”漢方”に強くなる! まるわかり中医学 公開日:2023.08.22 ”漢方”に強くなる! まるわかり中医学

知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。

 第94回 苦いものしかない?予防効果は? 漢方薬の素朴な疑問・その1

患者さんから受ける漢方薬にまつわる素朴な疑問は、一般的な薬剤師さんも「そういえばどうなんだっけ?」と思うものがあるようです。今回は、そんな疑問にお答えします。もしもほかにも素朴な疑問がありましたら、お知らせください。

Q1、漢方薬は苦いものしかない?

A1、苦いことが多いですが、甘いものもけっこうあります。

  

漢方薬の原料は多くが根っこや葉っぱなので、苦く感じることが多いです。ですが、やたらと甘い漢方薬や、いい香りのする漢方薬もあります!
  
甘い生薬が多めに入っている漢方薬は、甘く感じます。代表例は甘草湯、甘麦大棗湯、桔梗湯、小建中湯、芍薬甘草湯、炙甘草湯、帰脾湯などです。いい香りの漢方薬の代表例は、まるわかり中医学の第1回で登場した香蘇散や、半夏厚朴湯、四逆散などです。

 

  
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清熱・解毒する処方は、本当の本当に苦い

  

漢方薬を苦いと言う人は多いですが、不思議なことに、同じ人が飲んでも状況によって味の感じ方が異なります。本当の本当に間違いなく苦いのは、清熱解毒(せいねつげどく)系に属する「苦寒薬(くかんやく)」で、苦さの点でも親分的な存在です。
 
苦寒薬は「苦くて、冷たい・寒い薬」のイメージです。例えば、熱を冷まして解毒もしたいような、真っ赤に炎症(=熱邪)して浸出液が多い(=湿邪)、ジュクジュクした皮膚トラブル(いわゆる湿熱型の皮膚病)などによく使います。
 
苦寒薬を寄せ集めた処方「黄連解毒湯(おうれんげどくとう)」は、信じられないくらい苦いです。しかし、この苦味こそが、熱を冷まして皮膚の赤みをとり、痒みをなくす清熱解毒の力を支えています。このように、漢方薬においては、その味と香りが効能に直結しています。「この苦味こそが効能なのだ!」と思って飲めば、すこしはよいものに感じるかなぁと思います。
 
手軽なエキス顆粒剤の漢方薬を飲む場合も、生薬本来の味や香りがしっかりある製品を選ぶことが大切です。賦形剤や添加物の甘味ばかりあって生薬本来の味や香りが薄いと、飲みやすくはあっても、本来の効きを得ることはできないのです。

 

中薬の「効能」と「味&香り」の関係

  

中薬の味は5つに大別され、これを五味といいます。「酸・苦・甘・辛・鹹(さん・く・かん・しん・かん)」は、それぞれ「酸っぱい・苦い・甘い・辛い・しおからい」を表し、味によって効能に違いがあります。五味のほか、渋味・淡味・芳香味などもあります。

 
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表①に示すように、例えば、甘い味は補う効能を持ち、良い香りは気血を巡らせます。苦い生薬は燥湿(乾燥や発散させる)したり、下降(上から下へ降ろすイメージ)させたりします。

 


 

■表① 五味の効能と意味

 


 

ちなみに、舌で感じる味と、分類される味が違うこともあります。これは、「実際の味から決められた五味」のほかに、補うから「甘」、ミネラルが多いから「鹹」のように、「効能によって味が決められた五味」があるためです。

Q2、「自分に必要な漢方薬はおいしく感じる、という都市伝説は本当?

A2、必要な漢方薬は「マズく感じない」はあるあるです。

 

おいしいとまではいかなくとも、必要な人が飲むと、たいしてマズくないという現象は、嘘みたいな話ですが本当によくあることです。先述した激ニガの「黄連解毒湯」も、本当に必要な人が飲むと、ほとんどの方が「思ったよりも、たいして苦くない」と言います。「むしろ飲みたい味かも」「この苦さが気持ちいい」と言う人までいます。しかし、その患者さんの家族が味見すると、やはり信じられないほど苦いのです。

 

Q3、漢方薬に”予防”の効果はある?

A3、予防は中医学の得意分野です。

 

結論から言うと、漢方薬に病気の予防効果はあります。私が中医学の道を志した最も大きな理由が、中医学の「病気の予防に対する考え方」が素晴らしいと思ったからです。
 
私は大学の薬学部(当時はまだ4年制)にいましたが、「いつになったら病気の予防について学ぶのだろう」と思っているうちに4年生になり、ついに病気の予防についてほぼ触れないまま卒業してしまったことに衝撃を受けました。
 
私の通った当時の薬大には、まだ中医学の研究室がなく(現在は中国医学研究室があります)、唯一、猪越恭也先生の東洋医学概論(自由選択授業)で予防医学について触れたのみでした。他の薬大では学ぶのでしょうか……?
 
