知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
第70回 薄荷(ハッカ)も立派な中薬!効能からハッカ油スプレーの作り方まで
ハッカ油スプレー、ハッカ飴、チューイングガム、歯磨き粉、アロマオイル、入浴剤、化粧品、湿布薬……ハッカの香りは私たちの生活の至るところで使われています。今回は、れっきとした中薬(日本では生薬といいます)でもある「薄荷」についてお話しします。
1.薄荷とミントの違いは?
「薄荷」と聞くと、あのスース―としてスッキリとした香りや刺激を思い出しますよね。「ペパーミントやスペアミントは『薄荷』と同じものですか?」とたまに聞かれますが、薄荷や「◯◯ミント」の類は、シソ科ハッカ属(ミント属、メンタ属)です。仲間ではありますが、基原植物が異なりますので、含まれる成分にもそれぞれ多少の違いがあるようです。
ペパーミントやスペアミントなどのミント系はさまざまな種類があり非常に複雑なため、植物学的な分類については、ここでは割愛します。ご興味のある方は調べてみてください。
2.のどカゼの初期対策に
薄荷は、外界の6つの邪気のうち、とくに「熱邪」が人体に襲い掛かったせいで(外感風熱)、頭痛・発熱・微悪寒・のどの腫れや痛みなどの症状があらわれた状態に用います。すごくかんたんに言えば、のどの違和感から始まる「風熱タイプ」のカゼ・感染症に適しています。
薄荷は辛凉解表剤の代表処方である銀翹散(ぎんぎょうさん)に配合されています。漢方のカゼ薬の飲み分け方は「第42回 漢方と風邪—ノド風邪に葛根湯はあり?なし?」で詳しく解説しています。
詳細は後述しますが、薄荷の性味・帰経は「凉性」「辛味」「肺経」です。
「辛味」の作用の本質は、「発散・通す・流す」といったイメージです。辛味の発散させる力を使い、表(おもて)にいる風熱の邪気を発散して追い出します(=辛凉解表)。
中医学では味覚や視覚など五感で感じるイメージや、質感や重さなどのイメージが、薬の効能と深く関係しています(詳しく知りたい方は「第22回 生薬の性質~四気、五味、帰経、昇降浮沈~」をお読みください)。薄荷はとても軽くてフワッとした質感の葉っぱなので、体の上の方・表の方によく効きます(軽揚升浮:けいようしょうふ)。
風熱邪は人体の上方へ攻めて昇りやすいため(風熱上攻:ふうねつじょうこう)、同じように上方へ昇るイメージの薄荷がマッチします。風熱邪による、頭痛・目が充血(目赤)・のどの腫れや痛み(体の上部ですね!)をスッキリさせる作用があります(清利頭目:せいりずもく、利咽:りいん)。
また、薄荷には透疹作用(とうしんさよう)もあります。「透」は最後まで貫くこと、「疹」は発疹を意味します。薄荷の表向き・外向きに向かう(貫く)力を利用して、表(おもて)にいる発疹をどかすというイメージです。麻疹のほか、風熱の皮疹・掻痒に対して、他の生薬と共に用いられます。
3.頭や眼や気分をスッキリさせたいときに
さらに、薄荷はほかの生薬と共に、肝気鬱結(かんきうっけつ)の症状にもよく用いられています。肝気鬱結とは、不満やストレスの多い生活によって肝気の巡りが悪くなり、気分が鬱々としてスッキリしない、イライラする、胸や脇腹が脹る……などの症状があらわれた状態です。
薄荷のスーッとした香りで、頭や眼がスッキリしたり、清々しい気分になったりしたことがある人もいると思います。良い香りは肝気の巡りをよくして爽快感を与えてくれます。肝気鬱結の状態になっている人は、柑橘系(柑橘系の果物、陳皮、アールグレイティー、コブミカンの葉、アロマオイル)や、カルダモン、セロリ、紫蘇系などなど、良い香りと感じるものを、飲んだり食べたり嗅いだりするといいでしょう。
そのほか、「夏期の熱射病による頭がふらつく・発熱・口渇・尿が濃いなどの症状に用います。外感風熱に対しては、石膏・甘草を配合し、たとえば鶏蘇散(けいそさん)を使用する」(『漢薬の臨床応用』)とあるように、暑邪にやられて身体に熱がこもっているときにもよいでしょう。
4.薄荷の効能
中薬学の書籍で紹介されている薄荷の効能を見ていきましょう。薄荷は中薬学の教科書では「解表薬(げひょうやく:表にいる邪気を発散して追い出し、表証を解除する薬)」のうち、「辛凉解表薬(しんりょうげひょうやく)」に分類されています(解表薬は大きく辛温解表薬と辛凉解表薬に分かれます)。
薄荷(はっか)
【処方用名】
薄荷・薄荷葉・蘇薄荷・鮮薄荷・薄荷梗・鶏蘇・ハッカ
【基原A】
シソ科Labiataeのハッカ Mentha arvensis L. var. piperascens MALINVAUDまたはその種間雑種の地上部あるいは葉。新しいものが良品である
【基原B】
