薬剤師国家試験は薬剤師なら誰もが必ず通った道。毎年、試験の難易度や合格率が話題になりますが、国試は“現役薬剤師”として基本的な知識を再確認するチャンス。橋村先生の解説で、国家試験の過去問を「おさらい」しましょう!
麻疹ウイルスの感染がやや落ちついてきたと思ったら、風疹ウイルス感染者が増大し、なかでも妊婦の風疹ウイルスへの感染が懸念されています。ただ、いわゆる母子感染の原因となる病原体は風疹ウイルスだけではありません。
今回は、妊娠前後に注意しなければならない感染症などについてを、第101回薬剤師国家試験 問130から確認します。
【過去問題】
問 130(衛生)
母子感染に関する記述のうち、正しいのはどれか。2つ選べ。
- 1妊娠初期にサイトメガロウイルスに初感染すると、母子感染を起こすことがある。
- 2ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の母子感染を防ぐため、ワクチンの接種が推奨されている。
- 3B型肝炎ウイルスは、母体にワクチンを接種することにより、胎児への感染を防ぐことができる。
- 4風疹は高率で胎内感染を起こすため、その予防を目的に、妊娠前の抗体検査が推奨されている。
- 5トキソプラズマ感染による先天異常は、ワクチンにより防ぐことができる。
解説
- 1:正
健常成人であれば感染しても問題にはなりませんが、妊娠初期にサイトメガロウイルスに初感染すると、低出生体重、紫斑、肝炎、難聴、発達障害、てんかんなどの先天性サイトメガロウイルス感染症状が現れる可能性があります。 - 2:誤
現在ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に対するワクチンは開発されていません。よってワクチンによるHIVの母子感染を防ぐことはできません。 - 3:誤
妊婦がB型肝炎ウイルス陽性の場合、出生した乳児に対してB型肝炎ヒト免疫グロブリンとHBワクチンを投与します。 - 4:正
妊娠中に風疹に初感染すると、高確率で先天性風疹症候群(白内障、先天性心疾患、難聴など)の子どもが生まれてくる可能性があります。その予防を目的として、妊娠希望または妊娠予定の女性は妊娠「前」に抗体検査を行います。抗体がない場合については、風疹ワクチンを接種することが推奨されています。 - 5:誤
トキソプラズマに対する効果的なワクチンは開発されていません。ただ、2018年7月にトキソプラズマに感染した妊婦への適応を持った内服薬が発売されました。こちらは後述でご紹介します。
– 実務での活かし方 –
母子感染の定義
母子感染の簡易な定義は何らかの微生物(細菌、ウイルスなど)が母親から胎児もしくは乳幼児に感染することを言います。今回の題になっているTORCHES(英語で松明〔たいまつ〕を意味する)とは、母子感染の原因となっている代表的な微生物の頭文字を並べたものです。
- ・TO:Toxoplasma(トキソプラズマ)
- ・R:Rubella(風疹)
- ・C:Cytomegalovirus(サイトメガロウイルス)
- ・HE:Herpes(ヘルペス)
- ・S:Syphilis(梅毒)
母子感染は「感染時期」と「感染経路」によって大きく3種類に分類できる(表1)
感染経路 | 分類 | 機序 | 主な感染病原体 | ||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
HBV | HCV | HIV | HTLV-1 | パルボウイルス | トキソプラズマ | 風疹ウイルス | 梅毒 | CMV | HSV | リステリア | 淋病 | クラミジア | |||
胎内感染 | 胎盤感染 | 胎盤を介して胎児に感染 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||
胎盤で増殖して胎児に感染 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||
上行感染 | 羊膜・羊水を介して胎児に感染 | 〇 | |||||||||||||
分娩時感染 | 経産道感染 | 産道内に感染している微生物が胎児に感染 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||
産道内血中の微生物が胎児に感染 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||
