西洋医学とは異なる理論で処方される漢方薬。患者さんから漢方薬について聞かれて、困った経験のある薬剤師さんもいるのでは? このコラムでは、薬剤師・国際中医師である中垣亜希子先生に中医学を基本から解説していただきます。基礎を学んで、漢方に強くなりましょう!
第31回 五行学説の中医学への応用 (5)五行学説の診断への応用
五行間での病気の伝わり方である「相生関係の伝変」と「相剋関係の伝変」について前回・前々回お話ししました。今回は(5)五行学説の診断への応用 について学んでいきましょう。
五行学説を診断(弁証)に:5つのグループに分類して診断
中医学では、人体はひとつの“有機的整体(ゆうきてきせいたい)”であるため、『からだの内部に病気があれば、それが形となって外部に必ず現れる』と考えます。それゆえ、中医学の古典医学書・黄帝内経には「外に現れた反応をみれば、内臓の状態を知ることができ、それによって病気も分かる」と書かれています。
有機的整体とは、「人体を構成する各部分はつながり、生理的にも病理的にも、すべてが相互に影響し合っていること」をいいます。また、中医学では「メンタル」と「フィジカル」を分けません。融合してひとつのものとして考えます。
「第28回五行学説の中医学への応用 (2)五行と人体の生理」でもお話ししましたように、中医学では、人間のからだを5つの系統(グループ)に分けてとらえます。
肝系統について言えば、“親分である「肝」がでてきたら、胆・目・筋・怒…と、つながりのある組織、器官・感情がひとまとまりとして、ファミリーのようにつらなってでてくるイメージです。
五行 | 木 | 火 | 土 | 金 | 水 |
---|---|---|---|---|---|
五臓 | 肝 | 心 | 脾 | 肺 | 腎 |
五腑 | 胆 | 小腸 | 胃 | 大腸 | 膀胱 | 五官 | 目 | 舌 | 口 | 鼻 | 耳 |
五体 | 筋 | 脈 | 肉 | 皮毛 | 骨 |
五志 | 怒 | 喜 | 思 | 悲・憂 | 恐・驚 |
たとえば、「目にトラブルがある」 → 「肝にトラブルがあるな……」と連なりで考えます。それが、肝血虚(かんけっきょ)なのか肝陰虚(かんいんきょ)なのか、はたまた肝陽上亢(かんようじょうこう)なのか肝胆湿熱(かんたんしつねつ)なのか、これだけで確定はできませんが、まず「肝」に起こる異常を疑います。
肝系統(肝のグループ)とおなじく、心系統・脾系統・肺系統・腎系統にも同じことがいえます。
舌の症状なら「心のトラブル」を、骨の病気なら「腎のトラブル」を、皮膚病なら「肺のトラブル」を、とりあえずは疑うなど、さまざまな症状・病気を五臓に沿って分類し、診断に応用していきます。
さらに、第23回の表をみると、人体だけでなく自然界も五行に沿って分類されています。「春になると症状が悪化する」なら「肝のトラブル」を疑う…など、自然界と人体のつながりも診断するときに大切なポイントです。
木 | 火 | 土 | 金 | 水 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
天 | 五季 | 春 | 夏 | 長夏※ | 秋 | 冬 |
五方 | 東 | 南 | 中央 | 西 | 北 | |
五気 | 風 | 熱 | 湿 | 燥 | 寒 | |
地 | 五穀 | 麦 | 黍(もちきび) | 稷(たかきび) | 稲 | 豆 |
五色 | 青 | 赤 | 黄 | 白 | 黒 | |
五味 | 酸 | 苦 | 甘 | 辛 | 鹹(しおからい) | |
人 | 五臓 | 肝 | 心 | 脾 | 肺 | 腎 |
五腑 | 胆 | 小腸 | 胃 | 大腸 | 膀胱 | |
