薬剤師のためのお役立ちコラム 公開日:2024.05.16 薬剤師のためのお役立ちコラム

AI創薬とは?具体的な事例や現状の課題を解説

文:篠原奨規(薬剤師ライター)

近年、さまざまな業界で人工知能(AI)が活用される例が増えています。創薬においてもAIの活用が始まっており、2023年にはAIが設計した候補化合物について、人を対象に臨床試験を行う事例も見られました。今後、近い将来にAIが設計した化合物が医薬品として普及する可能性も考えられます。薬剤師として、AI創薬に関する知識を深めておく必要があるでしょう。本記事では、AI創薬のメリットや現状について解説します。また、大手製薬企業やベンチャー企業、大学などでAI創薬が活用されている事例を具体的に紹介します。

1.AI創薬とは?

AI創薬とは、人工知能(AI)技術を活用して、新しい医薬品を創製することを指します。そもそも創薬とは、医薬品となる新規化合物の探索・設計から、販売に至る一連のプロセス全体を指すものです。医薬品として販売されるまでには、基礎研究やターゲット選定、創薬標的検証、化合物探索・最適化、前臨床開発、臨床試験などさまざまな工程があります。近年、こうした創薬の各工程において、AIの活用が注目されています。

2.AI創薬が注目される理由

ではなぜ、創薬でのAI活用が進んでいるのでしょうか。もともと、創薬には、新薬開発の成功率の低下、研究開発費の増加という課題がありました。この課題解決に活用されたのがAIの技術です。AI創薬が注目される理由について代表的なものを紹介します。

 

2-1.新薬開発の成功率を高めるため

厚生労働省が公表している資料「医薬品開発におけるAIの活用について」では、新薬開発の成功率が低下傾向にあることが報告されています。2000年~2004年の期間では約13,000分の1であった成功率が、2015~2019年は約23,000分の1と大きく低下し、新薬開発のハードルがますます高くなっていることがわかります。
 
その背景には、新薬開発の対象が原因未解明である疾患にシフトしていることや、創薬ターゲット探索が動物実験頼りになっていることなどが挙げられます。こうした課題を解決するために、大量の医療データを学習させたAIを取り入れ、成功率の高い開発につなげることが期待されています。

 

2-2.研究開発にかかるコスト削減のため

上述した資料では、新薬開発にかかる研究開発費が年々増加していることも報告されています。日本の企業に限らずアメリカの企業においても、製薬企業のコスト増が問題となっており、研究開発費の増加は世界的な課題ともいえるでしょう。AIを導入し医薬品開発を自動化・効率化することで、研究開発費の削減効果が期待されています。

3.AI創薬のメリット

医薬品開発においてAIを導入する具体的なメリットとしては、以下のようなことが挙げられます。

 

3-1.新しい作用機序を有する医薬品の開発促進

近年、原因が解明されていない疾患を対象とした新薬開発が中心となっており、「創薬ターゲットの枯渇」が問題視されています。そこで臨床情報や論文などのデータを機械学習したAIを活用して解析を行うことで、これまでにはなかった創薬ターゲットの探索が進められるようになりました。
 
新たな創薬ターゲットを発見できれば、新しい作用機序を有する医薬品の開発につながり、これまで治療法のなかった患者さんの治療を行える可能性が高まります。
 
参照:人工知能AIによる肺線維症の解明|大阪大学大学院医学系研究科

 

3-2.適切な候補化合物設計による開発成功率の向上

厚生労働省の資料「創薬における人工知能応用」によると、創薬AIによって開発成功率は25,000分の1から2,500分の1に向上すると予想されています。医療に関するビッグデータを機械学習させた創薬AIを活用すれば、疾患の原因となるタンパク質や遺伝子に対して最適な候補化合物を設計できます。
 
膨大な相互作用情報を生かして、より正確に疾患の原因物質をターゲティングできるようになるため、開発成功率の向上につながると期待されています。

 

