西洋医学とは異なる理論で処方される漢方薬。患者さんから漢方薬について聞かれて、困った経験のある薬剤師さんもいるのでは? このコラムでは、薬剤師・国際中医師である中垣亜希子先生に中医学を基本から解説していただきます。基礎を学んで、漢方に強くなりましょう!
第28回 五行学説の中医学への応用 (2)五行と人体の生理
前回は、五行学説の中医学への応用のうち、「五行と五臓の関係」についてお話ししました。中医学では、五行の特性に基づいて、人体の臓腑や経絡などの組織・器官を分類・分析します。
今回は、「五行を人体の生理に応用すること」について学んでいきましょう。
五行を用いて、五臓間における相互の生理作用を説明
中医学では、人間の心や体の仕組み(生理)、病気の進行の仕方(病理)、診断法、治療法などを、五行学説を用いて説明します。
五臓はそれぞれがバラバラに単独で機能しているのではなく、互いに連携しあって調和を保っています。中医学では、五臓を五行に分類して五臓の機能や性質を分析するだけでなく、五行の相生・相剋の理論によって、臓腑間の相互の生理作用を説明します。(→第24回 木火土金水の正しい関係(相生と相剋))
さらに、古代中国の人々は、五臓のほか、腑・感覚器官・その他の体の部位・感情なども、五行に当てはめて分類しました。中医学では、人体のしくみは大まかに5つのグループからできている、と考えます。
五行 | 木 | 火 | 土 | 金 | 水 |
---|---|---|---|---|---|
五臓 | 肝 | 心 | 脾 | 肺 | 腎 |
五腑 | 胆 | 小腸 | 胃 | 大腸 | 膀胱 | 五官 | 目 | 舌 | 口 | 鼻 | 耳 |
五体 | 筋 | 脈 | 肉 | 皮毛 | 骨 |
五志 | 怒 | 喜 | 思 | 悲・憂 | 恐・驚 |
それぞれのグループのリーダー格は「臓」です。
五臓と五腑・五官・五体・五志はつながりが深く、お互いに連絡をとりあって統一体をなしています。例えば、「五体」は「筋←肝」「脈←心」のように“五臓が栄養を補充する部位”なので、五体の異常から五臓のトラブルに気づくことができます。
縦のラインのグループは、「肝系統」「心系統」~などと呼ばれます。
表の中の単語が表す意味はいまいち理解できないかもしれませんが、とりあえずは、中医学において、これはとても重要な視点であることを覚えておいてください。それぞれの細かい内容については、今後お話ししていきます。
五臓の「健康な状態」とは……
五行学説では、「相生」と「相剋」のバランスがとれていれば、世界は調和しうまくまわっていくと考えました。「人間は自然界の一部である」と考える中医学では、自然界のシステムである五行学説が、そのまま人体のシステムに当てはまります。復習になりますが、これを「整体観」、「天人合一」などといい、すべてをまるごと、一つのまとまりとして見ることを表しましたね。
したがって、人間の体も、五行の「相生」と「相剋」のバランスがとれていれば、心身ともに健康体でいられる、と考えます。中医学の治療では常に、乱れたバランスを整え、バランスがとれた状態を目指します。
①人体における「相生関係」
五行の相生関係を、人体の五臓にあてはめて考えると以下のようになります。
五行の相生 | 五臓の相生 |
---|---|
「木生火」 … 木が火を生む | 「肝生心」 … 肝が心を生む |
「火生土」 … 火が土を生む | 「心生脾」 … 心が脾を生む |
「土生金」 … 土が金を生む | 「脾生肺」 … 脾が肺を生む |
「金生水」 … 金が水を生む | 「肺生腎」 … 肺が腎を生む |
「水生木」 … 水が木を生む | 「腎生肝」 … 腎が肝を生む |
例えば、「肝生心」とは、肝が血液を貯蔵することで、心が血液を循環させることができる、と解釈することもできます。また、「心生脾」とは、心の陽気(身体を温めるエネルギーである火)によって脾(消化器系)は温められて正常に機能する、と説明することもできます。
②人体における「相剋関係」
五行の相剋関係を、人体の五臓にあてはめて考えると以下のようになります。
五行の相剋 | 五臓の相剋 |
---|---|
「木剋土」 … 木は土を抑える | 「肝剋脾」 … 肝は脾を抑える |
「火剋金」 … 火は金を抑える | 「心剋肺」 … 心は肺を抑える |
「土剋水」 … 土は水を抑える | 「脾剋腎」 … 脾は腎を抑える |
「金剋木」 … 金は木を抑える | 「肺剋肝」 … 肺は肝を抑える |
「水剋火」 … 水は火を抑える | 「腎剋心」 … 腎は心を抑える |
例えば、「腎剋心」とは、「心の陽気(火)」は「腎の陰(水)」により制御されオーバーヒートしないように保たれている、と解釈することができます。
相生・相剋ともに具体的な順番や内容にこだわり過ぎるのではなく、五臓それぞれのグループ同士が、互いに生みあう関係・互いに抑えあう関係の中でバランスのとれた健康な状態を維持しているという視点が大切です。
【健康な状態—人体の生理機能と五行学説との関係のまとめ】
①五臓を五行で分類。さらに、五官・五体・五志などの人体の各部位・機能を五臓と結びつけ、それぞれを一つの系統とし、人体を5つの系統(グループ)に分類した。(人間の内部の整体観を具体化)
②五行の相生・相剋の理論に基づいて、肝・心・脾・肺・腎の5系統が相互連携・相互支配し合う。(人間の内部の整体観をさらに具体化)
③人体と外界の環境は繋がりがあり、統一された関係である。(人間と外界の整体観)※第23回参照
このように五行学説では、相生・相剋は自然界における自然な現象であり、人間の身体においても同じく自然な生理現象だと捉えます。相生・相剋のバランスがとれていれば、自然界の生態系が維持され、身体の生理的バランスも保たれます。
次回は、「病気の状態(相乗・相剋)」についてお話しします。お楽しみに!
参考文献:
- ・戴毅(監修)、淺野周(翻訳)、印会河(主編)、張伯訥(副主編)『全訳 中医基礎理論』たにぐち書店 2000年
- ・王新華(編著)、川合重孝(訳)『基礎中医学』たにぐち書店 1990年
- ・小金井信宏(著)『中医学ってなんだろう①人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
- ・平馬直樹、兵頭明、路京華、劉公望(監訳)『中医学の基礎』東洋学術出版社 1995年
- ・平馬直樹(監修)、浅川要(監修)、辰巳洋(監修)『オールカラー版 基本としくみがよくわかる東洋医学の教科書』ナツメ社 2014年