”漢方”に強くなる! まるわかり中医学 更新日:2024.01.17公開日:2021.06.10 ”漢方”に強くなる! まるわかり中医学

知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。

第69回 蓮の実(蓮子)は 胃腸が弱い人や、不安のある人におすすめ

蓮(はす)の花の見ごろは夏。開花時期は7月~9月で、早朝から午前中に花が開いて午後には閉じてしまい、咲いたら3~4日で散ってしまいます。蓮はほとんどの部位が漢方薬・食材として用いられます。今回は、薬膳で最も使われる蓮の実の部分についてお話しします。

目次

1.蓮の実(蓮子)とは

蓮はさまざまな部位が薬用・薬膳材料として、国によっては薬膳と意識されず、一般的な食材として扱われています。例えば、蓮の実は月餅やおこわに入っていたり、さらに、そのおこわが蓮の葉で包まれていたりするのを見たことがある人もいるかもしれません。

以下に、蓮の使用される部位をざっくりと紹介します。花・実・葉から根まで、まるでその身をすべて尽くしているようです。

<蓮の使用される部位>
・蓮子、蓮肉(れんし・れんにく):蓮の種子の「仁」。これが、一般的に「蓮の実」と呼ばれる。仁とは、種のなかの核のようなもので、「仁」とも「核」とも言う。
・蓮鬚(れんしゅ):蓮の花の雄しべ
・蓮子芯、蓮芯(れんししん・れんしん):蓮子の中にある緑色の胚芽
・蓮衣(れんい):蓮の種皮
・蓮花(れんか):蓮のつぼみ
・蓮房(れんぼう):蓮の花の果托
・荷葉(かよう):蓮の葉
・荷葉蔕(かようてい):葉の基部
・荷梗(かこう):蓮の葉柄
・藕(ぐう):根茎(レンコン)
・藕粉(ぐうふん):根茎(レンコン)からとったデンプンの乾燥粉末
・藕節(ぐうせつ):根茎(レンコン)の節の部分

蓮の実は、「甘味」と「渋味」を持ち、甘味は補益作用(補う作用)、渋味は収渋作用(しゅうじゅうさよう:引き締めて漏れ出ないようにする作用)を受け持ちます。薬食の作用する部位・臓腑・経絡などを帰経といい、蓮の実の帰経は「脾・腎・心」です。これらの部位に対して上記の作用を発揮すると捉えておきましょう。


日本でエキス製剤化されている漢方処方のうち、蓮の実を含むものは、「参苓白朮散(じんれいびゃくじゅつさん・じんりょうびゃくじゅつさん)」「清心蓮子飲(せいしんれんしいん)」などです。どちらも超がつくほど有名な処方です。

収渋作用については、「『山のウナギ』山芋の実力がスゴイ!」の記事もぜひ参考にしてください。

2.慢性的な下痢や、不安・不眠に

蓮の実の効能としてまず一番に紹介したいのは、脾気虚(消化器系が慢性的に虚弱)で、久しく下痢・軟便・食欲不振がある状態に対して、脾の働きを補って下痢や軟便を治療する作用です。

日本人は環境や食文化の影響もあって、脾気虚体質の人が多いです。脾気虚が基本にあって、さらに仕事や学校のストレスが加わり下痢や軟便になっている人がとても多いように思います。その場合は、ストレス対策の漢方処方など、必要に応じていくつかの漢方薬を組み合わせるとよいでしょう。


また、蓮の実は、腎虚(腎の弱り)による精液漏れ(遺精・滑精)にも用いられます。腎を補い渋味で引き締めて固めて(=補腎固精:ほじんこせい)、精液が漏れ出ないようにしてくれます。ここでいう「腎」とは、西洋医学的な「腎臓」の働きも含みますが、もっと広く深い概念です。そのほか、女性の不正出血、白色のおりものが多い状態にも用いられます。

中医学の「腎」は、泌尿器系、生殖器系、ホルモン系、免疫系、水分代謝、骨代謝、足腰、耳、髪などを包括する臓器です。子どもで腎が弱いと発育不全、大人で腎が弱いと老化が早いです。命の根幹を支える内臓といっても過言ではないでしょう。

さらに、蓮の実は養心安神作用といって、虚を補うことで穏やかな精神安定作用を発揮します。心身が衰弱し胸部がザワザワとして落ち着かない不安感がある状態(虚煩:きょはん)、ビクビクしたり腹を立てたりすることによって生じる動悸(惊悸、驚悸:りょうき、きょうき)、不眠などに用いられます。


3.蓮の実(蓮子)の効能

ここでは中薬学書籍で紹介されている蓮の実の効能を見ていきましょう。効能は、専門的には以下のように書かれています。【使用上の注意】にあるように、便秘気味の人は食べ過ぎに注意しましょう。

蓮子(れんし)

