紹介するのは、2016年に公開され、多くの映画ファンに強い感銘を与えた宮沢りえさん主演の終活映画『湯を沸かすほどの熱い愛』です。すべての方にぜひ一度は観ていただきたい、本当に素晴らしい映画です。娯楽作品としても一級品ですが、泣けて、感動して、ラストにはちょっと驚き、観終わった瞬間には、これからの人生に対して少しだけ考え方が変わっているような、そんな作品です。
舞台は北関東の田舎町の銭湯。自由人の夫(オダギリジョー)が失踪してしまい、主人公の双葉(宮沢りえ)は、ひとりで娘(杉咲花)を育てています。しかし、娘は学校でいじめられていて母親にも反抗的ですから、子育ても一筋縄ではゆきません。そんな中、ある日主人公は「末期がんで2、3ヶ月の命」という医師の宣告を受けるのです。そこから感動的な、主人公による「人生を締めくくる旅」が始まります。
設定はいわゆる“難病もの”で、何を今さら…という感のあるテーマです。たとえば黒澤明監督の『生きる』という名作では、末期の胃がんと知った公務員の男が、子どもの遊び場としての公園を造ることを人生最後の仕事に決めて実現しました。
しかしこの作品においては、主人公が人生の最後に考えることが、身勝手とも思える自分中心の行動として実行されていきます。「公園を造る」というような大事業ではなく、自分の人生において責任を持つべきことを、生きている間に自分の責任で解決しようとするものです。地に足のついた終活で、それがまず非常に新鮮でした。
しかも、それだけで終わりではなく、途中からはロードムービー風の趣向になります。奥行きのある人間関係の秘密が明らかになると、胸が熱くなるような感動の瞬間が待っています。さらにラストではアングラ風の趣向になり、一気に不可思議な領域まで観客の心を運んでくれるのです。それがどんなに不思議なラストであるのかは、ぜひ本編でご覧ください。
このように、この作品は台本が非常に練り上げられています。ミステリーではないのですが、前半のちょっとした違和感が、しっかりと伏線として後半に活きてくる部分や、ラストを含めて意外性のある展開に妙味があります。それでいて、メインとなるテーマ自体は、非常に繊細に説得力を持って描き出されているのです。脚本は中野量太監督のオリジナルですが、古い日本映画をとても研究されている方だと思います。昔の名作の趣向が、巧みに換骨奪胎されてこの映画の中に活かされています。
役者は主人公を演じた宮沢りえさんが素晴らしく、ダメ男を憎めない飄々とした感じで演じたオダギリジョーさんも非常に味のある芝居です。さらには、学校でいじめられる内向的で屈折した少女を演じた杉咲花さんが、これまでの彼女の集大成と言って良い、充実した芝居を見せてくれました。
医療者として少し不満に思うことは、この作品における医療の描写です。死の間際でも宮沢りえさんはしっかりメイクをしているように見えますし、治療を拒否していながら、旅先で倒れて病院に担ぎ込まれるのは、医療従事者の視点からは、「ずいぶん身勝手でひどいなあ」とは思います。また、そこから至れり尽くせりのホスピスにすぐ入所でき、それも豪華な個室というのは、現実には到底成立しない話だと思います。
ただ、もちろんこうした点は、映画としての質を損なうものではありません。風呂屋の家族を描いたミニマルな世界の物語ですが、それでいて世界を内包するような大きなテーマが見事に描き出されていると思います。
人間の社会が、いつまでたっても残酷で不幸でありつづけるのは、なぜでしょうか?
作品の中では、「原因は、人間が自分の人生の責任を果たさないままで、過去を忘却したり死んでしまったりすることにある」という強いメッセージとして表れています。
主人公の最後の生のあがきから、観客の一人ひとりが自分の人生を振り返って、自分が生きている間に果たすべき責任について、考えるきっかけになれば素晴らしいことです。大仰に社会や政治の変革を叫ぶような作品よりも、はるかに観客の心に届くものが大きいように思います。
人生の終末期にある多くの患者さんと接する機会のある薬剤師さんにとっても、明日からの仕事に役立つ何かを教えてくれる映画だと思います。そうした点を抜きにしても、疲れた体に明日への活力を与えてくれる、面白く、骨があり、感動的で素敵で、それでいて少し変な映画です。
ぜひこの素晴らしい世界を体験して、その感想をあなたの大切な人と共有してほしいと思います。
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