1.災害によって薬剤師の現場はどう変わるのか?
災害時には、電気やガス、水道といったライフラインの遮断が起こりやすく、通常通りに業務ができない可能性が高まります。薬局においても、薬歴の電子化や医療器材の機械化が進んでいますが、災害時で使用できない状況を想定する必要があるでしょう。
例えば、服用歴が確認できない状態での調剤、薬袋や薬情の作成、冷所薬剤の保管をどうするかなど、非常事態下における対応法をあらかじめ検討しておく必要があります。
また、災害直後は、新規の患者さんが増えやすいものです。加えて、医薬品の供給も滞る可能性が高く、限られた薬で対応することになります。医薬品や医療資材だけでなく、スタッフが薬局に到着できない可能性もあり、さまざまな状況を想定した対処法を考えなければならないでしょう。
2.災害時の薬剤師の役割
災害時はいつも働いている職場が様変わりし、状況に合わせながら臨機応変な対応が求められ、薬局外でも薬剤師のスキルや知識が必要とされます。
活動場所ごとに薬剤師の役割は異なり、意識すべきポイントが変わります。東京都の「災害時薬剤師班活動ガイドライン」をもとに、詳しく解説しましょう。
参照:災害時薬剤師班活動ガイドラインについて|東京都保健医療局
2-1.勤務先
東京都福祉保健局が公表している「災害時の薬局業務運営の手引き」によると、診療所の医師は災害直後、できるだけ早く所定の緊急医療救護所や病院へ向かうことになっています。
参照:災害時の薬局業務運営の手引き ~薬局BCP・地域連携の指針~|東京都福祉保健局
そのため、患者さんは診療所を訪れても医師の診察を受けることができません。薬剤師も、医師同様に勤務地の最寄りの緊急医療救護所に参集し、他の薬局・医療機関・医師会・薬剤師会などと情報共有を行うよう求められています。
調剤薬局、ドラッグストアなどで働く薬剤師は、地域住民にとって身近な存在であり、緊急事態だからこそ、患者さんは薬剤師を頼りすることでしょう。
前述したように、災害直後は業務を行うための体制を整えたり、患者対応をしたりすることに追われる可能性が高まります。
混乱を和らげるためにも、まずは情報を集め、どの場所で何が行われているのかを把握し、患者さんへフィードバックすることが大切です。
その上で、自身の勤務先で業務を続けるのか、避難所などの薬剤師班として活動するのかなど、状況に応じて判断することで、災害時に求められる役割を果たせます。
2-2.医療救護所
救護所は、「緊急医療救護所」と「避難所医療救護所」の2つに分類されます。緊急医療救護所は、重症度に応じて適切かつ迅速な医療の提供が求められる現場です。主に災害拠点病院などの近くに設置されます。
一方、避難所医療救護所は地域住民に対して地域医療が回復するまで医療機能を確保する目的で設置されるものです。病院がない地域に設置する避難所医療救護所では、緊急医療救護所としての役割も担います。
薬剤師はそれぞれの医療救護所へ薬剤師班として参集され、医薬品の管理・調剤・公衆衛生管理などを行います。具体的な活動内容は以下のとおりです。
2-2-1.薬剤師がトリアージをすることも
薬剤師が緊急医療救護所などに参集した場合、医師の指示に従ってトリアージの実施やトリアージ・タッグの記載補助などを行うことがあります。
災害時医療救護活動ガイドラインのSTARTの表を参考に、歩行の可否・自発呼吸の有無・呼吸回数・橈骨動脈触知の可否をチェックします。薬剤師は災害時に備えてトリアージのポイントを押さえておくとよいでしょう。
参照:災害時医療救護活動ガイドライン第2版(第4章 様式・資料編)|東京都保健医療局
2-2-2.災害派遣医療チームDMATなどの医療チームと連携
災害時にはさまざまな医療チームが参集します。薬剤師はそうした医療チームと連携を取りながら活動を行います。
例えば、医師や看護師などで構成されている災害派遣医療チームDMAT(ディーマット)は、大規模災害や多傷病者が発生した現場におおむね48時間以内に駆け付け活動を開始する機動力の高い医療チームです。
参照:DMAT|DMAT事務局
参照:日本DMAT活動要領|DMAT事務局
その他にも、DPATやJMAT、大学病院や日本赤十字社など、さまざまな医療チームが編成され診療にあたります。
災害現場では、医師が専門外の医薬品を手書きの処方箋に記載しなければならなかったり、看護師など薬剤師以外のスタッフが調剤を行ったりすることもあるため、取り違え、書き違え、処方間違いなど、リスクが高い状態が続きます。
薬剤師は薬の専門家としてのチェック機能を果たせるよう、医療現場で指揮をとる医療チームと連携を取りながらリスクの軽減に努めます。
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2-3.避難所
避難所では、被災者の服薬状況を巡回調査し、必要に応じて服薬指導を行います。この時、被災者の体調や精神状態のフォローにも配慮しなければなりません。避難所での共同生活はプライベートな空間を持つことが難しく、先が見えない不安でストレスを抱える人が増えます。
不眠症になったり、高血圧の状態が続いたりする人が多く見られるかもしれません。避難生活が長引くほど体調面や精神面の不調を訴える人も増えやすいため、薬剤師には被災者の体調に関する相談に積極的に応じることが求められます。
