【製薬業界、この5年間】選択と集中路線を加速‐防戦一方、我慢が続く
国内製薬業界の2013~18年は、各社が多角的な事業モデルから、重点投資先を絞り込む選択と集中路線へと方向転換した時期といえるだろう。07~12年が、大型医薬品が特許切れする“2010年問題”を克服するために、国内製薬が海外ベンチャーを買収し、国際展開に踏み出した“攻めの5年間”だとすれば、守勢に立たされた“我慢の5年間”であった。ジェネリック医薬品(GE薬)の使用促進策で数量シェア80%のカウントダウンに入り、各社は長期収載品などの非重点事業を売却。新薬への集中や国際展開を図る動きが一気に本格化し、国内事業を整理する武田薬品とアステラス製薬は、医療用医薬品の海外売上比率が70%を超えた。そして今年5月、武田がアイルランドのシャイアーを約7兆円で買収に合意したと発表。11年のスイスのナイコメッド買収から7年、売上ランクで世界トップ10の日本発グローバルファーマが誕生する。日本からグローバルの動きがますます加速する今後の5年間になりそうだ。
ビジネスモデルを再考‐武田、ウェバー氏を招聘
13年は、ノバルティスの降圧剤「バルサルタン」医師主導臨床研究が業界を揺るがせた年。最大手の武田薬品は異例の経営判断を下す。CEOを務めていた長谷川閑史氏からクリストフ・ウェバー氏をトップに据え、日本の製薬企業では初の外国人社長を起用すると発表した。営業利益率の改善、17年度までに1000億円のコスト削減を目指すプロジェクトサミットが続けられており、そこから事業の選択と集中が始まり、自前主義からの脱却や外部資源を活用したオープンイノベーション路線へとシフトした。
14年には、各社が事業規模を小さくし、コスト削減や収益化を検討するダウンサイジングが始まった。
新薬とGE薬の複眼経営を標榜していた第一三共は、印GE薬子会社「ランバクシー・ラボラトリーズ」との決別を決めた。08年にランバクシーを買収し、先進国と新興国、新薬とGE薬を補完する事業形態として大きな注目を集めたビジネスモデルだが、わずか6年で破たんした。
パオンタ・サヒーブ、デワスの印工場がデータ改ざんで米国禁輸措置を受け、13年にはモハリ、今年にトアンサがFDAの監視下に置かれるなど、米国事業で苦境に立たされた結果、GE薬世界第5位の印サン・ファーマシューティカル・インダストリーズが吸収合併し、実質的な支配権を手放すと発表。グローバル事業は新薬への集中を図り、戦略を急転換することになった。
エーザイは、自社創製した二つの大型製品であるアルツハイマー病治療薬「アリセプト」と胃潰瘍治療薬「パリエット」の特許切れに直面。欧米での研究開発拠点での閉鎖に加え、エーザイの象徴でもあった美里工場を武州製薬に譲渡し、早期退職者募集を実施。大ナタを振るった。
15年は、ダウンサイジングの動きがさらに加速していく。エーザイの構造改革はこの年で一気に進む。「癌」と「中枢」の二つの領域に経営資源を集中させ、新薬創出を目指す戦略を推進するため、非重点事業を矢継ぎ早に売却した。
まずは、パリエットという代表的な製品を持つ消化器疾患領域を切り離し、味の素との間でエーザイの消化器疾患領域事業を分割し、新統合会社「EAファーマ」を設立。1954年から続く診断薬事業も他社に売却し、積水化学に対して診断薬子会社「エーディア」の全株式を譲渡した。
さらに、三菱化学子会社の三菱化学フーズに対し、医薬・化粧品原料事業子会社「エーザイフード・ケミカル」の全株式を譲渡し、医薬品製造子会社「サンノーバ」もアルフレッサホールディングスへの譲渡を決めた。
また、その他の企業も着々と事業の仕分けを進めており、武田は英アストラゼネカに呼吸器事業、アステラス製薬はデンマークのレオ・ファーマに皮膚科領域を売却した。
16年以降、長期収載品外し‐大手新薬メーカーが決断
16年には、GE薬の国内数量シェアが60%を突破し、長期収載品がついにGE薬の攻勢から耐えきれなくなった。先発品メーカーの国内長期収載品の切り離しが業界の大きなトレンドになった。
先んじたのが武田。イスラエルのテバ・ファーマスーティカル・インダストリーズとの間で、長期収載品とGE薬に特化した国内合弁会社「武田テバファーマ」「武田テバ薬品」を立ち上げた。武田の企業ブランドや強固な流通網、テバのサプライチェーンや製造ネットワーク、世界的な販売力や事業基盤などを組み合わせた新たな枠組みだ。武田は国内売上トップの座を第一三共に譲り渡したが、新薬中心の事業モデルを創り出すことに成功した。
