”漢方”に強くなる! まるわかり中医学 公開日:2024.05.14 ”漢方”に強くなる! まるわかり中医学

知れば知るほど奥が深い漢方の世界。患者さんへのアドバイスに、将来の転職に、漢方の知識やスキルは役立つはず。薬剤師として今後生き残っていくためにも、漢方の学びは強みに。中医学の基本から身近な漢方の話まで、薬剤師・国際中医師の中垣亜希子先生が解説。

 第102回 「湿熱邪」とは?治しにくい理由とためないための養生

中医学では湿熱邪(しつねつじゃ)があると、治りにくくてやっかいだと警戒されます。実際、治りにくい皮膚疾患、化膿、炎症をはじめ、難治性の症状・疾患が、湿熱邪に関係していることは少なくありません。今回は、この「湿熱邪」とはなんぞや?ということと、湿熱邪をなるべくためない食養生をご紹介します。

1.湿熱邪(しつねつじゃ)とは

「湿熱邪」とは、「湿邪(しつじゃ)」と「熱邪(ねつじゃ)」が合わさった状態です。

 

湿熱邪=湿邪+熱邪

 

「湿」とは水のダブつきのことで、人体に不要なものなので「邪」と続きます。「湿邪」があると、水分がジメジメ・ドロドロ・ビシャビシャと体内に停滞し、さまざまな不調を招きます。「痰湿(たんしつ)」とか「痰飲(たんいん)」、もしくは「水毒(すいどく)」などと呼ばれることもあります。
 
反対に、人体にとって必要な潤い、清らかな潤いは「津液(しんえき)」といいます。
 
「熱」とは熱が体内にこもっていることで、人体に不要な熱は「熱邪」です。熱は正常な状態では、なにかしらの方法(大便・小便・発汗など)で体外に放出されるはずですが、放出されずに熱がこもってしまうことがあります。
 
ここでいう「熱」は西洋医学で言う発熱の熱とは異なる、中医学の概念です。おおざっぱに言うと、実際の体温の高低とは限らず、本人が感じているほてりや熱っぽさ、炎症や化膿などによるフィジカルな熱、精神的ストレスに起因する肝火・心火(=メンタルの熱)なども含みます。

2.「湿邪」と「熱邪」、それぞれの治療法

「湿邪」は“水”、「熱邪」は“火”と真逆の性質を持つため、治療法も真逆です。
 
「湿邪」を除くには、温めて水のダブつきを解消する「温薬(おんやく)」を用います。
 
「熱邪」を除くには、冷やして熱のこもりを解消する「寒薬(かんやく)」を用います。
 
実際に「湿熱邪」を治療する際は、以下の3つを組み合わせて用います。その時々の状況に合わせて、バランスを検討します。

 

● 冷やしつつ乾燥させる「苦寒薬(くかんやく)」
黄連(おうれん)・黄芩(おうごん)・黄柏(おうばく)・竜胆草(りゅうたんそう)など
 
● 脾を温めて乾燥させることで水のダブつきを解消する「温燥薬(おんそうやく)」
陳皮(ちんぴ)・藿香(かっこう)・白豆蔲(びゃくずく)など
 
● 水分代謝を正して不要な水を追い出す「利水薬(りすいやく)」
茯苓(ぶくりょう)・沢瀉(たくしゃ)・薏苡仁(よくいにん)など

 
🔽 陳皮について解説した記事はこちら

 
🔽 薏苡仁について解説した記事はこちら

3.湿熱邪が治しにくい理由

「湿熱邪」は「湿邪」と「熱邪」が合わさったものなので、ざっくり3パターンのバランスが考えられます。これらは、はっきりクッキリ分かれておらず、①~③の間でグラデーションになっているイメージです。

 

①湿邪>熱邪
湿邪が熱邪より多い(大きい)
 
②湿邪=熱邪
湿邪と熱邪が同じくらい
 
③湿邪<熱邪
湿邪が熱邪より少ない(小さい)

 

「③湿邪<熱邪」は、ほぼ熱邪なので、ただ冷ませばよい場合がほとんどです。単純な熱邪の治療法に近く、治すのは比較的簡単です。
 
しかし、「①湿邪>熱邪」と「②湿邪=熱邪」はやっかいです。というのも、この2パターンはたいてい体内で以下のような状態で存在しているからです。

 

