”漢方”に強くなる! まるわかり中医学 更新日:2024.01.16公開日:2021.01.12 ”漢方”に強くなる! まるわかり中医学

知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。

第64回 「田七人参」金にも換えがたい貴重さと効能

「田七人参(でんしちにんじん)」という生薬を聞いたことはありますか? 日本ではまだまだ一般的ではないかもしれません。一方で、ほとんどの中国人の患者さんは薬局で田七人参を見るやいなや、「おおっ田七人参があるんだね!」とおっしゃるくらい、中国ではポピュラーです。

今回は、「補薬の王様! 薬用人参の効能と用い方」に引き続き、人参シリーズ第2弾として「田七人参」についてお話しします。

目次

1.田七人参は「門外不出の貴重薬」「兵隊さんの傷薬」

「田七人参」は朝鮮人参と同じウコギ科ではありますが、まったく別の植物で効能も違います。地上にあらわれている部分(花・果実・葉)は朝鮮人参にそっくりですが、生薬として用いる根は朝鮮人参よりずっとずんぐりむっくりした形で、こぶしのようにゴツゴツしており、乾燥させるとカチンカチンに硬くなり色も黒っぽいです。


田七人参は、栽培に手間がかかることでも有名です。栽培に適しているのはなんと海抜1200m~1800mの山間の傾斜地という厳しい場所。それゆえ雲南省~広西省の限られた地域でしか採れない特産品です。収穫まで約3~7年かかるといわれ、また、田七人参を育てた畑は栄養を吸い取られてしまい、しばらく作物を作ることができません

その素晴らしい効能と貴重さのために古くから「金不換(きんふかん)=金にも換えがたい貴重なもの」という別名で呼ばれ、門外不出の不老長寿の生薬として、古代中国では王族貴族の間で珍重されてきました。

また、優れた止血作用や傷口をくっつける作用をもつことから、戦場で兵隊さんが傷口や打ち身の手当てのために持たされた薬としても有名です。私の経験談ですが、包丁でできてしまった指の切り傷に田七人参の粉末をこんもり振りかけて絆創膏でとめておくと、あっという間に止血されて、傷のくっつき具合や治りがとても早く感じられたことがありました。

2.「止血」「活血」両方の作用を持つ

田七人参の作用は「止血作用」と「活血作用(かっけつさよう)」

「止血作用」は出血を止めること、「活血作用」は血瘀(けつお)※1に対して、血液がサラサラと流れるように血行を改善する作用のことです。この、一見相反する作用を併せ持つのが、最大の特徴といえます。
※1血瘀:血栓があったり血液がドロドロしてよどみ流れが悪かったりする状態

この特徴はそのまま臨床に応用されます。たとえばイボ痔は、血流障害による静脈瘤なので「活血」する一方で、出血しやすい状況であれば「止血」も意識しなければいけません。血液をサラサラにしつつ、病的な出血は止めたい時に、田七人参は非常に便利な生薬です。

中医学では、打ち身や捻挫などによる内出血のほか、交通事故による外傷、分娩時の外傷、さらに外科手術なども、血脈が切られて血脈外に血があるため、血瘀であると捉えます。このような症状にも瘀血を除きながら傷を治す必要があるため、活血・止血の両方が必要です。

このように、外傷や術前術後の傷の回復、血流障害がありつつも血管が脆くて出血しやすい状況、血瘀があるせいでシコリやコブがあって出血しやすい全身のさまざまな症状・疾患に対して応用されます。

3.田七人参の効能効果

中薬学の書籍を紐解くと、効能は次のように表現されています。効能の欄には、四字熟語のような文字が並んでいます。一瞬ギョッとするかもしれませんが、漢字の意味と効能が端的に結びついており、イメージを掴むのにとても役立ちます。

三七(参三七、人参三七、田三七、田七など)