心身を崩した人と向き合う職業なのだから、予防について学ぶのは当然だろうと思っていたのですが、周りの友人に話してもピンときていないようで、それもまた衝撃でした。この記事を読んで同じように考えた薬剤師さんはぜひ、中医学の道に進んでください。知識やスキル次第で一生もののキャリアを築くことができます。

 
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「百の治療より一の予防」

 

中医学には「未病先防(みびょうせんぼう)」という言葉があります。これは、未だ病気になっていない段階(=未病)のうちに治すということです。その人の心身の根本的なバランスの乱れを見抜き、未来に起きるであろう病気=未来の病気を予測し、改善・予防するのが中医学の得意分野であり、基本の考え方です。

 


 

「未病先防」がいかに基本的な考え方で、かつ、重要であるかは、古代からさまざまな名著に記されています。中国最古の医学書『黄帝内経(こうていだいけい)』、中国古代の医学書『難経(なんぎょう)』、唐代の神医・気功師として有名な孫思貘(そんしばく)の著書『備急千金要方(びきゅうせきんようほう)』から、以下に一部を抜粋します。文章中の「工」とは医師のことです。

 

“聖人不治已病治未病”(聖人は已病を治さずして未病を治す)
“上医治未病,中医治欲病,下医治已病”
『黄帝内経』

“上工治未病 中工治已病”
『難経』

“上工治未病之病,中工治欲病之病,下工治已病之病”
『備急千金要方』

 

いずれの文章も、言いたいことは「優れた医師は、症状が現れる前の段階(=未病)で予兆に気づいてその芽を摘み取る。平凡な医者(中工)は病気になりかけているものを治す。下等な医師は既に病気になったものを治療する」ということです。
 
病になる前にその芽を摘み取るのが、優れた医者の鉄則であり理想です。今は予兆くらいですんでいても、中医学の専門家にはその体質がいつか招くかもしれない病気が透けて見えます。患者さんの人生を長い目で見ると、専門家である自分が気づいた段階で、その芽を摘んでおいてあげたいと考えます。

 


 

しかし、現実の臨床では、患者さんは症状が出てから病院や薬局へやってきます。日本に漢方薬は存在しますが、中医学的な考え方や養生法が一般に浸透していないことは、大きな損失のように思います。親や学校の先生ですら知らないので、誰からも教えてもらえません。漢方薬局の門を叩くまで、知る機会が一切ないのです。

 
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いわゆる「漢方による体質改善」とは、中医学の専門家がその人の気血陰陽(き・けつ・いん・よう)のバランスの乱れを診て、漢方薬などを用いて整えることです。気血陰陽のバランスが整うということは、精神的にも肉体的にも充実して安定し、さらに若々しい髪や肌といった美容面も良い状態を維持できます。これが、中医学が「バランス医学」とも呼ばれる所以(ゆえん)です。

 
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Q4、”予防”の効果があるのは、どんな漢方薬?

A4、抗ウイルス・抗菌作用のある漢方薬があります。

 

病気の予防には体質改善のほかにも、菌やウィルスを直接的にやっつけることで感染症を予防する清熱解毒薬を用いる時もあります。「漢方の抗菌薬・抗ウィルス薬」のあだ名を持つ「板藍根(ばんらんこん)」もそのひとつです。

 
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感染症にかかりづらい体質にする漢方薬ももちろんあります。免疫力・抵抗力が落ちた原因に気の不足があるなら玉屏風散(ぎょくへいふうさん)、生脈散(しょうみゃくさん)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)などですし、ストレスで気の巡りが悪いなら、逍遥散(しょうようさん)、香蘇散(こうそさん)、血の不足なら四物湯(しもつとう)、紫河車(しかしゃ)などが必要でしょう。

 

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免疫力・抵抗力が落ちる原因が複数考えられる場合は、何種類かの漢方薬を組み合わせて体質改善します。さらに、今まさに流行っている感染症があれば、ウィルスや細菌をやっつける清熱解毒薬を足すといった感じで用います。
 
予防や体質改善の漢方薬は、「その人にとって必要な漢方薬」であることが重要です。不必要な漢方薬を飲んで可もなく不可もなしで済めばよいですが、病がかえって悪化することもあります。同じ症状や病気に悩んでいる家族や友人がこの漢方が効いた!と言っているからといって、自分にとってその漢方薬が必要とは限りません。
 
次回は、「漢方薬の違い(メーカー、剤型、販売場所などで違うのか?)」などについてお話しします!お楽しみに!

 
 
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参考文献:
・小金井信宏(著) 『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・丁光迪 (著), 小金井 信宏 (翻訳) 『中薬の配合』 東洋学術出版社 2005年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・許 済群 (編集)、 王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版社2014年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年
・三浦於菟(著)『東洋医学の未病思想』日本未病システム学会雑誌10(1):25-28,2004年
・小池一男(著)『漢方の世界へようこそ』第63回東邦大学薬学部公開講座プログラムテーマ:『漢方、サプリメント&ハーブで健やかに』2017年
・『中薬大辞典』上海科学技術出版社 小学館 

 
 
 

中垣 亜希子(なかがき あきこ)

すがも薬膳薬局代表。国際中医師、医学気功整体師、国際中医薬膳師、日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー、管理薬剤師。
薬局の漢方相談のほか、中医学・薬膳料理の執筆・講演を務める。
恵泉女学園、東京薬科大学薬学部を卒業。長春中医薬大学、国立北京中医薬大学にて中国研修、国立北京中医薬大学日本校などで中医学を学ぶ。「顔をみて病気をチェックする本」(PHPビジュアル実用BOOKS猪越恭也著)の薬膳を担当執筆。

すがも薬膳薬局:http://www.yakuzen-sugamo.com/

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