知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。
第73回 「黒ゴマ」潤いを補ってアンチエイジングする生薬
日々の食卓に登場するゴマ。「ゴマ油」や「ゴマを含む漢方処方(消風散)」は、日本薬局方にも収載されるれっきとした医薬品です。薬食同源という言葉があるように、中医学では薬と食に厳密な区別がありません。あえて分けるとすれば、薬効が高いものが薬、食べておいしいものを食と言えますが、あくまでもふんわりした区別です。
したがって、薬効もあり食材にもなる「はざま的な存在」、つまり「薬食」と言われるものもたくさんあり、ゴマもそのひとつです。はざま的な薬食は、日々の養生にも取り入れやすく、とても重宝します。今回は、ゴマのなかでも「黒ゴマ」について、中医学的な効能について紹介します。香りが良くおいしいだけではなく、アンチエイジング効果も期待されている薬食ですよ。
1.アンチエイジングには「白ゴマ」よりも「黒ゴマ」
昔から日本の食卓に並ぶゴマは、白ゴマに黒ゴマ、最近では金ゴマなんていう種類も耳にしますね。漢方薬として配合されるのは主に「黒ゴマ」です。薬膳の書籍などでは白ゴマもよく紹介されていますが、黒ゴマと白ゴマでは帰経や効能が若干異なります。
黒ゴマは主に「肝・腎」にアプローチするため、アンチエイジングの効果が特に高いです(理由は後述します)。白ゴマは「肝・腎」には帰経せず、主に「肺・脾・大腸」に帰経します。そのため、「肝・腎」に関わるアンチエイジングや髪・眼・生殖器系のトラブルを目的とするなら、白ゴマよりも黒ゴマがおすすめと言えます。
2.精血不足による不調&潤い不足のコロコロ便秘に「黒ゴマ」
黒ゴマは「精血不足(せいけつふそく)」による、白髪・めまい・眼のかすみなどに用いられる生薬です。「精血不足」とは、腎の中に貯蔵されている精(=腎精)と、肝に貯蔵されている血(肝血≒血液)が不足しているという意味です。
また、黒ゴマ・白ゴマに共通する作用として、「皮膚や粘膜を潤す」というのがあります。どちらも腸壁を潤して便通を促すので、腸の粘膜が乾燥してコロコロと乾燥した硬い便が出るタイプの便秘におすすめです。
ちなみに、黒ゴマを含め、麻子仁(ましにん:麻の実)、桃仁(とうにん:桃の種)などのオイリーな成分を含む種系の生薬は、乾燥して便が出ないタイプの便秘(腸燥便秘)に対して他の生薬と共によく用いられます。
精血(=腎精+肝血)の不足は、全身の潤い不足・栄養不足をまねき、肌(皮膚)や髪などの美容にも影響します。肌は、乾燥し、シワ、たるみ、血色が悪くなります。白髪、髪の毛がパサついてツヤがない、髪が細くなる、切れやすくなる、脱毛など、髪の健康にも影響がでます。
目の乾燥(ドライアイ)や膣や腸など、全身の粘膜も乾燥しがちになります。精血を補うために、黒ゴマは身近で摂りやすい食薬のひとつであると言えるでしょう。
「血」の働きや「血虚(=血の不足)」の症状については、こちらの記事でおさらいできますので、ぜひご覧ください。
3.黒ゴマの効能
ここでは中薬学の書籍で紹介されている黒ゴマの効能を見ていきましょう。効能の欄には、四字熟語のような文字が並んでいます。一瞬ギョッとするかもしれませんが、漢字の意味から効能のイメージを掴むのに役立ちます。
胡麻仁(ごまにん)
【分類】
補陰薬
【処方用名】
胡麻仁・黒脂麻・黒芝麻・油麻・巨勝子・小胡麻
【基原】
ゴマ科Pedaliaceaeのゴマ Sesamum indicum DC.の成熟種子
【出典】
神農本草経
【性味】
甘、平
【帰経】
肝・腎
【効能】
補益精血(ほえきせいけつ)、潤燥滑腸(じゅんそうかつちょう)
【応用】
1.
精血不足による病的な白髪、ふらつき、眼のかすみに用いる。本品の効能は、補益精血である。
単品で蒸す、または、炒って香ばしくした後に細かく粉末にして服用する、あるいは、大棗膏と蜂蜜を加えて丸薬として服用する。
また、桑葉を配合すると、桑麻丸となる。
2.
