薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第76回

新型コロナの変異株とは?変異のメカニズムと危険性を解説

COVID-19の感染拡大が続いています。こうした状況の中、さらに気になる情報が流れてきました。英国・南アフリカ・ブラジルなどで猛威を振るう、新型コロナウイルス変異株の問題です(「変異種」と書かれている記事などもありますが、種が変わったわけではないので、ここでは変異株と表記します)。従来のタイプより7割ほど感染力が強いとする見方もあり、心配している方も多いと思います。

1月10日には、英国から帰国して健康観察期間中であった男性と会食した人が、変異株に感染したことが発表されました。19日には、静岡で英国渡航歴のない男女3人が、変異株に感染しています(感染経路は不明)。当然、他にも変異株が国内に入り込んでいる可能性を考えなくてはならないでしょう。

ウイルスの変異とは

そもそも、ウイルスの変異とは何なのでしょうか?新型コロナウイルスは、遺伝子となるRNAが殻に包まれた構造です。この殻や、表面に突き出たスパイク(細胞に感染する際の足がかりとなる部位)などはタンパク質でできており、これらはRNAの遺伝情報に沿って作られます。

ウイルスが増殖する際には、当然遺伝子が複製されますが、その際にRNAはDNAに比べてコピーミスが起こりやすいことが知られています。すると、その情報に沿って作られるタンパク質のアミノ酸配列が変わってしまうことになります。これがウイルスの変異です。新型コロナウイルスには、これまでにも多くの変異株が発生していました。

たとえば問題になっている変異株は、スパイクタンパク質に「N501Y」という変異が起きていることがわかっています。N501Yとは、スパイクタンパク質の501番目のアミノ酸が、アスパラギン(N)からチロシン(Y)に変化していることを意味します。

■スパイクタンパク質に起きた変異「N501Y」

ウイルスのRNAの塩基配列が1箇所アデニン(A)からウラシル(U)に変化したことにより、スパイクタンパク質の501番目のアミノ酸がアスパラギンからチロシンに置き換わった。/図提供:佐藤健太郎さん

機械の部品がひとつ壊れたら、たいていの場合性能が落ちるかほとんど影響がないかであり、性能が上がることはめったにありません。これと同じで、ウイルスが変異した場合、増殖能力が落ちて絶滅するか、あるいは特に影響なく増え続けるかのことがほとんどです。

しかしこのほどついに、人体の細胞にとりつきやすくなる、ウイルスにとっては都合のよい、そして我々人類にとっては非常に都合の悪い変異が起きてしまったのではないか――と考えられているわけです。
 

変異株の脅威

先に挙げたN501Yという変異を持つウイルスは、ヒト細胞の受容体に結合しやすくなっていることが、分子レベルでは確かめられています。これを含めて17箇所ほどの変異が起きたウイルスがイギリスで勢力を拡大しているため、非常に警戒感が高まっているわけです。

イギリスの変異株は、最大で7割ほど感染力が高まっており、実効再生産数を0.4程度押し上げる可能性があるとされています(Yahoo!JAPAN 医師・小野昌弘氏のコラムより)。実効再生産数とは、一人の感染者が平均して何人に感染させるかを表す数値です。

たとえば実効再生産数が1.5の時、一人の感染者が一週間に一度ずつ次の人に感染させていくとすると、10週間後には1.5^10(※編集注:1.5の10乗)で58人の感染者が発生します。しかし実効再生産数が0.4上がって1.9になると、10週間後には613人が感染する計算です。もちろん実際には、感染者が増えれば対策が打たれるので、単純にこのように増えはしませんが、その恐ろしさは感じ取っていただけると思います。

英国では、一時期は厳格なロックダウンにも関わらず感染者が減少しないなど、極めて厳しい状況に陥りました。ただしこれには他の要因も考えられ、本当に変異ウイルスのせいであるのか、今のところ断言はできない状況です。ただし疫学的・分子生物学的な証拠は揃いつつあり、警戒すべきであるのは間違いありません。もし日本でも変異種が蔓延するようなら、都市封鎖など厳しい対策を打たざるを得なくなる可能性があります。

変異株にワクチンは効くのか

もう一つ心配なのは、海外で接種が始まったワクチンが、これら変異株にも有効かどうかでしょう。今のところイギリスの変異株に対しては、ファイザー製ワクチンは効果がありそうとの実験結果があります(BBC NEWS、2021年1月9日)。

ただし、南アフリカとブラジル由来の変異株は、ワクチンの効果を減弱させる可能性が指摘されています(Yahoo!JAPAN 医師・忽那賢志氏のコラムより)。これに関しては、さらなる実験が必要でしょう。
 

ワクチンの開発元の一つであるビオンテック社は、もしワクチンをすり抜ける変異株が現れても、6週間ほどでこれに対応するワクチンを用意できる」とコメントしています(AFP BB NEWS、2020年12月22日)。ただしこの場合、新たな臨床試験が必要になると思われます(現在用いられているワクチンの臨床試験ほど、大規模に行なう必要はないかもしれませんが)。

いずれにせよ我々にできる対策としては、手洗い・マスク・3密回避などを、これまでと変わりなくきっちりと励行すること以外ありません。変異株が拡大する前に、ワクチンが効果を表すことを祈るばかりです。

※本記事の内容は2021年1月22日時点の情報をもとにしています。


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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