特に直しにくい 湿熱邪のパターン

 

このように、湿邪が熱邪を包みこんでいるイメージです。熱を放出したくとも、ダブついた水が行く手を阻みます。熱を冷ましてばかりだと、冷えるせいでますます水の代謝が落ち、湿邪が増えます。反対に、水を除くために温めて乾燥させると、今度は熱邪が盛んになるでしょう。
 
いったいどうすればいいんだ!?と思いますよね。だから、湿熱邪は治しにくいのです。実際に、治しにくい性質の感染症や国指定の難病の一部は、中医学的には「湿熱邪」が関係していることがあります。

4.湿熱邪があると、どのような症状があらわれるか

湿熱邪が体内にたまると、経絡を通じて全身に運ばれ、運ばれた先で悪さをし、いろいろな表出の仕方をします。
 
湿熱邪が運ばれた先で悪さをすると、例えば以下のような症状が表れます。

 

● 体の裏(=内臓) → 内臓の病
● 体の表(≒皮膚) → 皮膚の病
● 頭部 → めまい・頭痛・頭皮が脂っぽい・脱毛症など
● 耳 → 耳鳴・難聴・耳だれ・耳痛など
● 眼 → 眼の炎症や化膿・目ヤニが多い・眼の充血・眼痛・眼圧が高いなど
● 鼻、のど、気管支 → 痰や鼻水が粘っこい、黄色~緑色、量が多いなど
● 皮膚・粘膜 → 赤み・痒み・腫れ・浸出液・化膿など
● 足腰 → 足腰痛

 

※上述の症状・疾患の原因がすべて湿熱邪というわけではありません。湿熱邪が関係しているケースもあるという例です。例えば、脱毛症は湿熱邪が関係していることもあるほか、腎精不足、肝鬱により起こることもあります。
 
また、湿熱邪があると分泌物や排泄物が以下のように変化する傾向があります。
(分泌物・排泄物の例:汗、涙液、目ヤニ、皮脂、耳カス、鼻汁、痰、唾液、小便、大便、オリモノ、精液、乳汁、乳頭分泌物、傷口からの分泌物…など)

 

● ニオイが強い(熱邪・湿熱邪)
● 色が濃い、黄色~緑色(熱邪・湿熱邪)
● 質がネバネバしている(熱邪・湿熱邪)
● 量が多い(湿邪)
● 膿が混じる(熱毒・湿熱毒)

 

このような変化(異常)にいち早く気づくためには、自分を観察して普段の状態を知っておく必要があります。自分の通常が正常とも限りませんが、なにごとも通常を知らなければ、変化(異常)にも気づかないものです。自分で訴えることができない子どもやペットなどは、保護者が把握するようにしましょう。

5.湿熱邪をためない食養生・注意が必要な飲食

現代人の周りは、知らず知らずのうちに湿熱邪をため込む習慣であふれています(飲食以外でも湿邪・熱邪・湿熱邪は生じます)。このコラムで繰り返しお伝えしている“肥甘厚味と生冷飲食、刺激物は摂り過ぎないように”というフレーズを覚えていますでしょうか? おさらいしておきましょう!

 

● 肥甘厚味(ひ・かん・こうみ)
油っこいもの(肥)、甘いもの(甘)、味が濃いもの(厚味)
 
● 生冷飲食(せいれいいんしょく)
ナマの飲食(生)、冷たい飲食(冷)
 
● 刺激物
アルコール・香辛料・タバコなど

 

“摂取し過ぎる”とは、一般的には大したことがなくても、自分自身にとってtoo much(多過ぎる)であることも含みます。量が多い・種類が多い・頻度が高いなど、自分の消化吸収能力を超えた分は「湿熱邪」となり、体内に停滞し、悪さをします。
 
流行りの健康法や食事法が、自分の体質にとって良いとは限りません。漢方薬局でカウンセリングしていると、以下のような例をよく耳にします。

 

● 食後の数粒のナッツを止めたら、胃もたれしなくなった
● 豆乳を毎日たくさん飲んでいたが、量を半分にしたら調子がよくなった
● 1日に水を2リットル飲む習慣を止めて、温かいものを飲みたい分だけにしたら調子がよくなった
● ベジファーストを意識してサラダから食べると胃が痛くなるが、温かい汁物から食べるようにしたら治まった

