知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
「ケツメイシ」といえば、男性の音楽グループを思い浮かべる方は多いでしょう。メンバーには薬剤師の資格を持つ方がいるそうですね。聞き慣れない単語ですが造語ではなく、実は「決明子(けつめいし)」という生薬のことです。今回はそんな「ケツメイシ(決明子・ハブ・ハブ茶・焙じハブ茶)」の効能や用い方の注意点についてお話しします。
1.ケツメイシとは
「ケツメイシ」はマメ科エビスグサの種で、ゴマよりも大きな粒で表面がツヤツヤしており、こげ茶色をしています。日本薬局方に収載されている医薬品(生薬)ですが、日本では処方薬というよりも、お茶や民間薬のイメージが一般的なように思います。医薬品として用いられる時は「ケツメイシ」「決明子」、食品としては「ハブ茶」「ハブ」「エビスグサの種子」「焙じハブ茶」などと呼ばれます。
中国最古の薬学書『神農本草経』によると、決明子は最も格の高い「上品」です。この書籍では365種の中薬を、「上品120種(じょうほん)」「中品120種(ちゅうほん)」「下品125種(げほん)」に分類しており、そのうち「上品」は、無毒のため長期服用が可能で、元気を補い身体を軽くし、不老長寿の養生に適した中薬とされています。とはいえ、決明子にはクスリとなるくらいの個性=性質がありますので、性質・効能にあった使い方をすることが大切です。
2.決明子(ケツメイシ)のはたらき
決明子は中薬学の教科書において、「平肝熄風薬(へいかん・そくふう・やく)」、あるいは、「清熱薬(せいねつやく)」の中の「清熱明目薬(せいねつ・めいもく・やく)」に分類されます。
書籍によって分類が違うこともあります(特に中国語と日本語の書籍による違いが多い気がします)が、どの効能を取り上げて分類するかだけの違いであり、決明子の効能自体は(中国語でも日本語でも)ほぼ共通の内容です。中医学を学び始めると、分類がまちまちなことが不思議かもしれませんが、これは決明子に限らず言えることです。
生薬や食べ物には四性(四気)と呼ばれる「寒・熱・温・涼」の4つの性質があり、さらに、温めもせず冷やしもしない、寒熱の偏りがないものは「平(へい)」といいます。決明子は「微寒性」です。
■生薬や食べ物の「四気(四性)」
決明子の四気五味(四性五味)は「微寒性、甘・苦味(書籍によっては、甘・苦・鹹味)」なので、次のような作用があることが分かります。また、「肝・大腸のグループ」に作用し、これを中医学では「肝経・大腸経に作用する(帰経する)」と表現します。(文献によっては、「肝・胆・腎」とあります)
・甘味=補う性質。
・苦味=冷ますイメージ・下に降ろすイメージ。
3.決明子はどんな時に用いられるのか(使用例)
決明子の代表的な使用例を紹介します。具体的な例を見ていきましょう!
(2) お腹もスッキリ! 熱結便秘・腸燥便秘に
(3) 降コレステロール作用&降圧作用
(4) そのほか肝経の熱の症状にプラスアルファのお茶として
(1) 目がスッキリ! 目の赤み・腫れ・炎症に「眼科常用の薬物」として
決明子には、「清肝明目(せいかん・めいもく)」といって、清肝→肝熱(肝火)を冷まし(=清熱)、明目→目の状態を改善する作用があります。急性結膜炎などの炎症がある状態に用いられ、「眼科常用の薬物」と呼ばれるほど、目の赤み・腫れ・痛みなどの眼科症状に広く用いられます。
(2) お腹もスッキリ! 熱結便秘・腸燥便秘に
決明子は「微寒性」「甘味・苦味」であることから、「冷やす性質」をもち、「補う性質」と「降ろす性質・冷やす性質」があることが予想できると先述しました。この性質をもって、腸が乾燥して便秘する「腸燥便秘」と、熱がこもって便秘する「熱結便秘」に用いられます。
腸に熱がこもると腸壁の潤いが乾燥して、ウサギのようなコロコロ便になります。そんな状態に決明子は最適で、腸の熱を冷ますと同時に、腸壁を潤して、ウンチをスルンと出してくれます。
タネ系は成分がオイリーで、脂溶性成分を含むことが多い傾向にあります。決明子も、そのオイリーな成分が腸壁を潤して、まるで「障子に蝋(ロウ)を塗ると滑りがよくなる」「ファスナーに蝋を塗ると滑りがよくなる」ようにお通じがよくなります。
(3) 降コレステロール作用&降圧作用
