薬にまつわるエトセトラ 公開日:2024.02.07 薬にまつわるエトセトラ

薬剤師のエナジーチャージ薬読サイエンスライター佐藤健太郎の薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第112回

『厨房のありす』テレビドラマの“化学監修”の仕事とは?

筆者は、普段はサイエンスライターという肩書きで、主に医薬・化学関連の記事や本を書いています。しかし最近、お声がけをいただいて、テレビドラマの監修という生まれて初めての仕事を始めました。
 
そのドラマは、日本テレビ系で日曜22:30から放映されている『厨房のありす』です。この記事が載るころには、すでに3回目が放映されているのではと思います。

 

主人公の八重森ありす(門脇麦)は自閉スペクトラム症(ASD)の天才料理人で、元ヤンの親友三ツ沢和紗(前田敦子)と一緒に小さな料理店を経営。大学で有機化学を教える、ゲイの父親・心護(大森南朋)と共に暮らすが、そこに謎の青年・酒江倖生(永瀬廉)が転がり込んできて――というストーリーです。
 
主人公ありすは「料理は化学です」が口癖で、「この食材にはビタミンC、C₆H₈O₆が多く含まれており……」といった具合に、化学式を交えながら食べ物の効能を客に向かってまくし立てるというキャラクターです。その際に画面上に構造式が次々に表示されるなど、珍しく化学色が強いドラマになっています。
 
また、主人公の父がかつて務めていた製薬企業も、ドラマの重要な舞台になります。このようなわけで、製薬企業で有機合成研究の経験がある筆者に、化学監修のお話が回ってきたようです。面白そうなので、化学監修とは何なのかあまりよく知らないままに引き受けてしまいました。

 

監修って何?

実際に話が動き始めてみると、結構いろいろな仕事があります。先に述べたように、化学式や構造式がたくさん出てくるドラマですので、そのチェックをすることが一つです。聞いたことのない物質名や分子式を、片端から暗記しなければならない門脇麦さんは大変だと思いますが、出来上がった映像を見ると見事にこなしているようで、さすがというしかありません。

 

こうした料理の効能の科学的妥当性を確認し、場合によってはセリフの内容を提案するのも監修者の仕事です。当然ながら、料理には医薬品のような強い効能があるわけではありませんので、「この料理にはこういう効果がある」と断言してしまっていいのか、なかなか難しいところです。といって、科学的正確性だけを重視し、無難な内容や長ったらしいセリフばかりにしたのではドラマが成り立ちませんので、その匙加減はいつも悩みどころです。
 
ドラマの設定にも、ある程度関わっています。特に、大学の研究室や製薬企業については、脚本家や演出の方から相談を受ける場面が多くあります。たとえば、臨床試験開始についての記者会見のシーンは、セリフのかなりの部分を提案させていただきました。こういうところがリアリティを左右しますので、気が抜けません。

 

その他、主人公ありすの部屋に飾られている分子模型の制作なども行いました。中には、6時間かかって組み上げた大物の分子模型もありますので、実際の放送でどのように使われるのか、今から楽しみです。

 

撮影現場にて

ドラマの撮影にも、すでに一度立ち会いました。本物の大学の研究室を借りての撮影でしたが、まあなんと多くの人が関わるのか、と驚きました。
 
現場での筆者の仕事は、研究室の設備や、演技の際に俳優がどこを指差すかといった細かいチェック、そして研究室の雰囲気を出すため、ホワイトボードにそれらしい構造式などを描いておくといったことでした。ですので、もし研究室のシーンをご覧になって構造式が映ったら、「この汚い図は佐藤が描いたやつか」と笑っていただければ幸いです。
 
撮影を見た感想は、やはりトップレベルの俳優というのはさすがだな、という一言に尽きます。それまで雑談をしていたのが、いざ本番となるとスッと役柄に入り込み、顔つきまで切り替わるのは実に驚きでした。
 
中でも大森南朋さんの演技は圧巻で、ちょっとした目の動き、口元の動きひとつで見る者を引き込んでしまいます。名優の力というのはこういうことか、と舌を巻きました。
 
画面には映らないような細かい部分、たとえば試薬のラベルまで手を尽くして丁寧に作り込んであるのも、驚いたことのひとつでした。良くも悪くも、こうした姿勢は実に日本的ではあるな、と思った次第です。

 

一つの作品を創る

とまあ、薬剤師向けのサイトらしからぬ感想文ばかり書いてしまいました。製薬企業のシーンはこれから多くなると思いますので、薬に関わる方なら見て損はないかと思います。
 
もうひとつ、無理やり薬の話に結びつけるようではありますが、ドラマ作りの過程というのは創薬に似ているなとも思いました。特定の才能のある人が集まり、それぞれの役割をこなして、さまざまな軋轢を調整しながらひとつの作品を作り上げていくというのは、製薬企業の研究所でも体験したことです。多くの人が関わりますから、いずれも大変な作業でしょうが、ふだん孤独な作業をしている身としてはうらやましくも感じた次第です。

 

厨房のありす
日本テレビ系 
毎週日曜 22:30~放送
(2024年1月期)

TVerhulu

公式サイト 「厨房のありす」
X(旧Twitter) @alice__ntv
Instagram @alice__ntv
TikTok @alice__ntv

【キャスト】
門脇麦
永瀬廉
前田敦子

大東駿介
阿南敦子
大友花恋 前原瑞樹
橘優輝 堀野内智
伊藤麻実子 金澤美穂 新井郁

北大路欣也(特別出演)

皆川猿時
萩原聖人

木村多江
大森南朋

【スタッフ】
脚本:玉田真也 野田慈伸
音楽:横山克
演出:佐久間紀佳 鈴木勇馬 瀬野尾一 猪股隆一
プロデューサー:鈴間広枝 諸田景子 松山雅則
チーフプロデューサー:三上絵里子
制作協力:トータルメディアコミュニケーション
製作著作:日本テレビ

 


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

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