西洋医学とは異なる理論で処方される漢方薬。患者さんから漢方薬について聞かれて、困った経験のある薬剤師さんもいるのでは? このコラムでは、薬剤師・国際中医師である中垣亜希子先生に中医学を基本から解説していただきます。基礎を学んで、漢方に強くなりましょう!
第32回 五行学説の中医学への応用(6)五行学説の治療への応用
前回は、五行を用いた診断法についてお話しました。少し連載の間が空いてしまいましたので、今回は復習を入れ増量した解説で(6)五行学説の治療への応用について学んでいきましょう。
文末の新コーナー、「読んでなるほど 中医学豆知識」もお楽しみください。
五行学説を治療に使う:
第29回~31回で、病気の伝わり方は、まず初めにある一つの臓が発病し、そこから、その他のまわりの臓に波及することが多いと学びました。そのため中医学では、発病した臓のみを治療するのではなく、五行の生剋乗侮法則に基づいて、必ず五臓同士の相互関係を調整しようとします。臓腑同士の相互関係や間接的な影響にいつも気を配るようにしていると、おのずと全体を見る習慣がつきます。この全体をみて整えようとする視点が、中医学の大きな特徴であり、中医学においてとても大切な視点です。
病気の伝わり方・診断に相生・相剋関係を用いたように、治療にも相生・相剋関係を用います。
(1)相生関係を治療に使う
復習になりますが、病気が相生関係に沿って伝わるとき、「母→子」と「子→母」の2つの伝わり方がありました。どちらも母と子の両方を治療していきますが、より具体的な治療原則は、「虚証(きょしょう)」なのか「実証(じっしょう)」なのかによって異なります。
相生関係を使った治療原則
①虚証を治療するときは、母に当たるものを補う(母子関係の虚証)
②実証を治療するときは、子に当たるものを瀉す(母子関係の実証)
「虚則補其母、実則瀉其子(虚していれば、母に当たるものを補う。実していれば、子に当たるものを瀉す)」
『難経・六十九難』
虚証に対する治療法は補法、実証に対する治療法は瀉法、と以前お話ししました。
「瀉す」とは、「外に出す、捨てる」といったイメージ、「補う」とは、「助ける、強める」といったイメージです。
瀉法は、亢進した機能を抑制したり、余分なものを排除したりする治療法です。逆に、補法は、不足を補って助ける治療法をいいます。
中医学では、いつでも病気を虚証と実証に分けて考えます。虚証と実証はとても大切な概念ですので、復習をかねて簡単に説明します。
虚証とは、正気(せいき)といって、身体にとって必要な「気血陰陽(きけついんよう)」のうちどれかが不足している状態、つまり、弱っている状態です。生命現象としてなんらかの“弱さ”がみられます。疲れやすいなどの症状が特徴です。例えば、胃腸虚弱・肉体的にも精神的にもエネルギー不足・食欲がない…などは、脾=消化器系のパワー(=気)が不足(=虚)しているため、虚証にあたります。
実証とは、身体にとって余分な何か、邪魔モノが体内に停滞している状態です。冷えや暑さ、湿気などの外界から侵入した邪気のこともあるし、体内でうまれた代謝産物のこともあります。実証は余分なものが体内に停滞していることをいい、戦う力(=正気)は不足していません。例えば、ストレスでイライラして、“肝の気の巡りが悪くなり、滞った状態”は、「気の滞り」=「余分なものが停滞」があるため、実証にあたります。
邪気がありながら、邪気を追い出す力(=正気)が充分にないときは、実証と虚証が混ざっていると考えます。
例を挙げてイメージしてみましょう!
