知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
第51回 風邪・インフルエンザに「バンランコン」
空気が冷たく乾燥する秋~冬にかけて、漢方薬局では風邪やインフルエンザに関する相談が増えます。たとえば「予防接種や手洗い・うがい・マスクだけではなんとなく不安……」といった相談です。そこで今回は、風邪やインフルエンザ予防と対策に漢方の本場・中国で繁用される中薬を紹介します。
漢方薬局のスタッフが愛飲するハーブ「板藍根」
風邪やインフルエンザが流行る時季に、漢方薬局で大活躍するハーブがあります。その名も、板藍根(バンランコン)。漢方薬局で働く人たちは、実は毎日のように飲んでいます。中国の学校ではこの時季、生徒たちに板藍根を煎じたお茶を飲ませたり、お茶でうがいをさせたり、のどにスプレーしたりしているそうです。
板藍根は「漢方の抗生物質・抗ウイルス薬」というあだ名で呼ばれることもあり、中国ではどの家庭にもあるメジャーな常備薬です。中国人の患者さん達が必ずと言っていいほど「うちにもあるよ!」と教えてくれます。
2003年に中国でSARSウイルスが大流行したのを覚えていますか? 中国の衛生部(日本の厚生労働省にあたる)が、板藍根に予防の効果があると公式に認め、積極的な服用を促しました。WHO(世界保健機関)からもその効果が高く評価されています。
中国の一般家庭や病院では、風邪・インフルエンザ・耳下腺炎・扁桃腺炎・手足口病・ノロウイルスやロタウイルスなどによる感染性胃腸炎・肝炎ウイルス・肺炎・髄膜炎・丹毒など、さまざまな感染症の予防と治療に用いられます。そのほか歯肉炎・口内炎・各種皮膚病など、化膿・炎症傾向のあるさまざまな症状・疾患に応用されます。
日本では板藍根は食品扱いになるため、小さなお子さんにも安心して使える点も魅力なのでしょう。小児科(自費診療)でも用いられています。エキス剤などに加工される前の、本来の根っこを煎じるとはなかなか強烈な臭いがしますが、エキス顆粒はとても飲みやすくなっています。
「藍職人は病気知らず」その藍は板藍根!
板藍根はリュウキュウアイ(琉球藍・馬藍)、タイセイ(松藍)、ホソバタイセイ(細葉大青)の根のことで、藍染の染料としても知られています。昔から、藍染は虫よけ・マムシよけになる上に、野山を歩いてできる傷も治りやすいとされてきました。大事な着物を藍染の風呂敷で包むのも生活の知恵です。「藍職人は病気知らず」という言葉もあります。精製された藍色の色素は「青黛(せいたい)」という中薬で、板藍根と似た清熱解毒の作用があります(『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社より)。
板藍根以外にも、染料となる中薬は沢山あります。例えば、日本で古来より最も高貴な色であるとされてきた「紫」色のできる原料は、清熱解毒の作用がある紫根(しこん)という生薬です。余談ですが、紫根は世界で初めて全身麻酔による手術を成功させた華岡 青洲(はなおか せいしゅう)先生が作った軟膏剤「紫雲膏(しうんこう)」の構成生薬でもあります。
板藍根の性質・効能
薬理学的には、抗ウイルス作用・抗菌作用・解熱消炎作用(『漢訳の臨床応用』より)、免疫増強作用(板藍根 | 松浦薬業株式会社 | 食品原料 | 素材詳細より)などが認められています。熱を冷まして解毒する「清熱解毒・涼血利咽(せいねつげどく・りょうけつりいん)」の効能があり、ノドの痛み・高熱・発疹をともなう発熱性疾患に用いられます。
中医学の書籍を紐解くと、これらの効能は次のように表現されています。
板藍根(バンランコン)
【基原】
アブラナ科CruciferaeのIsatis tinctoria L.、タイセイI. indigotica FORT.の根。なお中国南部ではキツネノマゴ科AcanthaceaeのリュウキュウアイBaphicacanthes cusia BREMEK.などの根が利用される。