Placental leakage | 子宮の収縮により胎児に感染 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||
母乳感染 | 母乳を介して胎児に感染 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
感染原因の病原体によっても、その経路が異なるということもわかります。そのなかでHBVとHCV、HIVの感染経路に関しては、主な感染経路3種類全てにその危険性が確認されていて、対策が必要です。
感染後の特徴と、それに対する予防ワクチン・妊婦健診の有無(表2)
特徴 | 予防ワクチン有無 | 妊婦健診項目 | |
---|---|---|---|
トキソプラズマ | 死産・流産・先天性トキソプラズマ症 | ||
風疹 | 先天性風疹症候群 | 〇(弱毒生) | 〇 |
サイトメガロウイルス | 死産・流産・先天性サイトメガロウイルス感染症 | ||
ヘルペス(水痘) | 妊婦発症はまれ・水痘肺炎 | 〇(弱毒生) | |
梅毒 | 死産・流産・先天性梅毒症 | 〇 | |
麻疹 | 死産・流産 | 〇(弱毒生) | |
HIV | 適切な予防対策にて感染率は下がる | 〇 | |
B型肝炎 | 妊婦がキャリアの場合、乳児への予防ワクチン接種可能 | 〇(不活化) | 〇 |
C型肝炎 | 無症状・将来的に肝がんなどの可能性 | 〇 | |
HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス-1型) | 無症状・母乳感染 | 〇 | |
性器クラミジア | 流産・早産 | 〇 | |
B群溶血性レンサ球菌 | 髄膜炎・敗血症 | 〇 | |
ヒトパルボウイルスB19 | 死産・流産・胎児水腫 | ||
リステリア | 死産・流産・早産・食品を介して感染 |
事例
トキソプラズマ症の症状
表2にもあるように、これまでは妊婦に対して母子感染を予防する観点から使用できる薬剤の剤型はワクチンという注射の剤型に限られていました。
そこへ、2018年9月に先天性トキソプラズマ症感染に対して錠剤という剤型でスピラマイシンが発売になりました。まずキソプラズマ症の症状などを確認しましょう。
原因 | トキソプラズマ原虫 | |
---|---|---|
終宿主 | 猫 | |
特徴 | ・ヒトからヒトへの感染は原則母子感染のみ ・母子感染に影響する病原体で唯一人畜共通の感染症 |
|
感染経路・予防 | ・猫の糞便、野良猫への接触はしない ・食肉は十分に加熱 ・野菜・果実の洗浄は十分行う ・生水は飲水しない ・土壌汚染 |
|
症状 | 妊婦への影響 | 流産・死産 |
胎児への影響 | ・水頭症 ・脈絡膜炎による視力障害 ・脳内石灰化 ・精神運動機能障害 |
|
出生後の影響 | ・視力障害 ・発達障害 ・てんかん |
スピラマイシンとは
スピラマイシンは、海外では抗生剤としての本来の抗菌活性の他に、抗トキソプラズマ活性を有する16員環マクロライドとして、妊婦のトキソプラズマ症に対して胎児への感染を減らし、重症度を軽減することが認められていました。2018年5月現在、世界70カ国以上で承認され、標準的治療薬として利用されています。日本では2016年12月に、希少疾病用医薬品として指定されていました。
スピラマイシンの2つの作用機序
スピラマイシンのトキソプラズマ原虫への作用機序は不明とされていますが、2つの作用機序が考慮されています。
1つ目は、タンパク質合成阻害作用で原因原虫であるトキソプラズマ原虫の細胞内に、特異的に存在するアピコプラストという4重膜構造を有する細胞小器官が存在していて、そのリボソームでタンパク質合成が行われている、という説。このリボソームにスピラマイシンが特異的に結合してタンパク質合成を阻害することにより、増殖抑制効果が得られると考えられています。
2つ目は、白血球の殺菌活性の増強作用など、リボソームを介さない二次的な機序を介して抗トキソプラズマ活性を発揮する、という可能性です。
作用機序は不明確ではありますが、有効性は海外でも証明されています。これまで個人輸入などで手配していた患者さんにとって、この製剤の発売は好ましいこと。また薬剤師にとっても妊婦への薬剤投与には日頃頭を痛めることが多いなか、勧めることのできる内服薬の登場となります。妊婦がこのような感染症に感染しないように、感染経路・感染予防の啓蒙を続けながら、このような情報もキャッチアップしていきましょう。