例1)虚証を治療するときは、母に当たるものを補う ~肝腎陰虚証(かんじんいんきょしょう)のケース~
最近とても多いケースなのですが、パソコンやスマホなどで夜遅くまで目を使いすぎている人の中には、疲れ目・ドライアイ・視力減退・かすみ目などの目の症状のほか、年齢が若くても、腰痛もち・夜間尿などの排尿障害・口や喉の乾き・ほてり・寝汗・耳鳴りや難聴・白髪・女性は経血量が少ない…などの、まるで老化のような症状があらわれることがあります。
目の症状は「肝」に属し、足腰・泌尿生殖器系・耳・髪・歯などの症状は「腎」に属すため、この場合、「腎が母」「肝が子」の母子関係の虚証を考えます。
中医学では、「肝腎同源(かんじんどうげん)」「精血同源(せいけつどうげん)」などといって、肝と腎は互いに支え合って存在する特別な関係にある、と考えます。(今後詳しくお話しします)
それゆえ、肝の弱りは腎に伝わり、反対に腎の弱りは肝に伝わりやすいのです。
また、腎陰(じんいん)は全身の陰の元である、と以前お話ししました。腎陰は、もちろん、肝陰(かんいん)を支えています。
こういったケースでは、肝だけを補うのではなく、母である腎を補うことで、子である肝はより整いやすくなります。
このような治療法を、「滋水涵木法」といいます。「水」が「腎」、「木」が「肝」に当たります。
中医学はこういったインテリ風な言い方をよくしたがります。頭の中でスムーズに変換できるように、五行の図を暗記しておきましょう。
そのほかに、相生関係を使った治療方法として、培土生金法、金水相生法などがあり、どれも臨床で非常によく使われる治療法です。
例2)実証を治療するときは、子に当たるものを瀉す ~心肝火旺証(しんかんかおうしょう)のケース~
たとえば、イライラやストレスによって生まれた肝火が子である心に影響して、心火による精神不安や不眠症などの症状が現れることがよくあります。気血陰陽などの不足はみられず、身体にとって余分なもの(=肝火や心火)があるので、このケースは実証になります。
この場合、「肝が母」「心が子」の母子関係を考え、「子」にあたる「心」の勢いをそぐこと、つまり「心火を消すこと」が治療法になります。ただし、そもそもの原因となった肝火を放っておくわけではなく、心火とともに肝火も治療してゆきます。
ちなみに、「母→子」のケースでは母の症状が先に現れ、「子→母」のケースでは子の症状が先に現れますが、一つの臓が発病している場合においても、「補母瀉子」の原則にしたがって治療します。
(2)相剋関係を治療に使う
ふたたび復習になりますが、病気が相剋関係に沿ってほかの臓に伝わるとき、「相乗関係」と「相侮関係」の2つの伝わり方がありました。
どちらの伝わり方も、五臓のうちのどれかひとつが、「1.強くなりすぎる(機能が亢進)」か、「2.弱くなりすぎる(機能が減退)」ことで引き起こされます。
相剋関係を使った治療原則
1. 強すぎる臓を抑える
2. 弱すぎる臓を助ける
相剋が強すぎたり弱すぎたり、反剋したりなどの違いはあっても、結局は強い側と弱い側に分けられます。強い側を抑えるとともに、弱い側を助けて治療していきます。
さらに、この治療原則は、予防のためにも使われます。
相乗・相侮関係を通して病気が伝わるとき、一つの臓が発病し、他の臓に波及している場合は、上記の相剋関係を使った治療原則に従って、治療します。
一つの臓が発病しているけれども、まだ他の臓に影響を及ぼしていなければ、上記の治療原則が「予防のための治療原則」として使われます。
病気が伝変するかどうかは、臓腑の状態によって決まります。つまり、五臓が弱っていれば伝変し、強ければ伝変しません。それゆえ、中医学の治療では、未病先防の精神にのっとって、事前に病気が広がるのを防いでいきます。
例1)予防措置のための治療 ~肝脾不和証(かんぴふわしょう)・肝胃不和証(かんいふわしょう)のケース~
たとえば、第30回で、「木乗土」についてお話ししたのを思い出してみてください。
ストレス・イライラが強いときに、胃痛・腹痛・吐き気・嘔吐・ゲップ・おなら・下痢・便秘などの消化器系の諸症状があらわれることがありますよね。木行に属するのは「肝(ストレスやイライラなどの感情・情緒)」、土行に属するのは「五臓では脾、五腑では胃(消化器系)」になります。(五腑については、別の機会にご紹介します)
