第72回 岡村 祐聡先生
「薬歴を書く時間がない」「毎回同じことしか書けない」「薬歴に書けるような話を患者さんから聞き出せない」……。
薬剤師の業務には欠かせない薬歴管理ですが、実はこのような悩みを抱えながら仕事を続けている方も多いのではないでしょうか。
今回は、薬剤師の担うべき医療を質高く実践するための理論と方法論である「服薬ケア」を構築し、その普及に尽力している岡村祐聡先生に、患者さんを中心とした「質の高い服薬指導」と「薬歴記載の方法」をうかがいました。
薬剤師は薬物治療の担い手ですが、皆さんはその本質について考えてみたことがありますか。
かつて薬剤師は「薬の専門家」として、「薬」という物質だけに着目した“対物”の視点に捉われていたように思います。ところが近年、「治療」という“対人”業務に関わることこそが、薬剤師が担う重要な役割として注目されてきています。
すなわち、一人ひとりの患者さんの人生や価値観を薬剤師が共有し、その方が望む「治療のゴール」に近づくためのお手伝いをすること。また、服薬を中心とした治療のなかでも使用される医薬品の管理・服薬・治療に対する認識や意志、人間関係などに対するケアを行っていくという考え方です。私はこれをまとめて、患者さんに対するケアの概念としての「服薬ケア」を提唱してきました。
今回お話しする「服薬ケア」とは、目の前にいる患者さんのQOLを向上させるためのもの。また、その手助けとなる薬物療法の提供に欠かせない考え方です。
皆さんは、あなたの目の前にいる患者さんが望む治療、その人が最良だと感じる治療がどのようなものかを知っていますか。あるいはそれについて、尋ねてみたことがありますか。
多くの薬剤師さんはおそらく、患者さんの治療に対する思いや考えを患者さん本人と共有することなく、ありきたりの服薬指導でよしとしてしまっているのではないでしょうか。
例えばCa拮抗薬を服用している患者さんに対して、条件反射的に「グレープフルーツジュースは飲まないでくださいね」と伝えたことはありませんか。でも、その患者さんにとっての“今の気持ち”は、Ca拮抗薬が飲みづらくて困っているという点かもしれません。だとしたら服薬指導の内容も自ずと変わってきますよね。
こうした服薬指導の多くは、患者さんにとっては「もう知っている」「知りたいのはそのことじゃない」と思う情報であり、的外れなものとなりがちです。その結果が患者さんからの「急いでいるので早くしてください」という言葉、ということもあるでしょう。
患者さんのQOLを高めるための薬物治療を提供するには、患者さんの治療に対する考え方を含め、その方の価値観や人生観を共有することが不可欠です。
<重要なポイントの例>
- ①感情への着目
事実ばかりにとらわれることなく、患者さんの気持ちに着目しましょう。 - ②薬識に着目せよ
患者さんの服薬行動を構成する根源は、患者さんの薬識です。薬識とは薬の知識ではなく、薬に対する認識のこと。また薬識は揺らぐものなので、毎回「今の」薬識を確認して、「服薬行動への動機付け」を行う必要があります。
薬識ケアをメインにすれば「同じ薬を何年も飲んでいる」患者さんに対しても、毎回必ず聞くべきこと、言うべきことがあるはずです。「聞くことがない」「言うことがない」という状況には決してならないでしょう。 - ③薬剤師はしゃべりすぎ。もっと相手の話を聞こう!
- ④医療の常識や、自分の価値観を押しつけるのではなく、患者さんの価値観、人生観に耳を傾けよう
まずは「自分のイメージする薬物治療のあるべき姿」を患者さんに押しつけないよう心がけます。薬剤師は患者さんに対面すると、つい医療の常識や、“こうすべきである”という「自分の理想とする薬物治療」のあるべき姿を、話してしまいがちです。しかしここは話したい気持ちを抑え、まずは患者さんの「治療に対する考えや気持ち」「どのように生きて、どのように死にたいか」など、患者さんの心の声を聞くことに集中しましょう。
「薬のことでお困りのことはありませんか?」「やってみたいけれど、治療の都合でできないと感じていることはありませんか?」など、患者さんの気持ちを一つずつ丁寧に確かめます。
薬剤師は患者さんの治療のパートナーであり、味方になってくれる人だと思ってもらえるようになると、患者さんとの距離がぐっと縮まります。それによって、よい服薬指導をするための関係性が構築されていくのです。