血虚や津液不足による腸燥便秘に用いる。本品は、油分を多く含み潤すことから、養血潤燥、滑腸通便することができる。たいてい、当帰(とうき)、肉蓯蓉(にくじゅよう)、柏子仁(はくしにん)などの養血潤腸薬(ようけつじゅんちょうやく)を配合する。
【用量・用法】
9-30g。煎薬
【使用上の注意】
砕いて使用する。泥状便のものは服用しない方がよい
※【分類】【処方用名】【基原】は『中医臨床のための中医学』(医歯薬出版株式会社)より引用/【性味】【帰経】【効能】【応用】【使用上の注意】は『中医学』(上海科学技術出版社)より部分的に抜粋し筆者が和訳・加筆したもの/【用量・用法】【使用上の注意】は『中医臨床のための中薬学』(医歯薬出版株式会社)より抜粋
ゴマは平性で寒熱の偏りなく補うことができるため、とても使いやすい薬食です。腎精と肝血を補って皮膚や粘膜を潤し、アンチエイジングが期待される作用があります。乾燥したコロコロ便秘に対して、腸壁の粘膜をオイリーな成分で潤し、お通じをよくする作用もあります。
また、ゴマから作るゴマ油は外用薬としても優れ、「紫雲膏(しうんこう)」や「中黄膏(ちゅうおうこう)」などの漢方の軟膏の基剤としても使われています。
4.黒ゴマをたくさん摂るには
黒ゴマはおなじみの食材ですから、もちろんにスーパーで手に入ります。簡単に手に入るものの、味に飽きてしまいがちなので日々の摂取も工夫が必要です。そこで、黒ゴマそのものだけでなく、黒ゴマペースト、黒ゴマせんべい、黒ゴマのおこし、黒ゴマだんご、黒ゴマのアンマンなど、黒ゴマがたっぷり・みっちり入ったおやつを意識的に摂るものも、手軽でおすすめです。
また、中国や台湾では、「黒五(くろご)」といって、黒ゴマ・黒豆・黒米・黒かりん・黒松の実などの数種類の黒い食品を含む粉末が売られています。メーカーによって材料の組み合わせもさまざまで、すこし甘く味付けされていて、熱湯やホット豆乳、ホット牛乳などで粉末を好きな堅さに溶いて、食べたり飲んだりします。中国や台湾ではとても一般的な養生食で、忙しいときの軽い朝食やおやつにできるものです。
日本では黒五はまだあまり一般的ではありませんが、インターネットや中国食材店などで見かけます。黒ゴマ粉末・黒豆きなこ・山芋の粉末・黒糖粉末などを混ぜて、無添加のオリジナルの黒五を自作するのもひとつです。
私は、【黒すりゴマ+黒豆きなこ+ココア+豆乳+蜂蜜+アミノ酸スコア100のほぼ無添加のプロテイン(プレーン味)】をシェイクしてお手軽ドリンクにしたり、【黒すりゴマ・黒豆きなこ・小麦粉・ココナッツシュガー・エキストラバージンココナッツオイル・豆乳】を原料に黒ゴマ&黒豆クッキーにしたりしています。クッキーは材料全部をビニール袋に入れて揉み、棒状に伸ばし、ハサミでビニール袋をさいて、そのビニール袋の上で包丁で輪切りに切って焼きます。キッチンをあまり汚さずに済みます。
ココナッツシュガーは黒糖・粗精糖・蜂蜜・メープルシロップなどに置き換えたり、ミックスしたりすることもあります。砕いたクルミや松の実をクッキー生地に混ぜてもおいしいです。みなさんも「黒ゴマちょい足し生活」をはじめてみませんか?
次回は、今回話にでてきました、我々の命の根幹を支える「腎精(じんせい)」とは何か?についてお話しします。お楽しみに!
参考文献:
・小金井信宏『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・日本中医食養学会(編著)、日本中医学院(監修)『薬膳食典 食物性味表』燎原書店 2019年
・田久和義隆(翻訳)、羅元愷(主編)、曽敬光(副主編)、夏桂成・徐志華・毛美蓉(編委)、張玉珍(協編)『中医薬大学全国共通教材 全訳中医婦人科学』 たにぐち書店 2014年
・戴毅(監修)、淺野周(翻訳)、印会河(主編)、張伯訥(副主編)『全訳 中医基礎理論』たにぐち書店 2000年
・許 済群 (編集)、 王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版社2014年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・王財源(著)『わかりやすい臨床中医臓腑学 第3版』医歯薬出版株式会社 2016年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年
・鄧明魯、夏洪生、段奇玉(主編)『中華食療精品』吉林科学技術出版社 1995年
・翁維健(主編)『中医飲食営養学』上海科学技術出版社 2007年
・梁 晨千鶴 (著)『東方栄養新書―体質別の食生活実践マニュアル』メディカルコーン2008年