塩野義製薬は、日医工に対して抗癌剤3製品6品目、共和薬品工業に21品目の長期収載品を譲渡した。アステラスも続いた。国内で製造販売している長期収載品16製品に関して、日本長期収載品機構の子会社として16年に設立されたLTLファーマに売却。LTLは、長期収載品に特化した医薬品企業であり、双方の意向が一致した。17年には、田辺三菱製薬がGE薬事業と長期収載品の一部をGE薬子会社の田辺製薬販売に吸収分割で承継させ、田辺製薬販売の全株式をニプロに譲渡。事実上、GE薬市場からの撤退を決めた。
ロシュ傘下の中外製薬も、プリント配線板事業に強い太陽ホールディングス子会社「太陽ファルマ」に国内で製造販売する長期収載品13製品の製造販売承認を譲渡すると発表し、後に続いた。
18年には多角経営の第一三共も決断した。アルフレッサファーマに対し、同社と子会社「第一三共エスファ」が保有する長期収載品41製品92品目について、国内の製造販売承認を譲渡する。長期収載品の販売にかかる人的・物的資源を癌領域の新薬に集中させ、第一三共エスファはオーソライズドジェネリック(AG)を中心とした事業展開を進める。さらなる長期収載品の譲渡も検討していくとした。
構造改革を終え、新薬創出の生産性向上をどのように図っていくか、今後5年の各社の動向に注目だ。
過去例を見ない武田の7兆円買収
日本企業によるこの5年間での大型M&Aを見ると、事業の選択と集中を進める期間だったこともあり、それ以前に比べると案件が少なかったが、今年5月に世界を驚かせるM&Aが日本から飛び出した。
武田がシャイアーを約7兆円で買収――。国内製薬に限らず、日本企業では過去最高額の巨額買収となった。シャイアーとの合算売上高では約300億ドル超(約3兆4000億円)と、世界の製薬企業売上ランキングで第9位に浮上し、日本トップの製薬企業から世界大手製薬企業の仲間入りを果たした。
希少疾患薬を獲得し、重点領域のうち中枢神経系・消化器疾患の二つの領域を強化すると共に、海外売上比率は80%を超える見込みとなる。
ウェバーCEOは、5月に都内で開催した買収会見で、「戦略転換ではなく、戦略の加速だ」と強調した。EBITDAでは武田が27億ドルであるのに対し、シャイアーは65億ドル、売上全体の約4割と製薬企業の中でも収益性が高く、2社を合わせると92億ドルに拡大した。研究開発費も44億ドルに達する。
武田は、診断薬子会社「和光純薬工業」の富士フイルムへの売却を発表し、▽中枢神経系疾患▽消化器系疾患▽癌――の3領域に絞り込みを図った。さらに、自前主義から脱却して自社の研究拠点を集約し、他社とのパートナーシップを活用するオープンイノベーション戦略に転換してきた。
17年には抗癌剤のパイプラインを強化するため、米アリアド・ファーマシューティカルズを約6000億円で獲得。シャイアーの買収へとつながった。
ただ、巨額買収はウェバー氏にとって大きな賭けでもあり、約6兆円の有利子負債が重くのしかかる。シャイアー・武田の技術と人材を統合させ、開発パイプラインの充実、新薬の上市につなげていくグローバル研究開発企業に育てていけるかが重要な課題となる。
大型買収と言えば、16年に主力の抗精神病薬「エビリファイ」の米国物質特許満了を迎えた大塚製薬も、14年に約4200億円で米バイオベンチャー「アバニア・ファーマシューティカルズ」を買収した。世界で唯一の情動調節障害治療薬「ニューデクスタ」に加え、アルツハイマー型認知症(AD)に伴う行動障害適応で開発中の「AVP-876」の獲得が狙いだった。
ラツーダ後の大日本住友‐アステラスは手堅く買収
大日本住友製薬は、同社トップのブロックバスター製品でもある抗精神病薬「ラツーダ」の特許切れが19年と間近にせまり、17年に中枢神経系と癌の二つの会社を買収した。
中枢神経系領域に強いシナプサスを買収した。パーキンソン病におけるオフ症状を対象としたアポモルヒネ塩酸塩の舌下投与のフィルム製剤を開発し、米国で発売している。
そして重点投資する癌では、米ベンチャーのトレロを買収し、血液癌領域に進出。ピーク時に売上500億円を見込む急性骨髄性白血病(AML)治療薬「アルボシディブ」の獲得が目的だ。
アステラスは、大型買収はなかったものの、癌や再生医療、遺伝子治療を得意とする企業を手中に収めた。15年に約465億円で眼科領域の再生医療に強い米バイオベンチャー「オカタ・セラピューティクス」を、16年に約1000億円でファーストインクラスの抗体薬を保有する独非上場ベンチャー「ガニメド」、17年に最大約950億円でG蛋白質共役受容体(GPCR)標的薬剤の開発を得意としているベルギーの非上場企業「オゲタ」を買収した。