決明子には、血清コレステロールを降下させる作用と降圧作用があることが、近年の研究で分かっています。動脈硬化症や高血圧症の予防と治療に一定の効果があるとして、漢方の本場・中国で活用されています。
(4) そのほかの肝熱(肝火)の症状に、プラスアルファのお茶として
前回、春は「肝の季節」「五行学説でいう木の季節」というお話をしました。プチ鬱っぽい、目の脹り・痛み、目ヤニが多い、めまいなどの、肝気の巡りの悪さや肝熱、や肝気の突き上げといった「肝の不調」を感じさせる症候が、春には表れやすくなります。
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決明子は、まさしく「肝」に働きかける生薬です。個人的におすすめなのは、決明子単品で使用するよりも、体質改善薬のベースとして他の漢方薬(煎じ薬・粉薬・丸剤・錠剤など)をしっかり服用しながら、プラスアルファで決明子をお茶として飲むことです。記事の最後に、決明子を用いた「春の肝火を鎮める薬膳茶のレシピ」をご紹介します。自宅で手軽に作れるので試してみてくださいね。
4.決明子の効能を、中医学の書籍をもとに解説
ここでは中薬学の書籍で紹介されている決明子の効能を見ていきましょう。効能の欄には、四字熟語のような文字が並んでいます。一瞬ギョッとするかもしれませんが、漢字の意味から効能のイメージを掴むのに役立ちます。
決明子(ケツメイシ)
【分類】
平肝熄風薬(清熱明目薬)
【出典】
神農本草経
【処方用名】
決明子・草決明・ケツメイシ
【基原】
マメ科LeguminosaeのエビスグサCassia obtusifolia L.、コエビスグサC.tora L.の成熟種子
【性味】
甘・苦、微寒。(甘・苦・鹹、微寒。)
【帰経】
肝・大腸。(肝・胆・腎)
【効能】
清肝明目(せいかん・めいもく)・潤腸通便(じゅんちょう・つうべん)
【応用】
(1)
肝熱あるいは肝経風熱による目赤腫痛や羞明多泪などの症状に用いられる。決明子単品で用いることもできるし、その他の清熱薬・明目薬と配合して用いることもできる。肝熱があるものは、夏枯草(かごそう)・山梔子(さんしし)を配合し、風熱があるものには、桑葉(そうよう)・菊花(きくか)を配合する。
(2)
熱結便秘(ねっけつ・べんぴ)・腸燥便秘(ちょうそう・べんぴ)に用いる。決明子単品を水で煎じて飲むか、または、決明子を粉末状に細かくして飲む。
このほか、決明子は血清コレステロール低下作用と降圧作用をもち、動脈硬化と高血圧の予防と治療に対して、一定の治療効果がある。
【用量】
9~15g。煎服。ふり出しにしてもよい。
【使用上の注意】
(1) 潤腸通便には長時間煎じると効果がなくなる。
(2) 脾虚の泥状~水様便には禁忌である。
※【分類()内】【処方用名】【基原】【性味()内】【帰経()内】【用量】【使用上の注意】は『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)より引用/【分類】【出典】【性味】【帰経】【効能】【応用】は『中医学』(上海科学技術出版社)より部分的に抜粋し筆者が和訳・加筆したもの
このように決明子は、肝熱や肝経風熱による目の赤み・腫れ・痛み・涙が多いなどの症候に用いられ、「眼科常用の薬物」として有名です。決明子に限らず、タネ(種)系の生薬はなぜか眼に効くことが長い歴史の臨床経験で分かっており、車前子・枸杞子・蒺藜子・女貞子・胡麻仁など種系の生薬が、中医眼科で活用されています。
また、熱を冷まし腸を潤すことから、熱がこもった腸燥便秘にもよく用いられます。そのほか、降コレステロール作用・降圧作用があることから、漢方の本場・中国の医学部で用いる中薬学の教科書には、動脈硬化症や高血圧症の予防と治療にと記載があります。
5.自宅でお手軽♪ 春の肝火を鎮める薬膳茶のレシピ
ストレスが多く我慢の多い生活を送っていると、肝気の巡りが悪くなり、情緒が不安定になります。また、月経前の女性が胸が張ったり痛くなったりするのは肝気の巡りの悪さのあらわれです。
肝気は、巡りが悪いと肝火(肝熱)に変化することがあります。肝火は暴発しやすく、悪さをすると、上述したような目の炎症のほか、皮膚や粘膜の炎症、めまい、突発性難聴、耳鳴り、頭痛、のぼせ、イライラ、カッカして怒りっぽいなどの症状があらわれます。