また、医師の診察が必要ないと考えられる軽症患者に対して、一般用医薬品の交付を行い、症状の悪化を防ぐことも薬剤師の重要な役割です。加えて、避難所にある備蓄医薬品を定期的にチェックし、不足している場合は災害薬事センターなどへ供給を要請します。
さらに、公衆衛生活動も薬剤師の重要な役割です。ノロウイルスやインフルエンザウイルスなどの感染症対策のため、トイレやドアノブの消毒や室内の換気、手洗いやうがいの周知徹底を呼び掛けます。
夏場に大量発生するハエや蚊などの害虫対策のため、殺虫剤や簡易噴霧器を配布したり、仮設トイレやゴミ置き場などで殺虫剤の散布方法を説明したりといった公衆衛生活動も担います。
2-4.その他
通常であれば、医療資材の配達は卸売販売業者が行い、必要に応じて各医療施設に届けられます。しかし、災害時は医薬品や医療資材の流通が滞ります。
上述したガイドラインを見ると、東京都では、都が医薬品集積センターを、区市町村が災害薬事センターを設置し、医薬品などの流通を作るとされています。
地域によって異なる可能性もありますが、自治体主導で行われるケースが多いでしょう。センターごとの役割や薬剤師が担う業務は以下のようになります。
2-4-1.医薬品集積センター
医薬品集積センターは、集積した医薬品や医療資材を仕分けし、災害薬事センターへ提供する役割を担います。
災害時は被災地外の関係団体や他道府県市などから医療物資が集まります。医療物資が種類ごとに分類されていれば、仕分け作業も迅速に行えますが、1つの箱に多種類の医療物資が入っているとその作業も煩雑になるでしょう。
そこで、災害現場で薬剤師が活動に集中できるよう、各地から集まった医療物資は最初に医療集積センターに集められ、そこで仕分け作業を行うことになっています。
医薬品集積センターに配属された薬剤師は、医薬品を薬品名や薬効ごとに分類するなどの作業を担当することで、救護所や避難所で活動する薬剤師をサポートできます。
2-4-2.災害薬事センター
災害薬事センターは、医療救護所や避難所などへ医薬品などを供給するための拠点となります。
参集した薬剤師班は、必要な医薬品や医療資材の有無を確認し、不足しているものがあれば搬入の要請を行い、必要な資材の確保をするといった業務を担当します。
主な活動は、医薬品の仕分けや保管、避難所などへの払い出しに加え、区市町村が協定を締結している医薬品卸売販売業者との調整や医薬品などの発注です。さらに、医薬品集積センターとの調整や支援物資の供給要請なども行います。
2-4-3.災害薬事コーディネーターとして活動することも
災害時に災害薬事センターを取りまとめる役割を担うのが「災害薬事コーディネーター」です。災害薬事センターは、薬事に関する「人」と「モノ」を調整します。
医療救護所や避難所などで必要となる薬剤師の配置調整や、医薬品や医療資材などの需給状況を把握し、卸売販売業者への発注や在庫管理などを行います。
災害薬事センターのセンター長である災害薬事コーディネーターは、薬剤師会から選任されるもので、認定薬剤師のような資格試験はありません。
災害薬事コーディネーターは、センターで得た情報を区市町村災害医療コーディネーター(医師)へ情報提供するといった役割もあり、各地域の医療救護活動が円滑に行われるよう、医薬品に関する情報提供や薬剤師班の活動調整を行います。
3.災害時に役に立つ資格「災害医療支援薬剤師」とは
前述した通り、災害時における薬剤師が求められる役割は活動現場によってさまざまです。しかし、普段から災害時に必要な対応やスキルを意識している薬剤師は少ないかもしれません。
災害の渦中にいるときに医療人として迅速に対応できるよう、災害時に起こり得るあらゆる場面を想定し、普段から対応策を考えておくことが大切です。
そこで、日本災害医療薬剤師学会は、災害時に活動できる薬剤師を育成するため、災害医療支援薬剤師登録制度を開始しました。「災害医療支援薬剤師」は、日本災害医療薬剤師学会が開催する研修会や、自己学習を含む64コマのカリキュラムを履修することで取得できる資格です。
応募資格は薬剤師免許を取得している人(学生は不可)。学会の会員でなくても受講は可能ですが、登録は会員のみとなっています。
また、非会員時に取得した単位は登録時にカウントされないため、登録を目指す場合は入会してから受講するとよいでしょう。災害医療支援薬剤師の有効期間は登録してから2年間です。有効期間内に研修会や学術大会に参加するといった活動で更新できます。
4.災害時の薬剤師の役割は活動現場によって大きく変わる
災害時における薬剤師の役割は活動現場によって大きく変わります。自身の職場で薬剤師としての務めを果たすのか、医療救護所や避難所などで薬剤師班として活動するのかによっても求められる役割は異なるでしょう。
また、災害時は多種多様な職種の人と密に連携を取ることが求められるため、コミュニケーションスキルも欠かせません。どの活動場所でも薬剤師としての職能を最大限生かせるように知識やスキルを積み重ね、いざというときのための準備を進めておきましょう。
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薬剤師ライター。2児の母。大学卒業後、調剤薬局→病院→調剤薬局と3度の転職を経験。循環器内科・小児科・内科・糖尿病科など幅広い診療科の経験を積む。2人目を出産後、仕事と子育ての両立が難しくなったことがきっかけで、Webライターとして活動開始。転職・ビジネス・栄養・美容など幅広いジャンルの記事を執筆。趣味は家庭菜園、裁縫、BBQ、キャンプ。