【基原】
ウコギ科Araliaceaeのサンシチニンジン Panax notoginseng F.H.CHENの根
※以上、『中医臨床のための中薬学』(医歯薬出版株式会社)より
【性味】
甘・微苦、温
【帰経】
肝・胃経
【効能】
化瘀止血(かおしけつ)、活血定痛(かっけつていつう)。
【応用】
1.
人体の内外の各種出血の証に用いる。田七の止血作用は優れており、そして活血化瘀の効能を併せ持つ。止血しながらも瘀を留めないという特長をもつため、出血と同時に瘀滞(血の滞り)をもつ者に最も適している。単味では、粉末にして呑服する。また、花蕊石、血余炭を配合して化瘀止血の効能を強化することができる。
2.
方剤例)化血丹
外傷出血に対しては、単味の粉末を外用する(筆者注:内服薬として用いることもあります)。止血定痛することができる。
3.
打撲、損傷による瘀滞腫痛に用いる。活血祛瘀、消腫止痛の効能があり、止痛の作用に特に優れている。単独でも用いても、他の活血薬や行気薬と配合して用いてもよい。
このほか、近年、田七は冠状動脈硬化性心臓病の狭心痛の治療に対しても一定の効果がある。

【用量・用法】
3-10g。粉末を呑服するときは、1回1~3g。外用には適量。
【使用上の注意】
本品は温性のため、出血しながら陰虚口乾のものは、滋陰涼血薬を配合して服用すること。
※以上、『中薬学』(上海科学技術出版社)より部分的に抜粋し筆者が和訳したもの

4.田七人参を用いた症例

ここでは、実際に田七人参を用いた2つの症例についてご紹介します。ひとつ目は大量の下血で救急搬送された90歳の女性、ふたつ目は子宮筋腫の手術前に来局された40歳の女性の例です。

症例①大量の下血による救急搬送

【患者プロフィール】
90歳の女性(38kg・146cm)

【症状】2日間連続でトイレにて大量の下血を合計4回。
3日目の下血直後、救急搬送。顔面蒼白、唇の色も血の気が無く白色。出血により貧血(ヘモグロビン値9→7)と脱水気味だったため、輸血と点滴。
下血の原因は、虚血性腸炎か憩室出血が疑われた。舌診では舌淡、苔少、裂紋多など。脈細弱。

【病歴】
2年前に極度のストレスから急性心筋梗塞(ステント治療)、心房細動、左室肥大、上室性期外収縮、長年の大腸憩室症、逆流性食道炎、胃腸虚弱、空咳。

【考察】
大量出血により気随血脱証(きずいけつだつ)になっているため、止血・大補元気(全身の気を大きく強力に補う)が早急に必要と考えた。
(気随血脱…気は血をよりどころとするため、大量出血では血とともに気も漏れ出る)

【処方】
生脈散を通常の3倍量/1日、田七人参末を、入院初日から医師・看護師の管理のもと服用。

緊急入院した翌夕に大腸内視鏡検査を行ったところ、約50分間念入りに出血箇所を探しましたが、出血が見当たらなかったとのことでした。非常にきれいな粘膜で、憩室出血も虚血性腸炎も見られなかったとのことです。

5日間は上記の処方を服用いただいたところ、危機は脱しましたが、貧血改善・胃腸虚弱・心配性であることを考慮して生脈散・田七人参末に加えて帰脾湯・香蘇散を服用いただきました。その後、12日目にすっかり元気になって退院。

かかりつけの循環器内科の専門医も、完治して退院できると思っていなかったようで、異例の回復に驚かれていたとのことです。

症例②子宮筋腫のため腹腔鏡下子宮全摘出術

【患者プロフィール】
40歳の女性(62kg・165cm)

【症状】
長年の子宮筋腫(粘膜下筋腫、直径約12cm)。
病院では経過観察と言われてきたが、生理のたびに大量出血し、常に貧血傾向のため鉄剤を服用。切除手術が決定し、術日までは漢方を飲みたいと来局。舌診では舌淡暗、薄白苔。

【病歴】
特になし。

【処方】
血の滞りによる筋腫に対しては活血、出血による貧血に対しては止血と補血を数カ月して、術日を迎えた。手術直前・直後も飲食が許可されている間は、入院前より増量して田七人参を飲み続けた(医師に相談したところ、好きにしてよいと言われたそう)。

上記のような処方を行ったところ、同日に全く同じ手術をした患者さんたちに比べて、傷の治りなど予後がよく異例の速さで退院したとのことでした。

また、他の患者さん比較して彼女だけ手術中の出血が非常に少なくて済み、担当外科医が不思議だと首をひねっていたそうです。

その後は体調もよく元気に過ごされています。子宮全摘による腎虚を考慮し、アンチエイジングと更年期対策として補腎中心の漢方を現在服用いただいているところです。

なお、ここで紹介させていただいたのは、実際に田七人参や漢方薬を用いたことによる、あくまでひとつの例です。一人ひとりの体質によって処方は異なりますので、必ず中医学の専門家に相談したうえで服用ください