【処方用名】
蓮子・蓮子肉・建蓮子・湘蓮子・レンニク

【基原】
スイレン科Nymphaeaceaeのハス Nelumbo nucifera GAERTN.の種子。蓮肉とも称する。また、堅い果皮をつけたものを石蓮子と称する。本種に由来する蓮子を甜石蓮とも称する。別に苦石蓮があり、マメ科のジャケツイバラの仲間Caesalpinia minax HCE.に由来し、代用しえない。

【出典】
神農本草経

【性味】
甘・渋、平

【帰経】
脾・腎・心

【効能】
補脾止瀉(ほひししゃ)、益腎固精(えきじんこせい)、養心安神(ようしんあんしん・あんじん) 

【応用】
1.脾虚(ひきょ:消化器系が弱い)による慢性的な下痢、食欲不振に用いる。蓮子は、甘・平で補益し、渋味で収渋する作用があるため、補脾止瀉(ほひししゃ)の効能をもつ。多くは、人参(にんじん)、白朮(びゃくじゅつ)、茯苓(ぶくりょう)、山薬(さんやく)などと一緒に用いる。
方剤例:参苓白朮散(じんれいびゃくじゅつさん・じんりょうびゃくじゅつさん)
上述した症候を治療することができる。

2.腎虚(じんきょ)による遺精(いせい)・滑精(かっせい)に用いる。蓮子は、補腎固精(ほじんこせい)の効能をもつ。金鎖固精丸(きんさこせいがん)は、蓮子に沙苑子(しゃえんし)、龍骨(りゅうこつ)、牡蠣(ぼれい)、蓮鬚(れんしゅ)などを配合した処方で、遺精・滑精などの証を治療する。

3.虚煩(きょはん)、惊悸、不眠に用いる。蓮子は、養心益腎(ようしんえきじん)、交通心腎(こうつうしんじん)する。麦門冬(ばくもんどう)、茯神(ぶくしん)、柏子仁(はくしにん)など清心安神薬(せいしんあんしんやく)を一緒に用いる。このほか、婦女の崩漏(ほうろう:不正出血)、白滞過多証(白い帯下が多過ぎる)に用い、養心(ようしん)、益腎(えきじん)、固渋(こじゅう)の効能をもつ。

【用量・用法】
6-15g。煎服。

【使用上の注意】
大便が乾燥して便秘のものは服用しない方がよい。

※【処方用名】【基原】は『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)より引用/【出典】【性味】【帰経】【効能】【応用】【用量・用法】【使用上の注意】は『中医学』(上海科学技術出版社)より部分的に抜粋し筆者が和訳・加筆したもの


4.蓮の実(蓮子)はどこで買える? おすすめの食べ方

乾燥した蓮の実は、薬膳材料として、漢方薬局のほか中国食材店やインターネットなどで手軽に手に入ります。

蓮の実自体にはクセがなく味が薄く、食感が栗に似ていてすこしホクホクしています。炊き込みご飯・炒め物・茶碗蒸しなどのお料理にも、ナツメや白きくらげと一緒に煮て甘いデザートにも、どちらにも合います!


乾燥した蓮の実は、一晩ほど水で戻してから使います。戻した蓮の実を、そのまま炊き込みご飯や茶わん蒸しのレシピに具材として追加するだけです。

胃腸虚弱で、食欲がなく軟便~下痢傾向の人は、白米・粟(アワ)や薏苡仁(ヨクイニン:はとむぎ)などの雑穀、サイコロ状などに切った山芋、蓮の実、ナツメ、茯苓(ぶくりょう)などを材料にしたお粥をつくり、ものすごく良く噛んで食べるとよいでしょう。

また、蓮の実の中に、緑色の芯(蓮子芯)が残っていることがあります。とても苦いので、ピンセットなどで取り除いて、蓮子芯はまとめて大切にとっておくといいでしょう。私は蓮の実を購入したらまずこの作業をひととおり済ませます。

蓮子芯は、心熱・心火(しんねつ・しんか)がこもって舌尖紅(舌の先っぽだけやたら赤い)で、ストレス・不眠・舌痛・口内炎・イライラ・胸のざわつき・湿疹等があるときに、お湯をさして蓮子芯茶として飲めば心熱・心火を冷ますはたらきをします。蓮子芯もとてもいい仕事をする生薬なので、いつかまた紹介できたらと思います。

参考文献:
・小金井信宏(著)『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・許 済群 (編集)、 王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版社2014年
・内山恵子(著)『中医診断学ノート』東洋学術出版社 1996年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年
薬用に用いる「ハス」|漢方薬のきぐすり.com

中垣 亜希子(なかがき あきこ)

すがも薬膳薬局代表。国際中医師、医学気功整体師、国際中医薬膳師、日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー、管理薬剤師。
薬局の漢方相談のほか、中医学・薬膳料理の執筆・講演を務める。
恵泉女学園、東京薬科大学薬学部を卒業。長春中医薬大学、国立北京中医薬大学にて中国研修、国立北京中医薬大学日本校などで中医学を学ぶ。「顔をみて病気をチェックする本」(PHPビジュアル実用BOOKS猪越恭也著)の薬膳を担当執筆。

すがも薬膳薬局:http://www.yakuzen-sugamo.com/

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