学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。
アルツハイマー病治療薬「レカネマブ」が承認! 効果は?薬価はどうなる?
この7月6日、米国食品医薬局(FDA)は、エーザイ社・バイオジェン社のアルツハイマー病治療薬レカネマブを正式に承認しました。また日本でも、8月21日に行われた厚生労働省の専門家部会で、製造販売が承認されています。
何しろアルツハイマー病の患者は600万人以上(2020年)ともいわれ、大きな社会問題になっていますので、このニュースは大きなインパクトをもって受け止められました。
アミロイド仮説の是非
アルツハイマー病治療薬については、多くの製薬企業が長年にわたって多大な投資を重ねてきましたが、一向に成果は挙がりませんでした。このためファイザーなどのメガファーマさえも開発を諦めて撤退しており、筆者も本連載でかなり暗い見通しを書いたことがあります。
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こうした状況であるため、これまでのアルツハイマー病治療薬開発の根本である、アミロイド仮説を疑う声も高くなっていました。この病気は、脳内でアミロイドβと呼ばれるタンパク質の断片が蓄積し、これが脳細胞の死滅を引き起こすという仮説です。
以前本連載で取り上げたアデュカヌマブもその一つで、アミロイドβを除去することは確認されたものの、臨床的有用性は低いという結果でした。にもかかわらず米国で迅速承認が下りたことで騒動になったのですが、現場からは効能が薄いと判断され、現在に至るまで普及はしていません(朝日新聞デジタルより)。
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しかし今回登場したレカネマブは、まさにアミロイドβを除去する作用を持った医薬です。そしてアデュカヌマブとは異なり、レカネマブは臨床試験ではっきりと有意な薬効が現れています(Science Portalより)。
では両者は何が違うのか――。アデュカヌマブなど今まで試験された抗体は、すでに脳内に沈着したアミロイドβをターゲットにしていました。しかしレカネマブは、アミロイドが繊維を形成する前の「プロトフィブリル」に結合し、これを除去します。この点が、薬効の差として現れた可能性が考えられます。また、臨床試験の設計の巧拙が明暗を分けた面もありそうです。
認知症を「征服」するか
レカネマブ登場への反響は、近年の医薬の中でも屈指の大きさといえます。たとえば「文藝春秋」2023年8月号には、「アルツハイマー征服が現実に」と題した10ページの記事が掲載されました。
しかし、レカネマブがアルツハイマー病を「征服」できるかといえば、少々疑問符がつきます。臨床試験で明らかになったその効果は、18ヶ月間の投与で症状の悪化が27%抑制されるというものです。
これは学問的には非常に大きなブレイクスルーに違いありませんが、症状の悪化に2年かかっていたものが、2年半になるだけともいえます。症状の進行を遅らせるのみであり、回復させることは望めません。
このため、患者はPET(Positron Emission Tomography)と呼ばれる装置で診断を受け、投与して効果を見込めるかどうかを判定する必要があります。この装置は大規模で高価であるため、設置場所は都市部に集中しています。この点は、今後の整備が待たれます。
薬価はどうなる?
レカネマブの日本での薬価はまだ決定していませんが、かなりの高値が予想されます。米国では年間2万6500ドル(本稿執筆時のレートで約387万円)という薬価がつけられており、日本でもこれと大きく離れていないラインになるとみられます。
日本には高額療養費制度があるため、通常の年収の人であれば自己負担額は年間14万円程度で済みます。しかしその不足分は、国庫からまかなわれることになります。仮にレカネマブの薬価を年間300万円とし、アルツハイマー病患者の3%に当たる人数が投与を受けたとすると、約5200億円が国庫から支払われる計算です。これは、2022年の国内ランキングトップであるオプジーボの売上(約1423億円)の、4倍近くに相当します。
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一方、これまで巨額の開発費を投じてきた製薬企業からすれば、ようやく成功させた画期的な新薬に、高い薬価をつけてほしいのは当然です。今後、根治を目指すような新薬開発に向け、研究開発費はいくらでも必要です。
このような次第で、レカネマブの薬価は今後の認知症新薬の方向性をも左右しうるとみられ、算定はなかなか難しいことになりそうです。どのような結果が出るか、今後に注目です。
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<参考URL>
・アルツハイマー病のアミロイドβ仮説は死んだのか?|日経バイオテク
・認知症薬アデュカヌマブ、普及は困難 米で承認から1年…効果不透明|朝日新聞DIGITAL
・エーザイのアルツハイマー病新薬、治験で「悪化の抑制効果あった」と発表|Science Portal