五行 | 木 | 火 | 土 | 金 | 水 |
---|---|---|---|---|---|
五臓 | 肝 | 心 | 脾 | 肺 | 腎 |
五腑 | 胆 | 小腸 | 胃 | 大腸 | 膀胱 |
五官 | 目 | 舌 | 口 | 鼻 | 耳 |
五体 | 筋 | 脈 | 肉 | 皮毛 | 骨 |
五志 | 怒 | 喜 | 思 | 悲・憂 | 恐・驚 |
中国古代の医学書『難経』には、『肝の病は脾に伝変すると判っているので、あらかじめ脾気を充実させておく(見肝之病、則知肝当伝之与脾、故先実其脾気)難経・七十七』という有名な言葉があります。
今回のケースに当てはめて考えると、木が旺盛になって土を剋すと、つまり、ストレスがかかって「気」の流れが滞り、狂暴化した「肝」が過剰に「脾」を虐げると肝の病が脾に伝わり、先に述べた消化器系の諸症状があらわれるので、脾を事前に丈夫にして伝変しないように防がなければならない、という教えになります。
臨床では、病気の進行と伝変における生剋乗侮を知ったうえで、法則に基づいて伝変しないように早めに防止します。ただし、この法則は、単純に機械的に使ったり、条件反射的に考えなしに使ったりするのではなく、個々の体質や病状など全体をみながら、あくまでも弁証したうえで用いることが大切です。
例2)相侮の治し方 ~肝火犯肺(かんかはんぱい)のケース~
第31回で、ストレスによって喘息が再発・悪化した男性患者さんのお話をしました。
喘息そのものは「肺」の症状ですが、そもそも肺の気が抑えられたのは、肝の気の滞りが原因でしたね。
したがってこの場合、肝の気の巡りをよくし、肝火を抑えることが主な治療になります。肝火を抑えつつ、そのうえで、肺の気も通してゆきます。
表面的な症状が咳だからといって肺だけを治療してもよくなりません。根本的な問題は「肝」にあるからだ、ということがわかります。以前、第7回でお話ししました、治療する際には必ず根本原因を治す“治病求本(ちびょうきゅうほん)”とは、こういったことです。
読んでなるほど 中医学豆知識「水戸黄門の常備薬」
「控えい控えい、控えおろう~! この紋所が目に入らぬか!!」
時代劇で一番有名かもしれない、このセリフ。格さんが高々と掲げるあの印籠は黄門さまの携帯薬入れで、中に入っている薬は、「牛黄(ごおう)」と言われています。
牛黄は牛の胆石で、日本薬局方にも載っているれっきとした医薬品。オーストラリア産が最上級とされ、見た目は、直径1~4センチの球体・楕円体・三角錐状をしています。1000頭に1頭の割合で発見される非常に貴重な薬のため、高貴薬の代表的な存在です。現代においても日々の養生薬としても、ピンチのときの気付け薬としても用いられ、その効能は驚くほど多岐に渡ります。
『第十五改正日本薬局方解説書』によると、薬理作用として、「血圧降下作用、解熱作用、低酸素性脳障害保護作用、鎮痛作用、鎮静作用、強心作用、利胆作用、鎮痙作用、抗炎症作用、抗血管内凝固作用」などが挙げられています。
町の薬局で見かける牛黄配合薬としては、「六神丸(ろくしんがん)」や「牛黄清心丸(ごおうせいしんがん)」など“清心丸”とつくものが挙げられます。みなさんご存知の「救心」は、六神丸をモデルにつくられた薬です。漢方薬局では牛黄そのものを“玉”の状態で扱っていることもあり、玉そのものの方が牛黄の質が分かるため、ほんとうに通の方は“玉”を好みます。
赤ちゃんからお年寄りまで、幅広く用いられますが、妊婦さんは禁忌ですのでお気をつけください。
参考文献:
- ・小金井信宏『中医学ってなんだろう①人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
- ・戴毅(監修)、淺野周(翻訳)、印会河(主編)、張伯訥(副主編)『全訳 中医基礎理論』たにぐち書店 2000年
- ・関口善太『やさしい中医学入門』東洋学術出版社 1993年
- ・王新華(編著)、川合重孝(訳)『基礎中医学』たにぐち書店 1990年・平馬直樹、兵頭明、路京華、劉公望『中医学の基礎』東洋学術出版社 1995年・王財源『わかりやすい臨床中医臓腑学』医歯薬出版株式会社 1999年