薬にまつわるエトセトラ 公開日:2021.12.09 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第86回

コロナの飲み薬はゲームチェンジャーになるか?

本稿執筆時点(2021年12月7日)で、日本国内におけるCOVID-19感染は落ち着いた状況にあります。ワクチンをはじめとする対策の成果と思われますが、抗体値は時間とともに低下しますので、この状態がいつまで続くかはわかりません。気温の低い北海道などで再拡大の予兆もありますので、冬に入ってからの感染増加には十分警戒する必要があります。

そうした中、COVID-19の飲み薬が海外で承認されたとの報道がありました。11月4日、メルク社及びリッジバック・バイオセラピューティクス社が開発した経口COVID-19治療薬モルヌピラビルが、英国で承認されたのです(BBC NEWS、2021年11月5日より)。

一方11月5日には、米国でファイザー社が、新薬パクスロビドが臨床試験で高い有効性を示したと発表しました。この結果を受け、同社では速やかにアメリカ食品医薬品局(FDA)に緊急使用の許可を申請するとしています(NHK新型コロナウイルス特設サイトより)。

これまでにも、COVID-19の経口治療薬としてはレムデシビルやデキサメタゾン、バリシチニブなどが使われていました。ただしこれらは既存の医薬及び医薬候補化合物の中から、COVID-19に対しても有効なものとして見つけ出された、いわゆる「ドラッグリポジショニング」によるものです。

 

しかし今回のモルヌピラビルとパクスロビドは、いずれもCOVID-19専用の治療薬として、一から開発されたものです。「間に合わせ」ではない真の治療薬が、流行開始から2年足らずで出てきたことは、驚きという他ありません。

異なるメカニズム

2つの治療薬は作用機序が異なります。モルヌピラビルは核酸アナログで、シチジンやウリジンに類似した構造を持ちます。モルヌピラビルはウイルスのRNA鎖の一部として組み込まれ、ウイルスが増殖しようとする際の正常なRNAのコピーを防ぐというメカニズムです。

一方のパクスロビドは、コロナウイルスの持つ3CLプロテアーゼという酵素を阻害する働きを持ちます。コロナウイルスは、まず長くつながった一本のアミノ酸鎖を作り、これが3CLプロテアーゼの働きでいくつかに切断されて、必要なタンパク質となります。

パクスロビドの主成分であるPF-07321332という化合物は、この3CLプロテアーゼの中心部分に結合してしまい、その酵素活性を失わせます。これにより、コロナウイルスの増殖を防ぐメカニズムです。

またパクスロビドには、HIVプロテアーゼ阻害剤であるリトナビルが配合されています。これは、直接にコロナウイルスに作用することを狙ったものではなく、薬剤を代謝する酵素CYP3Aの働きを阻害し、主成分であるPF-07321332の血中濃度を高く保つために加えられています。リトナビルブーストと呼ばれ、他の抗ウイルス薬でも採用されている手法です(おくすり110番より)。

治療薬の実力は?

では両薬剤の実力のほどはどうか。まずモルヌピラビルの中間分析結果ですが、重症化リスク(年齢や糖尿病など)を抱えた、軽症から中等症の患者を被験者とし、プラセボを投与した群との比較が行なわれました。その結果、中間解析では重症化や死亡を約50%低下させると発表されましたが、後に約30%へと下方修正されています(Bloomberg、2021年11月27日より)。

一方のパクスロビドは、高リスクの感染者でプラセボ群が入院率7%であったのに対し、薬剤投与群では入院率がわずか0.8%に抑えられました。入院・死亡リスクを、実に89%低下させたことになります(BBC NEWS、2021年11月6日より)。

というわけで、数字の上ではパクスロビドが圧倒的に上回る結果です。

ただし、全く同じ条件で両者を比較したわけではないことに注意する必要があります。また、現場での使い勝手は様々なファクターに左右されますので、今の時点で「パクスロビドが上」と決めつけるべきではないでしょう。

また、現在流行拡大が懸念されているオミクロン株に対しては、モルヌピラビル・パクスロビドのいずれも有効である可能性が高いと、両社とも自信を持っているようです(読売新聞オンライン、2021年12月3日テレ朝news、2021年11月30日より)。

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経口治療薬のこれから

ともあれ、十分な有効性と安全性を見込める経口治療薬が現れたのは、大変に心強いことです。これまでにも、重症化を防ぐ医薬としてロナプリーブ(いわゆる抗体カクテル)が承認されていましたが、これは点滴で投与するものであり、それなりの設備が必要でした。自宅でも手軽に服用できる飲み薬であれば、医療資源を圧迫することがなく、患者にも医療機関にとっても大きなメリットです。

重要な武器となりそうな経口薬ですが、感染を防ぐものではありません(発症予防効果を調べる臨床試験も、現在行われています)。また、これらを服用する機会が増えれば、その分耐性ウイルスが出現する可能性は高まります。これら治療薬はワクチンの代わりになるものではなく、あくまでワクチンという基本装備に加わる新たな武器と捉えるべきです。

他にも治療薬は研究されていますし、異種薬剤の組み合わせも出てくることと思われます。これらにより、COVID-19が徐々に怖い病気ではなくなっていくことを願うものです。

 


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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