五官 | 目 | 舌 | 口 | 鼻 | 耳 | |
五体 | 筋 | 脈 | 肉 | 皮毛 | 骨 | |
五華 | 爪 | 面 | 唇 | 毛 | 髪 | |
五志 | 怒 | 喜 | 思 | 憂・悲 | 恐・驚 | |
五神 | 魂 | 神 | 意 | 魄 | 志 |
例)
患者さん:女性 29歳
経血量が減った、爪が割れやすく髪がパサつく、疲れると目の下がピクピク痙攣(けいれん)する、ドライアイ
「爪」や「目」や「筋肉」は肝に属します。肝には、血液を貯蔵する働きがありますが、「肝血(かんけつ:肝に貯蔵されている血)」が少なくなると、経血量も減り、爪や髪に栄養がいきわたらないため、乾燥して弱くなります。また、筋肉や目にも栄養や潤いが不足するため、痙攣しやすくなり、目の乾燥症状もあらわれます。(詳しくは、今後「蔵象学説」でお話ししますね)
五行学説を診断(弁証)に:伝変(病気の伝わり方)を診断(弁証)
さらに、五行学説を用いた診断法は、5つのグループに分類して診断するだけではありません。第29回と第30回でお話ししたように、五行の関係をつかって伝変も説明します。
次に、いくつかの臓腑にまたがった病気について、患者さんが相談に来たときの一連の流れを、例をあげて考えてみましょう。
例)
患者さん:男性 30歳 喘息が再発。
子供のころ以降、喘息がおさまっていたが、仕事でのストレスや緊張が続き、咳や呼吸が苦しいなどの症状が再発した。
イライラして怒りっぽい、わき腹が脹って痛む、目が脹るように痛む(内側から圧がかかるように痛む)、目の充血、などの症状もある。
興奮したり緊張したりすると、発作が誘発されたり症状が悪化するが、ストレスが少ないと症状が比較的楽になる。
【患者さんが訴える症状】 …… 【中医学の専門家の分析】
- 咳・呼吸が苦しい …… 「肺」のトラブルと考える
- イライラして怒りっぽい …… 「怒」は「肝」に属す
- ストレスや緊張 …… 「肝」の気が滞っているかも、と疑う
- わき腹が脹って痛む …… 「肝」の気が滞っている症状である
- 目が脹るように痛む・目の充血 …… 「目」は「肝」に属す。肝の気が滞って熱が生じたのかも、と考える
- 興奮・緊張により咳が悪化し、それらがないと楽になる …… 「肝」と「肺」が関係している証拠
- 【中医学の専門家の弁証(診断)】
- ①ストレスにより肝の気が滞った
- ②肝気が滞り続けた結果、肝火が発生した
(肝の気は“上昇しやすい性質”がある。激しい怒りによって、肝気や肝火が上向きに激しく突き上げたことで、頭面部の症状があらわれた) - ③強い肝気の滞りが、肺の働きを抑えこんだ
したがって、肝から肺へ、相侮による抑制が起きた、と弁証(診断)する
五行をつかった診断法について、簡単にお話ししました。なんとなく、中医学の思考の道筋はイメージできましたか? 臓腑と症状の関係など、こまかい理屈については、今後「蔵象学説」でくわしくお話ししていきます。
次回更新は4月、(6)五行学説の治療への応用 についてお話しします。お楽しみに!
参考文献:
- ・戴毅(監修)、淺野周(翻訳)、印会河(主編)、張伯訥(副主編)『全訳 中医基礎理論』たにぐち書店 2000年
- ・王新華(編著)、川合重孝(訳)『基礎中医学』たにぐち書店 1990年
- ・小金井信宏『中医学ってなんだろう①人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
- ・平馬直樹、兵頭明、路京華、劉公望『中医学の基礎』東洋学術出版社 1995年
- ・関口善太『やさしい中医学入門』東洋学術出版社 1993年
- ・王財源『わかりやすい臨床中医臓腑学』医歯薬出版株式会社 1999年