 

これらは脾胃がもともと弱い人にとっては、ますます脾胃に負担をかけてしまう飲食だったため、やめたら改善したケースです。どれも、専門家や有名人が身体に良いと紹介しているのを聞いて始めたとのことでした。
 
ほんとうに自分の内臓が欲しているのかどうか、自分にとっての適量は自分にしかわかりません。流行りにとらわれ過ぎずに、夏休みのアサガオ観察のように自分自身を客観的に観察してみるといいかもしれません。
 
続いて、湿熱邪を生みやすい、摂り過ぎ注意な飲食を解説します。

 

(1) 油っこいもの、肉類

油っこいものや肉類は消化吸収に負担がかかるため、「湿熱邪」を生じやすいです。以降、特に下線部は、私が個人的に気をつけた方がよいと感じるものです。

 

代表例:バター、マーガリン、ラード(豚脂)、ヘッド(牛脂)、生クリーム、肉の脂身、揚げ物、ポテトチップス、肉類など

 

油分は人体に必要なものです。決して摂ってダメなわけではありませんが、質の良い油分を適量摂ることが大切です。例えば、エキストラバージンオリーブオイル、亜麻仁油、えごま油、サチャインチ(インカグリーンナッツ)オイル、エキストラバージンココナッツオイルなど。
 
昨今、さかんに肉を食べろという声も聞きますが、食べ過ぎには注意です。良質な油分・良質なたんぱく質(赤身肉など)を適量摂ることが大切です。
 
ハンバーグやつくねなどのいわゆるミンチ系の加工食品は、ジューシーさやかさ増しのために、余分な脂肪やその他材料を加えていることが多いです。健康を意識するなら、外食はミンチ系ではなく原型をとどめているものを注文すると良いでしょう。また、市販のカレーやシチューのルーには、豚脂と牛脂が多量に含まれていることが多いです。

 

(2) 甘いもの

甘味は体内のものの動きを止め、停滞させる性質があるため、湿邪を生じやすいです。特に洋菓子は「脂」「甘」の両方に当てはまる砂糖・生クリーム・バターが入っていることが多く、湿熱邪を生じやすいので注意が必要です。

 

代表例:糖分を多く含む甘すぎるもの、甘いチョコレート、ケーキ、甘みの強い菓子類、清涼飲料水など

 

最近は、和菓子にも生クリームやバターが入っていることがあり、同じく湿熱邪を生じやすいです。小豆自体には、解毒作用や利水作用もあります。甘みの少ないあんこで、上述の油分が含まれていない和菓子のほうが健康的です。

 
🔽 小豆について解説した記事はこちら

 

また、胃炎の前兆として甘いものを食べたくなることがあります。しかし、甘いものの食べ過ぎはかえって胃腸を弱らせてしまいます。甘いものをどうしても食べたくなったら、甘栗・干し芋・ドライフルーツなどを少量食べるのがおすすめです。ただし、これら天然の甘味も、消化能力を越える量を食べれば、湿邪を生む可能性があります。
 
余談ですが、市販のノンオイルドレッシングは、油なしでおいしくするためにブドウ糖果糖液糖・果糖ブドウ糖液糖などの糖分(異性化糖)を多く含んでいる場合があります。異性化糖はブドウ糖の10倍以上の糖化リスクがある上、過剰な糖はタンパク質と結合し、動脈硬化や老化を促す終末糖化産物(AGES)が作られます。
 
対策としては、食品の原材料欄を確認するクセをつけることです。原材料欄は量が多い順に記載されています。例えばノンオイルドレッシングや清涼飲料水の原材料欄を見てみると、冒頭付近にブドウ糖果糖液糖・果糖ブドウ糖液糖などが書かれていることが多いです。

 

(3) 生もの・冷たいもの

生冷飲食は胃腸を冷やしてその機能を低下させ、湿邪を生みます。

 

代表例:生の魚介類・アイス・冷たい飲み物など

 

胃腸が弱い人は、生の野菜や果物も控えめに。胃腸が弱い人や冷え性の人は、常温の飲食でも身体を冷やします。火を通して、口に入れたときに温かいものを飲食しましょう。

 

(4) アルコール

アルコールは「湿熱」そのものです。赤み・かゆみ・化膿などを顕著に悪化させることが多いので、皮膚トラブルがある人は控えましょう。

 