シソ科の多年草Mentha haplocalyx Briq.の茎と葉。我が国(中国)の南北で均しく生産され、黒龍江省、江蘇省、江西省、浙江省産のものが有名である。収穫期は場所によって異なり、通常は年に2~3回収穫できる。日陰で乾かす。使用時に柔らかく切り分ける
【出典】
新修本草
【性味】
辛・涼
【帰経】
肝、肺
【効能】
疏散風熱(そさんふうねつ)、清利頭目(せいりずもく)、利咽(りいん)、透疹(とうしん)
【応用】
1.外感風熱および温病初期の頭痛、発熱、微悪寒に用いる。
薄荷は清軽凉散で、よく風熱の邪を解くため、多くは辛凉解表剤(しんりょうげひょうざい)に配合され、清熱解毒薬(せいねつげどくやく)と共に用いる。
荊芥(けいがい)、連翹(れんぎょう)、金銀花(きんぎんか)などと配合する。
処方例)銀翹散(ぎんぎょうさん)
2.風熱上攻(ふうねつじょうこう)による頭痛、目赤などの証に用いる。
薄荷は、軽揚升浮(けいようしょうふ)なので清利頭目(せいりずもく)する。よく、菊花(きくか)、桑葉(そうよう)などと一緒に用いる。風熱を宣散し咽喉を調整するので、風熱邪による咽喉腫痛に対して、桔梗(ききょう)、白僵蚕(びゃくきょうさん)、荊芥(けいがい)などとよく配合する。
処方例)六味湯
3.麻疹初期あるいは風熱が肌表を外束して麻疹の透発が不十分なときに用いる。
薄荷は、軽揚宣散の性質をもち疏表散邪し、助疹透発する。
蝉退(せんたい)、荊芥(けいがい)、牛蒡子(ごぼうし)、連翹(れんぎょう)などとよく一緒に用いる。
処方例)加減葛根湯(かげんかっこんとう)
風疹による掻痒にもこれを応用する。
4.肝気鬱滞による胸悶、胸肋脹痛の証に用いる。薄荷は、疏解解欝(そかいかいうつ)できる。白芍(びゃくしゃく)、柴胡などと配合する。
処方例)逍遥散(しょうようさん)
【用量・用法】
2-10g。長く煎じない方がよい
【使用上の注意】
表虚による自汗があるものは服用しない方がよい
※【処方用名】【基原A】は『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)より引用/【基原B】【出典】【性味】【帰経】【効能】【応用】【用量・用法】【使用上の注意】は『中医学』(上海科学技術出版社)より部分的に抜粋し筆者が和訳・加筆したもの
5.薄荷葉やハッカ油はどこで買える? ハッカ油スプレーの作り方
乾燥した薄荷葉は、漢方専門の薬局のほか、薬膳材料を扱う店・中国食材店・インターネットなどで手軽に手に入り、価格もそれほど高くありません。ハーブティーとして楽しんだり、煎じ薬として飲んだりするほかに、足湯の浴剤に使うのもおすすめです。
また、ハッカ油も便利です。お掃除や入浴剤、お部屋の芳香剤、虫除けなど、幅広い使いみちがあります。日本薬局方のハッカ油は、アロマテラピーの精油などに比べて、とても経済的です。
ハッカ油を数滴たらした水で拭き掃除すると、拭いたところから良い香りが漂ってとても清潔な感じがします。ハッカ油スプレーはルームスプレーとしても使えますし、私は既製品を消臭剤・防虫剤として活用しています。
■材料
ハッカ油、無水エタノール、精製水、スプレー容器(アルコール対応タイプ)
■約60ml分のハッカ油スプレーの作り方・手順
1.スプレー容器に無水エタノール20ml、ハッカ油を20滴ほど加える。
2.容器を軽く振って混ぜる。
3.精製水40mlを加えフタをして、よく振り混ぜて完成。
■配合比率
・作りたい全体量に対し、無水エタノールは1/3、精製水は2/3。
・ハッカ油の滴数は、無水エタノールのmlの数字と同じ。
例:無水エタノールが50mlなら50滴。
▼注意点【必ずお読みください】
上記の配合は、ルームスプレーや拭き掃除、ハンカチ・マスクの香り付けなどに使えます。直接肌につける場合は、ハッカ油を半量以下に減らしてください。
※拭き掃除はアルコールがかかってもOKなものが対象です。
最近では、ティッシュやコットンにハッカ油を数滴つけたものをマスクの箱や袋の中にいれています。そうすると、マスクがいい香りになって呼吸もスッキリ、気分がよいですよ! また、インフルエンザやカゼなどの感染症流行時や虫が増える時期は、薬局内でもハッカなどのアロマをたいています。
参考文献:
・小金井信宏(著)『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための温病学入門』医歯薬出版株式会社 2014年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・許 済群 (編集)、 王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版社2014年
・孟澍江(主編)、王乐匋『温病学』上海科学技術出版社 1993年