田辺三菱製薬は米国事業の強化を目的に、約1240億円でイスラエルの医薬品企業「ニューロダーム」を買収した。パーキンソン病の中枢神経系治療薬において新たな製剤研究や、医薬品とデバイスとを組み合わせる優れた開発技術を有し19年度上市見込みのパーキンソン病治療薬「ND0612」の開発を進めALS治療薬「ラジカヴァ」に続く神経疾患領域のパイプラインを拡充した。
眼科領域で世界のスペシャリティファーマを目指す参天製薬は14年に、米メルクが保有する眼科用医療用医薬品を約612億円で取得。5ブランド9剤を譲受し、手つかずだった西欧諸国への進出を促進させた。
小野、参天が高成長‐塩野義は高収益体質に
最も業績を成長させた企業はどこか。2012年度と17年度で製薬上位各社の業績を比較した(表)
売上で見ると、眼科領域で海外売上を拡大している参天が12年度比で89%増、抗PD-1抗体「オプジーボ」が好調の小野薬品も80%増と両社ともに2000億円企業へと成長した。
続いて中外製薬と大日本住友製薬が30%成長となった。大日本住友はブロックバスター製品のラツーダの北米売上が業績を牽引し、中外製薬は癌領域製品が順調に推移した。
アステラスは、主力の抗癌剤「エンザルタミド(一般名)」の貢献で3000億円程度上積みし29%増、塩野義製薬は海外導出分のロイヤリティ収入が拡大し、22%増となった。
武田は、ブロプレスやアクトス、タケプロンなどの過去の自社大型製品から新製品を主体とする売上構成に変化し、14%増。エーザイは苦戦が続いていたが、ようやく17年度に12年度水準超えを果たした。第一三共はランバクシー売却、主力の降圧剤「オルメサルタン」の特許切れの影響もあり、12年度売上規模よりも後退している。
本業の儲けを示す営業利益で大手勢は、第一三共が12年度比で76%と落ち込んだ。武田は収益性が低かった12年度からコスト削減に取り組み、ほぼ2倍に拡大。アステラスは39%増だが、ここにきて減益基調にある。
大日本住友は、ラツーダが19年の米国特許満了を控え、13年度比で営業利益2.5倍とピークを迎えている。過去最高益を更新する塩野義は営業利益1150億円と96%増、小野薬品が90%増、参天製薬が84%増となった。
勢い増したGE薬メーカー‐AGという新たな敵も
この5年間は、新薬メーカーよりジェネリック医薬品メーカーが主役だったかもしれない。13年に「後発医薬品のさらなる使用促進のためのロードマップ」で数量シェア60%という目標が設定されたときには40%程度だったが、70%まで到達している。2年に1度の薬価引き下げで10%以上のダウンを食らいながらも、数量増でカバーし、長期収載品の売上シェアを奪った。
専業大手3社売上では、日医工が12年度の939億円から17年度には1647億円、沢井製薬が805億円から1680億円、東和薬品が552億円から934億円と飛躍的に伸びた。
ただ、GE薬の数量シェア80%達成後は、これまでのような成長は望めず、市場が踊り場を迎えるのが確実だ。各社も準備を進めており、その対応策の一つが海外進出だ。日医工が16年度に米国でのバイオシミラー市場開拓を見据え、米国でジェネリック注射剤を扱うセージェントを買収した。
沢井製薬は昨年、約1165億円を投じ、米国GE薬経口剤メーカーのアップシャー・スミス・ラボラトリーズ(USL)の買収を発表。国内専業大手2社が海外で自販体制を構築することになった。
今後の厳しい市場環境の見通しから業界再編も進むのではという声もある。既に田辺三菱が田辺製薬販売をニプロに売却し、富士フイルム子会社の富士フイルムファーマは来年3月に解散を決めた。先発品メーカーがGE薬市場に参入していたのが、プレイヤー数が減ってきている。
その一方で、先発品からライセンスを許諾して販売する「オーソライズド・ジェネリック」(AG)というGE薬メーカーにとって新たな敵も出現している。先発品メーカーは、新薬の特許切れのタイミングで子会社などに原薬や添加剤、製造方法が同一のAGを販売させることで、他社による売上浸食を防いでいる。
出典:薬事日報
薬+読 編集部からのコメント
創刊75周年記念号の薬事日報によると、この5年間の製薬業界は“選択と集中路線へと方向転換した時期”としています。
新薬への集中や国際展開を図る動きが本格化し、武田薬品とアステラス製薬は、医療用医薬品の海外売上比率が70%超、今年5月には武田がシャイアーを約7兆円で買収に合意したと発表するなど、製薬業界の過去5年を改めて読むことができます。