3-3.開発期間の短縮と開発費の削減への貢献

創薬AIによって適切に候補化合物を設計できるようになれば、開発の失敗が少なくなるでしょう。結果として、開発期間の短縮や開発費の削減にも貢献します。基礎研究の分野だけでなく、臨床試験や承認申請といった業務においても、AIを導入することで自動化・効率化が進み、コスト削減につながります。
 
厚生労働省の資料「創薬における人工知能応用」によると、創薬AI導入による経済効果として、1品目あたりの開発期間が4年短縮され、業界全体で年間1.2兆円の開発費削減効果があると見積もられています。

4.AI創薬の現状

日本では、科学技術の向上やイノベーションを実現するためにAI創薬が積極的に推進されつつあります。2023年度の厚生労働省予算案における重点項目として「AIによるゲノムデータ等の解析を用いた創薬プラットフォームの構築」が挙げられており、国を挙げてAI創薬の基盤整備を行っています。
 
また、ロシュ社やファイザー社をはじめとする世界有数の製薬企業がAI/IT企業との協業に乗り出しており、AI創薬は世界的にも注目を浴びているといえるでしょう。
 
参照:創薬DX ~新薬開発のデジタル化~|国立研究開発法人科学技術振興機構 研究開発戦略センター

5.AI創薬の事例

大手製薬企業やベンチャー企業、大学などが実際にAI創薬を取り入れた事例を紹介します。

 

5-1.大手製薬企業「中外製薬」のAI創薬への取り組み

国内大手の製薬企業である中外製薬株式会社は、デジタル技術によるビジネスの変革を目指し、「CHUGAI DIGITAL VISION 2030」を掲げています。本ビジョンの中で示されている3つの基本戦略のひとつに「デジタルを活用した革新的な新薬創出」があり、AI技術活用の推進を行っています。
 
2018年には、最先端の深層学習技術を新薬創出や各バリューチェーンへの応用を進めるため、AI技術の世界的リーディングカンパニーPreferred Networks社とパートナーシップ契約を締結しました。
 
そのほか、機械学習プラットフォームである「DataRobot」を研究や生産、営業に活用し業務効率化を図ったり、論文探索AIシステム「Amanogawa」を導入したりと革新的な新薬創出に向けて積極的にAIを取り入れています。
 
参照:AIを活用した新薬創出|中外製薬

 

5-2.イギリスのベンチャー企業「Exscientia」によるAI創薬を活用して創製された候補化合物の世界初の臨床試験開始

AI創薬を行うイギリスのベンチャー企業Exscientia社は、2020年に製薬会社の大日本住友製薬(現:住友ファーマ株式会社)との共同研究により、創製した候補化合物DSP-1181の臨床試験を開始しました。
 
本剤はAI創薬を活用して創製された候補化合物として、世界で初めて臨床試験に進んだ薬剤です。業界平均では4年半を要する探索研究に対して、AI創薬によって12ヵ月未満で化合物の探索を完了させることができました。
 
参照:大日本住友製薬とExscientia Ltd.の共同研究 人工知能(AI)を活用して創製された新薬候補化合物のフェーズ1試験を開始|住友ファーマ株式会社

 

5-3.名古屋大学と製薬企業の共同研究による新たな胃酸抑制剤の開発

名古屋大学は、株式会社理論創薬研究所、株式会社インテージヘルスケア、大型放射光施設Spring-8との共同研究によって、胃プロトンポンプに作用する新たな胃酸抑制剤の候補化合物の創製に成功しました。
 
本研究では、AI創薬プラットフォームである「Deep Quartet」を活用して、新たな化学骨格を持つ候補化合物をデザインし、人の判断で化合物の結合状態の解析、改良を行っています。その結果、既存薬よりもプロトンポンプ阻害活性の高い候補化合物が創製されました。
 
参照:人工知能で胃酸抑制剤の候補をデザイン ~AI×化学×電子顕微鏡で創薬に新たなフロー~|名古屋大学研究成果発信サイト

 

5-4.アメリカのベンチャー企業「Insilico Medicine」が開発した候補化合物の第2相臨床試験開始

2023年6月には、ニューヨークと香港を拠点とするAI創薬ベンチャー企業Insilico Medicine社が、AIを活用して創製した治療薬の第2相臨床試験を開始したことを発表しています。AIによってデザインされた治療薬で、人を対象に臨床試験を行うことが世界初であったことから注目を集めました。
 
