ファッションショー、カフェ、ヨガ……薬局が中心となりイベント開催
ファッションショー、ピザ作り、カフェ……驚くことに、これらはすべてある薬局が企画をしたイベントです。その薬局の名は、「まごころ薬局」。兵庫県尼崎市にあるアットホームな薬局に勤務する福田惇さんは、「薬局を地域の人々が気軽に訪れる場所にできないか」と、コミュニティスペース「まごころ茶屋」を作るアイディアを思いつきました。
「まごころ茶屋」の記念すべきオープンの日、華々しいオープニングを飾ったのが先述のファッションショー。公民館を借りて行ったというショーは、地域に暮らす小さなお子さんはもちろん、高齢者から障害をもつ方まで「誰もが主役になれる」ファッションショーでした。福田さんは当日の楽しさを思い出すように笑顔を浮かべてこう振り返ります。
「僕が在宅介護を請け負っているお客さんの中に、ある高齢のご夫婦がいました。お宅に通い始めた当初はすごく弱っていたのですが、薬の服用を管理してあげることで徐々に容態が回復していきました。『ファッションショーに出るのはまだ難しいかな』とも思ったのですが、患者さんやご家族に思い切って声をかけてみたら出場をOKしてくれたんです。二人とも映画の『007』が大好きというので、ジェームズ・ボンドとボンドガールになってもらいました。おばあちゃんはきれいなドレスを着ておもちゃのマシンガンを抱え、おじいちゃんが押す車椅子に乗って登場したんです!(左下画像) とても盛り上がりました」(福田さん)
地域住民を巻き込んだ薬局づくり
コミュニティスペース「まごころ茶屋」のアイディアは、福田さんのある思いつきから始まりました。まごころ薬局を地域の人々が気軽に足を運べる場所にできないか——そんな考えから、コミュニティスペースの構想を地域住民と一緒に考え始めました。その名も、「行きたくなる薬局をつくるオープン会議」。
「薬局の隣にある空きスペースを借りてコミュニティスペース(地域の集いの場)を作ることにしたんです。そこをどんな場所にしたらいいか、どんなイベントを開催すればみんなに集まってもらえるか。地域のみなさんに月1回集まってもらい、いろんなアイディアをいただきました」(福田さん)
会議に集まってくれたのは、医師や歯科医師、介護関係の職員、主婦と子供、大学生、個人商店の店主、保険屋さんなどの多彩なメンバー。彼らが思いつくイベントのアイディアの数々は、一見「どうやって実現するの!?」と驚くようなものも含まれますが(下のチャート参照)、それだけ会議が楽しく盛況だったことが想像できます。そして福田さんたちは、不可能にも思えるこれらのイベントを次々と実現していきました。
地域の人々の「手」でつくられた空間
自分たちが「実現したい!」と思った企画ゆえに、熱も入るのでしょう。「まごころ茶屋」の床板を張ったり、壁を塗ったりする、内装を実質的に「作る」作業に手を貸してくれたのもオープン会議の参加メンバーたちでした。
作業を通して福田さんたち薬剤師と地域の人々の距離はどんどん縮まっていき、人の温かさがつまった「まごころ茶屋」が完成しました。
大成功の裏には葛藤の連続
「まごころ茶屋」のオープン後、約3カ月で20ものイベントを開催したというまごころ薬局。この記事を読んでいる薬剤師の方は、自分の薬局とは違う「特別」な薬局だと感じたかもしれません。しかし、まごころ薬局も数年前までは目立った特色のない薬局だった、と福田さんは振り返ります。
「2013年にまごころ薬局をオープンしましたが、正直なところ、自信をもって『うちはほかの薬局とは違います』と言えませんでした」(福田さん)
そんな福田さんに転機が訪れたのは、「第1回みんなで選ぶ薬局アワード」にスタッフとして参加した時。厚川薬局(埼玉県川口市)の厚川俊明さんによる「地域とともに薬局づくり~広がる輪(和)繋がるコミュニティ~」のプレゼンを聞き、衝撃を受けたといいます。
「自分も厚川先生のように街づくりをしてみたい! と思ったんです」(福田さん)
しかし、コミュニティスペースの企画を始めてからも、すぐに軌道にのったわけではありません。「行きたくなる薬局を作るオープン会議」の参加者がなかなか集まらない、という課題にぶつかります。福田さんは、会議への参加者を集めるため、まずは地域の人々が集まる場所に片っ端から参加し、仲良くなるところから始めたのだといいます。夏祭りやゴミ拾いなどのイベントをはじめ、ゲートボール大会や主婦の集まりなど、さまざまな場所に顔を出していたのだそうです。
「薬局アワードで知り合った病院薬剤師さんに僕がやりたいことをぶちまけたところ、『それなら尼崎にコミュニティづくりのプロがいるよ』とその日のうちに紹介してもらえました。コミュニティの核になる人材はそれで確保できましたが、昔から尼崎に根付いた住人に集まってもらえたのは、地域行事などにこまめに足を運んだからだと思います」(福田さん)
心身ともに健康になれる場を提供
現在、まごころ茶屋は平日10時から13時までフリースペースとして解放しており、週1回はマッサージや占い、写真展などのイベントを開催しています。
「薬局にきてくれるお客さんには、服薬指導をしながら健康状態のほかに家族構成、特技、やりたいことなど何でも話してもらいます。そういった会話をきっかけにコミュニティに参加してもらい、心身ともに健康になってもらうことが、僕らの一番の願いです」(福田さん)
薬局は服薬指導だけをする場ではない——それを自身の薬局作りをもって体現してくれる福田さんは、健康の秘訣を、「自分が楽しみ、人を楽しませること」といいます。
「僕は周りの人に『自分が楽しんだり、人に何かをしてあげたりすれば、絶対健康になれます』という話をしてばかりいます。すると1人のおばあちゃんが『私も何か薬局の役に立つことをしたい』と、週に1回、ボランティアでまごころ茶屋の掃除をしてくれることになったんです。そんな風に手を挙げてくれたことがうれしくて、みなさんを巻き込みながらこういう取り組みを続けてきて、本当によかったと思いました」(福田さん)
熱い想いを抱いて疾走する福田さんと、そんな福田さんに思わず手を差し伸べたくなり集まる地域の人々。人を引き寄せる楽しそうな熱量と温かさが、まごころ薬局という「コミュニティ」にあふれています。
撮影:政川慎治 取材・文:市原淳子
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