映画・ドラマ
「たまには仕事に関連する映画を見てみようかな」と感じたことはありませんか? 医療や病気に関する映画・ドラマ作品は数多くありますが、いざとなるとどんな作品を見ればいいのか、迷ってしまう人もいるのでは。このコラムでは北品川藤クリニック院長・石原藤樹先生と看護師ライターの坂口千絵さんが、「医療者」としての目線で映画・ドラマをご紹介します。
vol.30「RENT/レント」(2005年・アメリカ)
1989年ニューヨーク。イースト・ヴィレッジにあるロフトで毎月の家賃(レント)も払えないような生活をおくる、若きアーティストたち。彼らは犯罪、エイズ、ドラッグ、同性愛、友の死など、様々な問題に直面している。それでも、愛や友情を信じ、夢に向かって今日という日を懸命に生き抜いていく……。
―HIV感染症を扱った大ヒットミュージカルの映画化―
今日ご紹介するのは80年代のニューヨークを舞台に、貧困とHIV感染症に苦しみながら芸術に青春を燃やす若者たちを描いた、2005年のアメリカ映画「RENT/レント」です。この作品は1996年にブロードウェイで初演されたミュージカルの映画化で、主要キャスト8人のうち6人は舞台のオリジナル・キャスト。ミュージカル映画は舞台のミュージカルが原作でも、映画スターのキャストで声も吹き替え、という別物の作品になることも多いのですが、この映画は評価の高い舞台キャストの歌と演技を、映像として記録することを目的のひとつとしているので、こうした方法が採られているのです。
ただ、キャストは同じでもロケーションを多用したリアルな演出は、さすが娯楽映画の巨匠クリス・コロンバス監督の手腕を感じさせるもので、単純な舞台の映像化にはなっていません。
この作品は、プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」を元にしています。19世紀のパリを舞台に、貧乏な芸術家たちの人間模様を描いた人気作ですが、それを1989年のニューヨークに移し替え、バイセクシャルやホモセクシャル、HIV感染症や麻薬中毒、マイノリティの差別などの社会問題を取り入れながら、同じ若い芸術家群像としてリクリエーション(再創造)しているのです。描かれている人間関係や物語の多くはオリジナルですが、クリスマスイブから始まり、翌年に終わるという設定や、主人公の1人であるミミが病魔に冒されるという展開には、原作のエッセンスが活かされています。
また、ミミがロジャー(オペラではロドルフォ)と出会う場面は、暗い部屋に灯りをもらいに来るという設定がオペラと同じになっていて、オペラ版の名アリア「冷たい手を」と「私の名はミミ」、「私が街を歩けば」の歌詞の一部は、ミュージカル版でもさりげなく活かされているのです。
舞台となっている1989年は、HIV感染症の治療がまだ十分な効果を上げるに至らず、患者への偏見や差別も強かった時期です。以前このコラムで取り上げた「フィラデルフィア」は、1993年の作品で、当時のHIV感染者への偏見をリアルに描いていましたが、この作品ではより身近な、友達や家族を蝕む病としてのHIV感染症が描かれています。患者同士が語り合い励まし合う、ライフサポートの会という取り組みも描かれ、当時のアメリカの状況をより切実に感じることができるのです。
舞台版の「レント」を創作したジョナサン・ラーソンは、自身が貧乏なアーティストとして長く暮らし、自分の経験と友人知人たちをモデルにこの作品を書きました。ここに描かれている若者たちの生活が非常にリアルに感じられるのは、その裏打ちがあるからなのです。そして彼は、この作品の初演開幕直前に、マルファン症候群による大動脈瘤破裂のために35歳の生涯を閉じています。その事実を知った上で映画を見直すと、今という瞬間を大切に生きろという彼のメッセージが、作品全体に強く息づいていることが感じられると思います。
名曲ぞろいの新時代のロックミュージカルの傑作で、最初のゴスペル風の「シーズンズ・オブ・ラブ」を聴くだけでわくわくしますし、その役を生きたと言って良いオリジナル・キャストの熱演は、演技を超えた真実の感動を与えてくれます。1人で見ても勇気付けられ、大切な友人やパートナーと見れば、その絆を深めるきっかけとなることは間違いがありません。来日公演や日本人キャストによる公演も含めて、毎年のようにミュージカルの舞台としても上演されていますから、機会があれば生の舞台にも足を運ぶと、また新たな感動に出会えるかも知れません。
あわせて読みたい記事