同社は膨大な医療データをAIで解析し、肺の難病である特発性肺線維症(IPF)の発症や進行に関与するタンパク質等を発見し、その働きを抑える候補化合物を創製。IPFは原因不明の病気であり治療法が確立されていないこともあり、本剤が治療薬として承認されれば、多くの患者さんを救えるようになるかもしれません。
 
参照:AIが設計した新薬、ヒトで試験 米国と中国で開始|日本経済新聞

6.AI創薬の課題や問題点

新たな医薬品開発、創薬の効率化が期待されるAI創薬ですが、現状ではいくつかの課題もあります。AI創薬の抱える現状の課題について解説します。

 

6-1.創薬ターゲットの探索において専門家の作業を必要としており自動化できていない

AIの活用により大量の医療データを解析できるようになり、創薬ターゲットの探索が効率化できるようになりました。しかし、AIが提供する出力結果に対して、専門家がさまざまな知見と照らし合わせながら、ターゲット候補の絞り込みを必要とする場合がほとんどであり、結局、人の手を借りる必要がある状況です。こうした作業も含めて自動化が成功すれば、さらなる効率化が見込めますが、現時点では難しいでしょう。
 
AI創薬による完全自動化を実現するためには、現在知られているさまざまな知見をさらにデータベース化し、AIが統合的な判断や推論を行えるようにする必要があります。

 

6-2.候補化合物によっては活性や薬物動態に関するデータが乏しく、機械学習の適用が難しい

AI創薬では立体構造や化学構造をもとに、候補化合物に対して薬理活性や薬物動態パラメータを結びつけることができます。しかし、中分子やペプチド、核酸などの特徴を持つ候補化合物については、十分にデータが蓄積されておらず、機械学習の適用が難しいとされています。
 
AIの活用は、あくまで既存のデータを土台として統合的な判断を行うものであり、データがなければ分析の精度が下がってしまいます。AI活用を進めるためには、データの少ない物質について、今後、薬理活性や薬物動態などの各種パラメータを網羅的に取得できるように実験していくことが重要だと考えられています。

 

6-3.積極的なデータ利活用が行われていない

患者さん由来の医療データや製薬企業が保有している化合物情報などは多くあったとしても、実際にデータの活用や情報共有が積極的に行われていないことも、AI創薬のハードルを上げている課題のひとつです。
 
個人情報保護法では、個人が特定できないように匿名加工をすることで第三者へ情報提供できるとされています。しかし、匿名加工することで医療データとして不十分になるといった課題もあります。
 
また、製薬企業に蓄積されている創薬に関する情報をオープンデータとして社外へ提供する慣習がないこともあり、どのように企業文化を醸成していくかが課題となっています。
 
参照:研究開発の俯瞰報告書 ライフサイエンス・臨床医学分野(2023年)2.1.3 AI創薬|科学技術振興機構

7.薬剤師としてAI創薬の動向に注目しよう

AI創薬は、人工知能(AI)を活用して新薬を創製することを指します。創薬の課題である新薬開発の成功率低下と研究開発費の増加を解消に向けて、日本では国を挙げてAI創薬の推進が行われています。また、世界有数の製薬企業もAI/IT企業との協業を進めており、AI創薬は世界的にも注目されているといえるでしょう。
 
新薬開発の成功率向上や研究開発費の削減といったメリットがある一方で、候補化合物によってはデータが不十分であったり、データや情報の利活用が積極的に行われていなかったりと課題もあるのが現状です。薬剤師として、医薬品開発において欠かせない存在となりつつあるAI創薬の今後の動向に注目しておきたいものです。


執筆/篠原奨規

2児の父。調剤併設型ドラッグストアで勤務する現役薬剤師。薬剤師歴8年目。面薬局での勤務が長く、幅広い診療科の経験を積む。新入社員のOJT、若手社員への研修、社内薬剤師向けの勉強会にも携わる。音楽鑑賞が趣味で、月1でライブハウスに足を運ぶ。

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