【性味】
苦、寒。
【帰経】
心・胃。
【効能と応用】
(1)清熱涼血解毒
瘟疫(うんえき/インフルエンザ・日本脳炎など)の高熱・頭痛、大頭瘟(だいずうん/顔面丹毒)・胙腮(ささい/流行性耳下腺炎)の腫脹疼痛、爛喉丹痧(らんこうたんしゃ/猩紅熱)などに、薄荷・牛蒡子・連翹・黄芩・玄参などと用いる。
方剤例)普済消毒飲 ※『中医臨床のための中薬学』(医歯薬出版株式会社)より
【薬理作用】
涼血解毒・清利咽喉
(1)抗菌:抗菌スペクトルは広く、多種のグラム陰性・陽性の細菌を抑制する。
(2)抗ウィルス:多種のウィルス感染症に対し治療効果があり、in vitroでインフルエンザウイルスを抑制する。
『漢薬の臨床応用』(医歯薬出版株式会社)より一部を抜粋
板藍根と同じ中薬の葉や枝葉は「大青葉(だいせいよう)」、精製された藍色の色素は「青黛(せいたい)」と呼ばれます。どちらも板藍根と似た清熱解毒の作用があるとされます(『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社より)。
板藍根の飲み方
板藍根は「エキス顆粒」や「のど飴」に加工され、さまざまなメーカーから販売されています。日々の養生として摂取し、のどがイガイガ・カラカラと乾燥するときには多めに摂るのがおすすめです(メーカーにより摂取量はさまざま)。エキス顆粒タイプは、粉薬を飲む容量で服用してもいいですし、ぬるま湯に溶いてガラガラとうがいをしてからゴックンと飲み込むとノドの粘膜に直接くっつくのでより効果的です。
私は、会社・学校・スーパー・病院など、不特定多数の人がいる場所に行くときは、出かける前に一服、帰ってきて手洗いうがいをしてから一服。さらに、外出先でも服用できるように肌身離さず持ち歩きます。風邪やインフルエンザの時期には、目の前の人がくしゃみや咳をしたら、電車の中でもその場で水なしで服用しています。
板藍根はそれほど厳密には体質を選ばず、老若男女問わず飲めるのも良い点です。“清熱解毒薬”に分類されるので、身体を冷やし胃腸に少し負担をかけますが、その人にとっての適量を飲めば大抵は問題ありません。ただし若干の子宮収縮作用があるので、妊婦さんは避けたほうが良いでしょう。
さて、板藍根を飲んでいれば絶対大丈夫ということはありません。
風邪には葛根湯が有名ですが、症状・体質によって必要な薬は異なるので、飲み分けがとても大切。(「第42回 漢方と風邪-ノド風邪に葛根湯はあり?なし?」を参照)この飲み分けを間違えるとかえって悪化させかねません。
漢方の風邪薬はなんといっても、飲むタイミングが重要。一分一秒を無駄にせず、少しでもおかしいなと思ったら間髪入れずに飲むことが大切です。そのためには、板藍根や漢方風邪薬(銀翹散・葛根湯・藿香正気散など)を自宅や職場に常備し、いつでも携帯しておきましょう!
参考文献:
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・日本中医食養学会(編著)、日本中医学院(監修)『薬膳食典 食物性味表』燎原書店 2019年
・翁維健(主編)『中医飲食営養学』上海科学技術出版社 2007年
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漢方薬局に勤務する人たちは毎日飲むというほど大活躍の「板藍根」。日本では食品扱いになるため、「ちょっと調子が悪いかな?」と思ったときにすぐに摂取できる手軽さが魅力です。漢方についてもっと詳しく勉強したい薬剤師の方は、「漢方薬・生薬認定薬剤師や漢方アドバイザーなどの資格取得」に挑戦してみませんか? 患者さんへの提案の幅が広がり、仕事のやりがいも増えるでしょう。