薬にまつわるエトセトラ 公開日:2024.03.07 薬にまつわるエトセトラ

薬剤師のエナジーチャージ薬読サイエンスライター佐藤健太郎の薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第113回

ゲームが医薬になる?遊びながら治療する“デジタル薬”の可能性と課題

 

ゲームと医薬の関係

コンピュータゲームが誕生して以来、ゲームと薬は切っても切れない関係でした。格闘ゲームやロールプレイングゲームにおける体力回復アイテムとして、薬は定番というべき存在です。
 
ゲーム内に登場する薬も、正体不明の薬草から実在の医薬品まで、いろいろな種類があります。薬剤師のみなさんなら、なんでポケモンにインドメタシンを飲ませると素早さがアップするんだろうと、ちょっと違和感があったりするかもしれません。

これと別に、ゲームは時にドラッグのような中毒性を持つことがあります。誰しも時間を忘れてゲームにふけった経験が一度や二度はあると思います。他のジャンルで、これほど熱中するものはそうありません。
 
ゲームのやり過ぎは害毒になりますが、これをうまく生かせば生活習慣の改善などに結び付けられるはずです。世界的に大ヒットし、多くの人に歩く習慣を身につけさせた『ポケモン GO』などはその一例でしょう。
 
また、エクササイズゲームの『リングフィット アドベンチャー』は、ステージ内を走ったり魔物と戦ったりしながら、自然に体を鍛えられることで多くのファンを獲得しました。筆者自身もプレイしていますが、その効果を強く実感しています。自分一人では、あれだけの運動をなかなかできるものではありません。何より、運動嫌いな筆者が3年もトレーニングを続けられていること自体、ゲーム化というアプローチがいかに有力かを物語っていると思います。

 

ゲームで治療する

となれば、ゲームを病気の治療に役立てること、いわばゲームを「薬」にすることも可能であるはずです。実はすでに2020年、そうした治療薬が米国で承認されています。小児の注意欠陥・多動性障害(ADHD)を改善する『EndeavorRx』がそれで、この分野の第1号製品となりました。
 
EndeavorRxを開発したのは、米国のベンチャー企業であるアキリ・インタラクティブ・ラブズ社です。ゲーム画面を見る限り、「医薬」「治療」といった雰囲気はどこにもなく、通常の子供向けアクションゲームに見えます。しかしその内容は、プレイヤーの集中力を改善するため、脳科学者とゲームデザイナーによって注意深く設計されたものです。

 

ゲームの内容は、主人公が乗り物に乗り、障害物を避けながら同じ色のキャラクターを集めていくというものです。乗り物の操縦はスマホやタブレットを左右に傾けることで、キャラクター集めは画面をタップすることで行います。2つの異なるタスクを同時に行うことで、注意力と集中力を高める狙いです。
 
このゲームは、1日25分以上のプレイを週5日、少なくとも1ヶ月以上続けることになっています。こうして時間をかけて脳の神経回路を組み換え、症状の改善を目指すものです。その効果は7年間にわたる臨床試験で実証済みということであり、73%の子供に注意力の向上が見られたといいます。日本では塩野義製薬がアキリ社と提携しており、2020年から臨床試験を進めているということです。
 
参照:ADHDの治療薬「アデロール」不足で注目される“ビデオゲーム療法”|WIRED.jp

 

「ゲーム医薬」に未来はあるか

スマホアプリを用いた治療手段(デジタルメディスン)の例は過去にもあり、薬物依存症の治療手段となるアプリ『reSET』が、2017年に米国で承認を受けています。

🔽 『reSET』について紹介している記事はこちら

また、田辺三菱製薬とハビタスケア社は、糖尿病ケアアプリ『TOMOCO』を開発しています。このアプリでは、画面に現れるコンシェルジュが患者を励まし、あるいはアドバイスをしてくれます。食事や運動のデータを登録し、栄養士と情報を共有できるなど、総合的に生活習慣を改善していくことを目指したアプリです。
 
参照:デジタルメディスンの第一弾 糖尿病ケアアプリ「TOMOCO」社会実証の開始について~実証パートナーとなっていただける国民健康保険・健康保険組合などの保険者、地方自治体を募集~|田辺三菱製薬株式会社
 
とはいえ、これらアプリは途中で投げ出してしまいやすいのが難点です。ゲーム形式のデジタルメディスンはこれらを一歩進め、没入しやすく、治療が続きやすいように工夫を盛り込んだものといえるでしょう。

ではこうした「ゲーム医薬」は、これから主流になっていくのか――といえば、今のところ必ずしもそうはいえないようです。日本国内に限れば、デジタルメディスンアプリ全体の臨床試験は年々増加傾向にあるものの、ゲーム形式のものは2018年をピークに減少傾向にあるとのことです。
 
参照:デジタルメディスン開発の潮流と製薬産業の関わり|医薬産業政策研究所
 
なぜゲーム形式は伸びていないのでしょうか。たとえば先ほどのEndeavorRxの「Google Play」におけるレビューを見ると、記事執筆時点では5段階評価で☆2.6と、かなり低い点数がつけられています。
 
参照:EndeavorRx® – Kid|Google Play
 
実際にプレイした人の感想を見ると、毎回同じことの繰り返しで、ストーリーラインもなければラスボスとの戦いもないから、すぐに飽きてしまうという感想が多いようです。いくらでも面白いゲームがある中、つまらないゲームを繰り返し子供にやらせることがいかに難しいか、容易に想像はつきます。
 
ゲームとしての楽しさと治療効果は、相容れにくいものかもしれません。この2つをいかに両立するかが、「ゲーム医薬」の今後を占うポイントになりそうです。


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

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