5.剤型は「粉末(田七人参末)」が一般的

非常に貴重であることや、加熱すると止血作用が損なわれることから、生薬を粉砕した粉末状(田七人参末)が一般的でオススメな剤型です。粉末っぽいエキス顆粒剤と区別するために、「原末(げんまつ)」と呼んだりもします。イメージとしては小麦粉のような状態で、錠剤や液剤に比べて飲みにくいかもしれませんが、そのぶん添加物も含みません。

そのほかに錠剤、エキス顆粒剤、液剤などの剤型や、刻み生薬を煎じて飲むといった摂取方法があります。ライフスタイルや状況に合わせて選ぶとよいでしょう。

6.品質を表す「頭数」とは

田七人参の品質は、「頭数(とうすう)」で決まります。「頭数」とは、500gの生薬を作るのに要した田七人参の数を表しています。例えば、田七人参120個で500gになるなら「120頭」、30個で500gになるなら「30頭」といった具合です。

つまり、頭数が小さければ小さいほど、ひとつの田七人参のサイズが大きく質が高いということになります。

なお、田七人参は中国では「薬」ですが、日本では法律上、「健康食品」扱いです。したがって、医薬品に比べて規制が少ないぶんその品質もピンキリです。

たまに非常に安い田七人参を見かけることがありますが、小さ過ぎてとても質の悪い田七だったり、ほとんどが賦形剤で田七自体の成分が薄かったり、そもそも根ではなく葉や花だったりすることもあります。また、残留農薬・重金属・放射性物質なども心配されますので注意しましょう。心配な方は、田七に関しては特に、「国内(日本)」で購入すること、また、日本の老舗メーカーの製品を選ぶことをおすすめします。

田七人参を含め、今回紹介した中薬・漢方薬は、体質を選びます。繰り返しになりますが、必ず、中医学の専門家に相談した上で服用ください。

参考文献:
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・許 済群 (編集)、 王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版社2014年
・惠木弘(著)、戴銘錫(著)、(株)東洋薬行(監修)『地道薬材』樹芸書房 2007年
・孫思邈(著)『備急千金要方』人民衛生出版社 1982年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年
・中山忠夫「血糖値上昇抑える働き」『産経新聞』2012年10月12日
・今泉英明(監修)『知られざる田七の食効』(株)医薬・健康ニュース社 1982年
・叢法滋(著)『カラダを元気にするニンジンのいろいろ』株式会社ヘルスメディシン社 2005年
・木島孝夫(著)『五臓六腑に田七人参』ハート出版 1996年
・今西義則(著)『田七人参の薬効』ヘルス研究所 1995年
・ウチダ和漢薬『生薬の玉手箱 三七人参
・佐竹元吉(著)、朝比奈はるか(著)『月刊 和漢薬No.688 文山田七人参見学記』ウチダ和漢薬 2010年9月
・上海科学技術出版社・小学館編『中薬大辞典』小学館 1998年
・前田佳奈、織田真智子、東野英明(近畿大学医学部薬理学教室):田七人参の CCl_4 実験的肝障害モデル及び肝再生モデルに及ぼす作用
・中山貞男ほか:田七エキス (HK302) に関する薬理学的研究 第2報コレステロール負荷高脂血症ラットに及ぼす影響
・牛島光保ほか:田七人参の肝保護・抗炎症作用

中垣 亜希子(なかがき あきこ)

すがも薬膳薬局代表。国際中医師、医学気功整体師、国際中医薬膳師、日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー、管理薬剤師。
薬局の漢方相談のほか、中医学・薬膳料理の執筆・講演を務める。
恵泉女学園、東京薬科大学薬学部を卒業。長春中医薬大学、国立北京中医薬大学にて中国研修、国立北京中医薬大学日本校などで中医学を学ぶ。「顔をみて病気をチェックする本」(PHPビジュアル実用BOOKS猪越恭也著)の薬膳を担当執筆。

すがも薬膳薬局:http://www.yakuzen-sugamo.com/