薬にまつわるエトセトラ 公開日:2024.12.05 薬にまつわるエトセトラ

薬剤師のエナジーチャージ薬読サイエンスライター佐藤健太郎の薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第122回

医薬品業界への影響は必至?米国保健福祉省長官に指名されたケネディ氏とは

2024年の米国大統領選は、共和党のドナルド・トランプ候補の勝利に終わりました。2020年の選挙で競り負けた雪辱を果たし、大統領の座に返り咲くことになります。
 
この11月15日、そのトランプ氏は次期政権において、ロバート・F・ケネディJr.氏を保健福祉省(HHS)のトップに起用すると発表しました。上院で承認されれば、トランプ政権下では同氏が米国の保健行政を取り仕切ることになります。
 
しかしこのケネディ氏は、過去に様々な問題発言が取り沙汰されてきた人物でもあり、その就任には様々な意見が上がっているようです。日本の医薬行政にも影響が出る可能性がありますので、その人となりについて紹介してみましょう。

 

名門の異端児

ロバート・F・ケネディJr.氏は、その名からわかる通り米国政界の名門であるケネディ家の出身です。父ロバート・F・ケネディ氏は米国司法長官を務めた人物ですし、その兄はかのジョン・F・ケネディ元大統領ですから、まさにセレブ一族の御曹司といえます。
 
そんな一族に、1954年に生まれたロバート・ケネディJr.氏(以下ケネディ氏)ですが、9歳の時に伯父ジョン・F・ケネディ大統領が、14歳の時に父のロバート氏が暗殺されるという悲劇を経験しています。
 
大学で法律を学んだケネディ氏は弁護士として活動を開始しますが、1983年にヘロインの所持によって起訴されます。その罰の一環として、環境保護団体のボランティアとして働くことになり、これ以降環境問題に積極的に取り組むようになったようです。
 
参照:ロバート・ケネディ・ジュニア氏とは?米保健福祉長官に指名されたワクチン懐疑論者。これからどうなる?|ハフポスト
 
たとえばケネディ氏は、ニューヨークのハドソン川の浄化に取り組んで成果を上げた他、モンサント社の除草剤ラウンドアップをめぐる巨額の損害賠償訴訟に関わり、農薬や遺伝子組換え技術などにも反対の立場で活動しています。
 
ただしその発言は問題のあるものが少なくありません。たとえば「学校で銃撃事件が起きるのは、抗うつ剤のせいかもしれない」「ヒト免疫不全ウイルス(HIV)はエイズの原因ではない可能性がある」といった発言が報じられています。
 
参照:ロバート・ケネディ・ジュニア氏、自らに大統領の資格ありと考える信じられない理由|CNN
 
そのケネディ氏は、2023年に米国大統領選へ立候補します。2024年8月には撤退を表明しますが、その際に共和党のトランプ氏を支持すると発表し、周囲を驚かせました。
 
参照:【米大統領選2024】無所属ケネディ氏が撤退、トランプ候補を支持|BBC
 
この際にトランプ氏は、自分が大統領に選出された暁には、ケネディ氏を要職で起用すると発表していました。今回の指名は、こうした流れがあってのことでした。このまま行けばケネディ氏は、食品医薬品局(FDA)、国立衛生研究所(NIH)、疾病管理予防センター(CDC)などを統括するHHSのトップに立つことになります。

 

懸念の声

ケネディ氏は、食品添加物や遺伝子組換え食品などに対してかなり極端な主張を展開していますし、米国の新型コロナ対策を指揮してきたアンソニー・ファウチ氏を「欧米の民主政治に対する歴史的なクーデターの黒幕」と呼んで、刑事裁判にかけるべきとも主張しています。食品業界、農業関係者、医学界から懸念の声が上がるのももっともでしょう。
 
医薬品に関わる者として気になるのは、「ワクチンは自閉症の原因となっている」というケネディ氏の発言です。これはもともと英国の医師ウェイクフィールドが唱えた説ですが、その論文には捏造行為があったことが指摘され、彼は医師免許を剥奪されました。その後の検証で、ワクチンと自閉症の間に関わりはないことも確立しています。
 
他にも、「ビル・ゲイツが新型コロナワクチンにより人々の体にマイクロチップを埋め込み、人々の行動を追跡しようと企てている」「新型コロナは生物兵器」といった言動が報道されています。
 
参照:ロバート・ケネディJr.が閣僚入りする本当のヤバさ|ニューズウィーク日本版
 
新型コロナをはじめとした感染症はこれからも必ず流行しますし、その際には必ずワクチンは必要になります。国産のワクチンも態勢が整いつつあるとはいえ、米国に頼らねばならない部分はこれからもあるでしょう。こうした発言をする人物がワクチン関連行政のトップにいるのは、日本にとっても不安材料ではあります。
 
また、ケネディ氏は医薬品の承認などを行う機関であるFDAをはっきりと敵対視し、XでFDAの職員に対し「記録を保存して荷物をまとめろ」という宣言を発しています。今後、最低でも医薬品承認基準の厳格化、遅延といった事態は覚悟せねばならないと思われます。
 
参照:RFK Jr vow to purge FDA sets up collision with Big Pharma|Reuters
 
ただし、トランプ氏とケネディ氏は、地球温暖化などの問題については全く異なるスタンスですし、農薬などをめぐってはケネディ氏と共和党の方針は正反対との報道もなされています。
 
参照:「ケネディショック」広がる米国 次期食品行政トップ人事に産業界は戦々恐々 食生活激変の可能性も(猪瀬聖)|Yahoo!ニュース エキスパート
 
また現在広く用いられる新型コロナワクチンも、第一次トランプ政権の行った「ワープスピード作戦」によって完成したものです。様々な点で意見を異にする両氏の蜜月が、いつまでも続くかどうか見通しはつきません。
 
世界の医薬品業界に大きな影響を与えそうなこの人事、これから事態はどう展開するか、注目の必要がありそうです。

 

 
 


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。