薬にまつわるエトセトラ 公開日:2021.07.12 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第81回

アデュカヌマブはなぜ承認された?承認の影響と薬価、日本にくる可能性

この6月7日(現地時間)、米国食品医薬品局(FDA)はアルツハイマー型認知症の治療薬として、アデュカヌマブ(商品名アデュヘルム、エーザイとバイオジェンの共同開発)を承認しました(エーザイ株式会社ニュースリリースより)。認知症は、他のどのジャンルよりも効果的な治療薬が待ち望まれていた分野ですが、2003年以来新薬は現れていませんでした。

18年ぶりの認知症の新薬

アルツハイマー型認知症では、脳にアミロイドβというタンパク質が蓄積し、これが神経細胞を破壊していくことが原因と考えられてきました。アデュカヌマブは、このアミロイドβに結合し、除去するよう設計された抗体医薬です。

これまでの認知症治療薬は、どれも症状の進行を遅らせるのが精一杯で、症状の改善や根治を望めるものではありませんでした。しかしアデュカヌマブは今までの治療薬とは異なり、疾患の根本原因を除去するものであるため、大きな期待が寄せられていました。

というわけでアデュカヌマブの承認は大きな話題を集め、エーザイの株価は2日で3000円以上上昇しました(毎日新聞、2021年6月9日より)。認知症患者やその家族にとっては、素晴らしいニュースと映ったのも当然でしょう。

 

驚きの承認

しかしこの承認は、医薬業界関係者からは別の意味で大きな驚きをもって迎えられました。アデュカヌマブの臨床試験は、決して芳しい内容ではなかったからです。

2015年までの臨床試験により、アデュカヌマブの投与によってアミロイドβが除去されていること、また一部の患者で認知機能低下の速度がやや抑えられたことが確認されました。このため新たな臨床試験が2本立ち上げられたのですが、主要評価項目は目標に達しませんでした。このまま続けても有効性を示す見込みはないということで、2019年3月に臨床試験は打ち切られたのです。

ところが2019年10月になり、開発元のバイオジェン社は臨床試験データを再分析し、高用量を投与された患者群は、プラセボに比べて認知機能低下がやや遅くなることが判明したとして、承認申請を行なったのです(ナショナルジオグラフィック、2021年6月15日より)。

いったん臨床試験打ち切りとなった新薬が承認申請を行なうなど、異例中の異例です。また、このアデュカヌマブには、脳の浮腫や頭痛などの副作用もあり、臨床的に有益とは言い難いというのが大方の見方でした。

また、アミロイドβを標的とする治療薬は数多く臨床入りしながら、全て否定的な結果に終わっています。このためファイザーなど多くの製薬企業がアルツハイマー症治療薬から撤退しており、アミロイドβ仮説自体が疑問視されるようになっていました。

こうしたことから、アデュカヌマブの承認については、11名の諮問委員がほぼ満場一致で反対の意向を示したといいます。

ところがこの6月7日、FDAはアデュカヌマブに「迅速承認」を与えると発表しました。迅速承認はいってみれば「医薬の仮免許」であり、この後実際に医療の現場で用いて有用性を示せなければ、承認は取り消しとなります。

FDAは迅速承認の理由として、脳内のアミロイドβが減少していることが確認されたため、臨床的に有用である可能性があるからとしています。しかし、前述のようにアミロイドβ仮説自体が大きく揺らいでいる現在、簡単には納得し難い理屈でしょう。

この決定を受けて、11名の諮問委員のうち3名が抗議の辞任を発表し、うち一人は「恐らく米国では近年最悪の医薬品承認となろう」と厳しい批判を浴びせています(Bloomberg、2021年6月11日より)。

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承認の影響

問題のひとつは、その薬価です。アデュカヌマブは抗体医薬であるためコストがかさみ、患者一人あたりの薬価が年間約5万6千ドル程度と見られます。あるアナリストによれば、その売り上げはピーク時年間100億ドルと予測されるそうです(AnswersNews、2021年6月8日より)。効くか効かないかわからない、それでいて副作用は確実にある薬に、これだけの巨額が支払われるというのは、やはり疑問と言わざるを得ません。

FDAによる承認は、当然日本にも影響します。米国同様の「仮免許」的な制度が適用されるか、薬価がどれくらいになるかなど想定しづらいことは多いですが、もし承認されれば年間数千億円が国庫から出ていくことになるでしょう。

また今後、製薬各社は同様なアミロイドβ除去薬を狙ってくるでしょう。アデュカヌマブが承認された以上、認知機能の改善が明確ではない他の新薬も、承認しないわけには行かなくなることが危惧されます。

要は、薬価ばかり高くて効き目ははっきりしない医薬が、続出する可能性が出てきてしまったのです。また、他の方向に進むべきであった認知症治療薬創出の針路が、あらぬ方向にねじ曲げられてしまいかねないと思えます。

認知症の画期的治療薬の出現を願う気持ちは、誰しも同じと思います。しかしその思いに振り回されて、医薬品行政や製薬企業がおかしな方向へ向かってしまわないか、しっかり監視する必要がありそうです。

 

<参考URL>
・アデュカヌマブ アルツハイマー病の病理に作用する初めてかつ唯一の治療薬として米国FDAより迅速承認を取得|エーザイ株式会社
・アルツハイマー新薬、米当局の承認に異論噴出(ナショナルジオグラフィック、2021年6月15日)


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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