薬剤師国家試験は薬剤師なら誰もが必ず通った道。毎年、試験の難易度や合格率が話題になりますが、国試は“現役薬剤師”として基本的な知識を再確認するチャンス。橋村先生の解説で、国家試験の過去問を「おさらい」しましょう!
世間の注目度が高く、様々な情報が氾濫する乳がん治療について、正しい情報を知るために――。前編では、乳がん発生の7割近い要因ともいえるエストロゲンに関わる薬剤とホルモン療法の選び方について解説しました。後編では、分子標的薬や化学療法の治療薬について考えてみましょう。
前回に引き続き、第101回薬剤師国家試験 問191を利用して、乳がんの治療法を確認していきます。
【過去問題】
問 191(病態・薬物治療)
36歳女性。主婦。最近、左乳房の腫瘤に気付き、病院の乳腺外来を受診した。
身体所見:
身長 158cm。体重 50kg。血圧 128/70mmHg。左乳房の触診にて、内上方に 1cm大の硬結を触知した。生理周期 28日。
検査所見:
尿所見 正常、末梢血検査 異常なし。生化学的検査・腫瘍マーカー検査:CEA 8.0ng/mL(正常値 5.0ng/mL以下)、エストロゲン感受性(+)、プロゲステロン受容体(+)、HER2蛋白 陰性。
CEA;carcinoembryonic antigen
HER2;human epidermal growth factor receptor type 2
検査の結果、外科的手術を行い、その後、薬物治療を行うこととなった。この患者に適応となる薬物はどれか。2つ選べ。
- 1トラスツズマブ
- 2アナストロゾール
- 3タモキシフェンクエン酸塩
- 4フルベストラント
- 5ゴセレリン酢酸塩
解説
- 1 トラスツズマブ:HER2ヒト化モノクローナル抗体。適応がHER2陽性乳がん。該当患者は問題文(HER2蛋白陰性)からHER2陰性の乳がんであると分かるため、適応となりません。
- 2 アナストロゾール:アロマターゼ阻害薬。適応が閉経後乳がん。該当患者は問題文(生理周期28日)から閉経前であると分かるため、適応となりません。
- 4 フルベストラント:抗エストロゲン薬。適応が閉経後乳がん。該当患者は問題文(生理周期28日)から閉経前であると分かるため、適応となりません。
– 実務での活かし方 –
乳がんの分子標的薬と化学療法の実例
乳がんには、細胞の表面にあるHER2と呼ばれるタンパク質が過剰に発現しているタイプがあります。HER2が司令塔としてがん細胞を増殖させる働きをもち、このHER2をピンポイントに攻撃する治療法を「抗HER2療法」といいます。
病理検査でHER2が陽性であることが分かった場合に検討される治療ですが、この時に使用される薬剤が、抗HER2ヒト化モノクローナル抗体と呼ばれる種類の分子標的薬となります。分子標的薬とは、がん細胞が増殖するに関わっている特異的に見られる分子に標的を定めて、その働きを阻害する薬。これにより、効果的にがん細胞に作用します。
適応 | 投与法 | 作用機序 | 薬剤名(一般名) | 主な商品名 |
---|---|---|---|---|
HER2陽性 OPE不能 再発乳がん |
静注 | 抗HER2抗体 | トラスツズマブ | ハーセプチン |
ペルツズマブ | パージェタ | |||
トラスツズマブエムタンシン | カドサイラ | |||
経口 | ラパチニブトシル酸塩水和物 | タイケルブ | ||
OPE不能 再発乳がん |
静注 | 抗VEGF抗体 | ベバシズマブ | アバスチン |
経口 | mTOR阻害薬 | エベロリムス | アフィニトール | |
CDK4/6阻害 | パルボシクリブ | イブランス |
乳がんで用いられる分子標的薬には、既存では抗VEGFヒト化モノクローナル抗体薬やmTOR阻害薬がありましたが、2017年12月に新しい機序であるCDK4/6(サイクリン依存性キナーゼ4/サイクリン依存性キナーゼ6)阻害薬が発売されました。
通常、正常な細胞の分裂は無限に細胞が分裂続けることが行われないよう細胞周期の途中で制御がかかります。しかし、がん細胞はCDK4やCDK6といったサイクリン依存性キナーゼ(CDK:Cyclin Dependent Kinase)という酵素がこの制御を不能にし、無秩序な増殖を繰り返し正常な細胞を障害し増殖します。
