西洋医学とは異なる理論で処方される漢方薬。患者さんから漢方薬について聞かれて、困った経験のある薬剤師さんもいるのでは? このコラムでは、薬剤師・国際中医師である中垣亜希子先生に中医学を基本から解説していただきます。基礎を学んで、漢方に強くなりましょう!
第15回 陰陽学説~陰陽のバランスを崩すと病気に(3)虚寒証(陽虚証)
陰陽が増えたり減ったりした場合~冷えている人について(2)~
第14回では「陰が赤線を超えて余分に多い場合=実寒証(じつかんしょう)についてお話しました。例えば、寒気から始まるカゼをひいてしまった人がこれにあたります。
今回は同じく「冷えている人(寒証)」でも“陽が不足している”パターン「虚寒証(きょかんしょう)」について学んでいきましょう。
「赤線に達していないパターン」は、「虚証(きょしょう)」
まず、第14回でも出てきた2つの言葉を思い出しておきましょう。
陰も陽も赤線に達する部分までは“身体にとって必要なもの=正気(せいき)”といい、正気が赤線に達せず不足していることを「虚証」と呼ぶことを学びましたね。
正気にも陰陽があり、陰の正気は「陰液(いんえき)」、陽の正気は「陽気(ようき)」と呼びます。通常は、単に「陰・陽」ということが多く、基礎理論が身についてくると、前後の文章でその「陰陽」が何を指し示すのかわかるようになってきます。
⑤のイラストを見てみましょう。陰は赤線に届いており正常な状態です。一方、陽は赤線に達していません。
ここから2つのことが読み解けます。
まず1つめ。
陰液(陰の正気)は赤線まであるので正常な状態ですが、陽気(陽の正気)は赤線に達せず不足しています。さて、ここで復習です。
邪気が旺盛で、正気が不足していない状態=実証(じっしょう)
正気が不足して、邪気はない状態=虚証
でした。従って、⑤は【虚証】です。
さらに、2つめ。
不足している正気は「陽気」であるため、⑤は「身体を温めるエネルギー(陽気)」が少ない状態、つまり冷えている人=【寒証】です。この人は寒がりで冷え性の傾向が大いにあります。
以上2つのことから、⑤の状態の人を、中医学では“不足(虚)”による“冷え(寒)”という意味から、
【虚証】+【寒証】=【虚寒証(きょかんしょう)】といいます。
あるいは、【陽虚証(ようきょしょう)】といい、こちらの呼び方のほうが多く使用されています。
このタイプの人は「身体が冷えて、疲れやすい」のが特徴です。具体的には、顔色が青白い、眠気、夏でも靴下や長袖を着たい、冷たい飲食が苦手、冷房の風を極端に嫌がる、などの症状を訴えます。
また、陽気が足りないため、津液(しんえき)を温めて代謝することができず、むくむ、体液や排泄物が水っぽく透明で薄くなる、などの症状も現れます。例えば、唾液・鼻水・よだれなどの体液が水のように透明でサラサラと薄い、尿が無色で量が多い、泥状便などがあげられます。陽虚証の症状は、慢性疾患の患者さんに多くみられます。
さて、五臓六腑(ごぞうろっぷ)の五臓(肝・心・脾(ひ)・肺・腎(じん))の中でも、特に「虚寒証(陽虚証)」に関係するのは、「心」「脾」「腎」です。
五臓にはそれぞれ陰陽があり、五臓の陰陽の根本は「腎」に貯蔵されています。
「腎」の陰陽は「腎陰・腎陽(じんいん・じんよう)」といい、腎陰は身体を潤す一番大本(おおもと)の潤い、腎陽は身体を温めるエネルギーの根本を担います。(五臓については今後お話しします)
臨床では「実寒証」と「虚寒証」は影響しあう
実寒証については「第14回 陰陽学説~陰陽のバランスを崩すと病気に(2)実寒証」で、そして今回は虚寒証と分けて解説してきましたが、実寒証と虚寒証は、実際には相互に影響しあう関係にあります。
虚寒証(陽虚証)タイプの人は、常日頃から体内の陽気が不足しているため、寒冷の邪気の影響を受けやすくなっています。急に気温が冷えたり、ほんのちょっとした冷房の風ですぐに体調を崩したりします。
また、実寒証が続くと虚寒証になることもあります。
冷房のきき過ぎたオフィス、氷入りの水、アイスクリームなど、寒冷の邪気(実寒)にしょっちゅう晒されている人は、本人も気づかないうちに徐々に陽気を損ない、この状態が長期間続くと虚寒証になってしまいます。
今回は虚寒証について説明してきました。実寒証と虚寒証では、それぞれ「冷え」の原因がまったく異なりますね。
次回からは熱い人(熱証)について学んでいきましょう。
ここでいう、「熱い人」とは、「ほてり・のぼせ・発熱・暑がり」などを意味します。お楽しみに!