代表例:ビール・焼酎・日本酒・ウィスキー・そのほか酒類

 

(5) 香辛料

香辛料・スパイス類全般が温熱性、つまり熱を生むはたらきがあります。香辛料の中でも、特に辛いものは刺激も熱性も強いため、体内に熱を生じ、胃腸の粘膜に負担をかけます。また、辛くなくても、香りのあるスパイス類(花椒・山椒・シナモン・八角など)は温熱性なので、熱を生じます。

 

代表例:唐辛子・ハバネロ・キムチ・カレー・胡椒など辛いもの

 

(6) 加工食品(添加物)

加工食品は消化吸収・分解解毒しにくく、「湿熱」を生じやすいです。代謝した結果としても、老廃物(≒湿熱邪)が生まれます。

 

代表例:添加物の多い食品全般、ファストフード、菓子類

 

(7) 乳製品・卵

乳製品や卵などの高タンパクなものは消化・吸収に負担がかかるため、自分の消化能力を超えた分は湿熱邪を生じます。

 

代表例:牛乳・チーズ・ヨーグルト・卵・大豆(消化器系が弱い人・食べ過ぎると)など

 

(8) コーヒー・タバコ

コーヒーは興奮作用が強く、飲み過ぎると熱を生じます。また、胃粘膜を荒らすため、胃腸が弱い人は控えましょう。タバコは毒性が強く、熱(熱毒・燥熱)を生じます。

 

6. さいごに

おいしいものを思い浮かべてみると、たいてい注意すべき飲食に当てはまりませんか?(私はそうです!笑)ショックなことに、いわゆる「おいしいもの」は、湿熱邪をためやすいことが多いです。当てはまらなかった人は、普段からさっぱりとした健康的な飲食をしているのかもしれませんし、もしかしたら偏食しすぎているのかもしれません。
 
外食で食べる肉野菜炒めはなんだかコクがあっておいしい感じがしますね。自炊と比べると火力や調理技術の差もありますが、豚脂や牛脂を使って炒めていることもおいしさの秘訣。現代人の生活様式は湿熱邪をためやすいポイントに満ちています。
 
現在、体質を改善中の方はもちろん、上記した食材を好む方は少し気をつけてみると良いでしょう。このことを知っているか知らないかで、今後の人生(健康状態)が大きく違ってくると思いますよ!

 
 
参考文献:
・小金井信宏(著)『中医学ってなんだろう(1)人間のしくみ』東洋学術出版社 2009年
・丁光迪 (著)、小金井 信宏 (翻訳)『中薬の配合』 東洋学術出版社 2005年
・凌一揆(主編)『中薬学』上海科学技術出版社 2008年
・中山医学院(編)、神戸中医学研究会(訳・編)『漢薬の臨床応用』医歯薬出版株式会社 1994年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための中薬学』医歯薬出版株式会社 2004年
・翁 維健 (編集) 『中医飲食営養学』上海科学技術出版社 2014年6月
・日本中医食養学会(編著)、日本中医学院(監修)『薬膳食典 食物性味表』燎原書店 2019年
・許 済群(編集)、王 錦之 (編集)『方剤学』上海科学技術出版 2014年
・神戸中医学研究会(編著)『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 2004年
・伊藤良・山本巖(監修)、神戸中医学研究会(編著)『中医処方解説』医歯薬出版株式会社 1996年
・李時珍(著)、陳貴廷等(点校)『本草綱目 金陵版点校本』中医古籍出版社 1994年

 
 
 

中垣 亜希子(なかがき あきこ)

すがも薬膳薬局代表。国際中医師、医学気功整体師、国際中医薬膳師、日本不妊カウンセリング学会認定不妊カウンセラー、管理薬剤師。
薬局の漢方相談のほか、中医学・薬膳料理の執筆・講演を務める。
恵泉女学園、東京薬科大学薬学部を卒業。長春中医薬大学、国立北京中医薬大学にて中国研修、国立北京中医薬大学日本校などで中医学を学ぶ。「顔をみて病気をチェックする本」(PHPビジュアル実用BOOKS猪越恭也著)の薬膳を担当執筆。

すがも薬膳薬局:http://www.yakuzen-sugamo.com/

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