このCDK4/6阻害薬は細胞の分裂が行われる細胞周期の制御などに関わるCDKを阻害(CDK4/6とサイクリンDからなる複合体の活性を阻害)することで、細胞周期の進行を停止させ、エストロゲン受容体(ER)陽性乳がんに対して抗腫瘍効果を現します。抗エストロゲン薬またはアロマターゼ阻害薬との併用による有用性などが確認されています。
乳がん治療、化学療法に関する基礎的な使用方法化学療法に使用する抗がん剤は、初期乳がん治療において、手術後の再発率、死亡率を減少させることが科学的に証明されています。
また、転移・再発乳がんにおいても、がんを縮小させ、症状を緩和し、延命をもたらすことができます。
適応 | 投与法 | 作用機序 | 薬剤名(一般名) | 主な商品名 |
---|---|---|---|---|
乳がん | 経口 静注 |
アルキル化 | シクロホスファミド | エンドキサン |
ピリミジン拮抗 | フルオロウラシル | 5-FUなど | ||
経口 坐薬 |
テガフール | フトラフール | ||
経口 | テガフール・ウラシル | ユーエフティなど | ||
テガフール・ギメラシル・オテラシル | ティーエスワンなど | |||
ドキシフルリジン | フルツロン | |||
静注 | シタラビン | キロサイド | ||
葉酸拮抗 | メトトレキサート | メソトレキセートなど | ||
微小管阻害(タキサン) | ドセタキセル | タキソテールなど | ||
パクリタキセル | タキソール、パクリタキセルなど | |||
ナブパクリタキセル | アブラキサン | |||
白金製剤 | カルボプラチン | パラプラチンなど | ||
アントラサイクリン系抗生剤 | ドキソルビシン | アドリアシンなど | ||
ピラルビシン | テラルビシンなど | |||
エピルビシン | ファルモルビシン | |||
アクラルビシン | アクラシノン | |||
抗生剤 | マイトマシンC | マイトマイシン | ||
OPE不能 再発乳がん |
経口 | ピリミジン拮抗 | カペシタビン | ゼローダなど |
静注 | ゲムシタビン | ジェムザールなど | ||
微小管阻害(ビンカアルカロイド) | ビノレルビン | ナベルビン、ロゼウスなど | ||
微小管阻害 | エリブリン | ハラヴェンなど | ||
トポイソメラーゼⅠ阻害 | イリノテカン | カンプト、トポテシンなど |
ただ、乳がんはホルモンに関与するタイプが多いため、ホルモン剤が有効なタイプにはホルモン療法を利用し、ホルモン療法が無効な場合や再発のリスクが高くホルモン剤単独では治療効果が不十分である場合に、抗がん剤治療を行います。乳がんの化学療法における抗がん剤は種類が多く、単独で治療することはほとんどありません。
医学的に確立されたレジメを使用して、作用機序の異なる薬剤を同時または順番に使って治療することで治療効果を向上させ、副作用の発現を抑制します。これらの化学療法は入院してもらい行っていましたが、現在ではその安全性が確立され、患者の利便性を考慮に入れた外来での化学療法治療も、多くの医療機関で行われています。
事例
患者さんに薬の副作用や治療の方向性を伝えよう
本来がん細胞は細胞分裂が盛んなため、抗がん剤は細胞分裂が盛んな細胞を標的に作用します。そのため、正常な細胞で細胞分裂が盛んな部位(毛髪細胞や造血細胞)は抗がん剤による作用、正常な細胞から見れば副作用の影響を受けやすくなります。
脱毛は治療後2~3週間、白血球減少は治療後1~2週間後、他にも口内炎、味覚異常、肝機能障害などが高頻度に発現します。
抗HER2療法は、脱毛や悪心・嘔吐などの副作用の発現はさほど多くはありませんが、下痢や重篤な皮膚障害の発現、間質性肺炎などの発現が特徴です。
抗がん剤では高頻度に悪心・嘔吐が発現しますが、ステロイドなどを予防的に使用することで従来のような強い吐き気に苦しむことは少なくなりました。
前編・後編を通して乳がんの薬物治療の基本を紹介しました。
医療・薬剤の進歩によって現在では非常に確立された方法の元で治療され、その治療成績も向上しています。ただ、再発であったり、OPE不能であったりした場合に、その治療方針を民間療法に頼る患者さんも多数存在することは残念ながら事実です。
患者がエビデンスレベルの低いもしくはない情報に振り回され、手の施しようがない状態にならないよう、治療効果だけでなく、副作用の発現、治療の方向性をしっかりと伝えることでより良い選択ができるように指導していきましょう。