(これらの症状の原因が、全て肝火にあるとは限りませんのでご注意ください。たとえば、めまいは気血不足や湿邪が原因など、色々なケースがあります)
決明子自体は、気を巡らせる薬(理気薬)ではなく、肝熱を冷まし、肝の高ぶりを抑える薬です。したがって、理気薬と組み合わせるて、ストレスが原因で肝熱が生まれたケースに対応できます。
ここからは、肝気の流れが悪くて、かつ、肝熱がこもりがちな方におすすめしたい、決明子を用いた生薬のブレンド例をご紹介します。体質・体調に合わせて、薬茶(やくちゃ:日本では薬膳茶とも)にして飲んでみてください。
薬茶の淹れ方は2通りあり、どちらでも良いです。個人的には、続けることが大切だと思います。効能を最大限に引き出したい場合は、購入先の漢方薬局でお尋ねください。
(2) 土鍋などに水と生薬を入れて、沸騰してから1~15分煮る
厳密に言えば、生薬の種類によって(1)(2)を使い分けますし、時間も変えます。例えば薄荷や菊花など、精油成分(香り)が多く、香りと効能が深く関係している生薬は、精油成分が飛ばないように、時間を短めにします。
それから、生薬をお茶パック(加熱OKのもの)に入れると、後始末が楽です。私は黒豆や枸杞の実はお茶パックに入れずに煮出して、底にたまったのを食べます。味が抜けていてつまらないときは、ハチミツをかけるのがおすすめです。
登場するほとんどの薬食は、過去記事で紹介しています。気になる記事はおさらいしてみましょう。
(A)
ストレスがあってイライラ・カッカする時、肝熱(肝火)などの肝のトラブルがあって血圧・眼圧が高い、春になると血圧・眼圧が高い・結膜炎などの症候がある時(症候は第90回参照)
→【決明子+菊花】
日本国内で入手できる菊花として個人的にオススメなのは、漢方薬局で入手できる「杭菊花(こうきくか)」です。もし炎症や化膿が強ければ、ちょっと味が苦いけど「野菊花(のぎくか)」もよいでしょう。スーパーや中国茶専門店や中国系スーパーで売られている「菊花茶」でも全然OKです。
また、気功の修行者は「胎菊(たいぎく)」のつぼみを使います。お花の生薬は蕾の状態で使われることがわりと多く、咲く前のパワーを秘めているとされます。
(B)
(A)よりもっと肝熱(肝火)があって、目の赤み・腫れ・痛みなどの炎症傾向が強い時
→【決明子+菊花+桑の葉+薄荷】
(C)
肝熱(肝火)に加えて、肝腎陰虚やドライアイがある時、アンチエイジング作用を加えたい時
→【決明子+菊花+枸杞の実(+黒豆)】
(D)
肝熱(肝火)はあるけれど、決明子でお腹が少しゆるくなる方
→【薏苡仁(はとむぎ)+決明子+菊花】
決明子は通じ薬(便秘薬)・清熱薬として用いるくらいですので、もともと便がゆるい傾向の人・冷えがある人は、自己判断で使用する前に、中医学の専門家に相談してみましょう。
A〜Dは、ご自身の体質や体調によってブレンドを変えられます。一覧にしてみたので、参考にしてください。
■生薬の選び方
・菊花…菊の花のこと。最近は大手スーパーでも見かけます。種類が色々あり、効能を求める場合は漢方薬局がおすすめ。
・薄荷…ハッカのこと。ミントティやメントール入りの何かや、アロマテラピーなどで代用してもOK。
・陳皮…温州ミカンの皮を乾燥したもの。これに限らず柑橘類なら何でも、理気作用(気を巡らせる作用)があります。アールグレイティ・レモングラス・柚子湯・コブミカンの葉などは、良い香りで気分をスッキリさせます。
・紫蘇…シソの葉。生薬に使われるのは紫色の方ですが、緑でもちゃんと理気します。
・桑葉…桑の葉のこと。
・山梔子…クチナシの実。漢方薬局で通年購入できます。日本では栗きんとんの色付けとして、年末になるとスーパーにもあります。
・枸杞子…くこの実。杏仁豆腐の上にある赤い実です。
・桑椹…桑の実(マルベリー)のこと。
・黒豆…日本の食卓にのる、ふつうの黒豆のこと。
・黒胡麻…日本の食卓にのる、ふつうの黒胡麻のこと。
・シベリア人参…五加参・刺五加・エゾウコギなどの別名をもつ。半端ないストレスにさらされる宇宙飛行士やオリンピック選手が飲んでいました。
・大棗…なつめ(ナツメヤシとは異なります)。生薬ではドライフルーツ状になっていて、おやつ代わりに食べても美味です。色々な品種・メーカー・加工法があるので、自分の舌に合う美味しいメーカーを選びましょう!
・竜眼肉…ライチに似た美味しい果物。生薬ではドライフルーツ状になっていて、おやつ代わりにそのまま食べられです。これも、色々なメーカー・加工法があるので、自分の舌に合う美味しい竜眼肉を選びましょう!
・真珠…真珠は内服にも外用にも使われます。皮膚や粘膜の炎症のほか、不眠症にも用いられます。もちろん、美肌にも!私は、純度100%の真珠の粉末をフェイスパウダー代わりに使用しています。
6.決明子の注意点と入手方法
決明子は書籍によっては「清熱薬」に分類されるくらいですから、身体を冷やす傾向にあります。したがって、冷え性の方や冷えによる腹痛や下痢には、肝熱があっても単品では用いません。そもそも、決明子は下剤としても使われるため、もともと軟便だとますますゆるくなります。
体質的に脾胃虚弱(ひいきょじゃく≒消化器系が弱い)で、慢性的にお腹が弱く軟便傾向にある人が、胃もたれ・胃痛・食欲不振・泥状便~下痢等の症状がある時は、決明子のような冷やす薬の使用は注意しましょう。使わざるを得ない場合は、胃腸に負担がかからないよう、補気健脾薬(ほき・けんひ・やく)や消食薬(しょうしょくやく)などの胃腸をケアする漢方薬を必ず併用します。
また、日本には「食品扱いのハブ茶」と「医薬品扱いのケツメイシ」があり、適用される基準・法律が異なります。さらに「食品扱いのハブ茶」には、「(ただの)ハブ茶」と「焙じハブ茶」があります。「焙じハブ茶」は軽く炒ってあるので香ばしく、お茶として飲みやすいです。注目すべきポイントは、炒ることで清熱作用と瀉下作用が穏やかに・弱くなることです。
清熱作用と瀉下作用を期待する時は「(ただの)ハブ茶」を、それらを弱めたい時は「焙じハブ茶」を用いるとよいでしょう。ミックスしてもOKです。また、瀉下作用は長時間煎じると弱くなります。潤腸通便作用を期待する時は煎じ過ぎないように注意しましょう。
※煎じる、とは水を加えて煮ること。量や時間は購入先の漢方薬局に相談するとよいでしょう。
ハブ茶・焙じハブ茶は、オーガニックストアなど、健康食品を扱うお店で入手できます。漢方薬局には、ハブ茶・焙じハブ茶とケツメイシ(医薬品扱い)など、様々な種類があることが多いようです。中医学的な効能に基づいて用いる際は、中医学の専門家にご相談ください。
参考文献:
・小金井信宏(著) 『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・丁光迪 (著), 小金井 信宏 (翻訳) 『中薬の配合』 東洋学術出版社 2005年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・翁 維健 (編集) 『中医飲食営養学』 上海科学技術出版社 2014年6月
・日本中医食養学会(編著)、日本中医学院(監修)『薬膳食典 食物性味表』燎原書店 2019年
・許 済群 (編集)、 王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版社2014年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年
・ウチダ和漢薬『生薬の玉手箱 決明子(ケツメイシ)』