薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第67回

新型コロナウイルス感染症の新薬・ワクチン開発状況まとめ

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大はとどまるところを知りません。どうやらコロナウイルスとの闘いは一月二月ではなく、長期戦を覚悟せねばならない、というのが多くの識者の見解です。その戦局を大きく変えうるのはやはり新薬、そしてワクチンということになるでしょう。ということで、前々回前回に引き続き、これらの開発状況をまとめてみたいと思います。

アビガン

まず日本発の期待株・ファビピラビル(商品名アビガン)について、その後の様子をまとめておきましょう。中国では、深センと武漢で行われたアビガンによる治療が、それぞれ論文として発表されています。

このうち深センの論文は、前回お伝えした通り、PCR検査で陰性になるまで対照群が11日を要したのに対し、ファビピラビル投与群は4日で回復したなど、非常に期待をもたせる結果でした。ただしこの試験はランダム化がなされておらず、人数も少ないため、割り引いて見ておく必要はあるでしょう。

武漢の方の論文は、240人の患者に対して、抗インフルエンザ薬アルビドールを比較対象として試験を行っています。その結果は、7日目での臨床的回復率に差は見られず、発熱や咳の期間が約1.7日程度短縮されるという、やや期待はずれな結果でした。ただしこれは、アーカイブに公開されただけの未査読論文ですので、その点を含んでおく必要があります。

アビガンに関しては報道が先行し、期待ばかりが高まっていますが、これから各国で行われる大規模な臨床試験の結果を見なければ、まだ何とも言えない状況です。日本では6月末に試験終了の予定となっており、その解析結果を待ちたいところです。

レムデシビル

一方、ギリアド・サイエンシズ社がエボラ出血熱治療薬として開発したレムデシビルも、米国で臨床試験が急ピッチで進められています。結果は、「重症の113人を含む125人の新型コロナ患者を対象としたシカゴ大医学部による治験で、レムデシビルを毎日投与したところ、発熱や呼吸器症状が著しく改善し、1週間以内にほぼ全ての患者が退院した。死亡したのは2人のみだった」(時事メディカル、2020年4月17日)とのことで、これを見る限り著効と言ってよさそうです。中等度、重度の患者にも効果が出ているようなのは、大きな希望と思えます。(ただし治験が失敗との情報も出てきています。情報がやや混乱しており、続報を待つ必要がありそうです)

トランプ大統領は、このレムデシビルの承認を迅速に進める方針のようですが、承認されればすぐさま全世界の患者に届く、というわけにはいきません。レムデシビルの構造はかなり複雑で、大量合成は簡単ではないと思われます。また、レムデシビルはアビガンなどと異なり、静脈内投与を必要としますので、無菌での製造が求められるのも難しいところです(経口・吸入での投与も検討中)。

ギリアド社では、今年5月までに14万人分を、10月までに50万人分を、12月までに100万人分を供給する計画としています(ギリアド社ホームページより)。状況が状況ですので、他の製薬会社で製造を行うこともありうるでしょう。大量合成を担当するプロセス化学者たちの、腕の見せ所となりそうです。

ワクチンの開発状況

治療薬だけでなく、ワクチンの開発も歴史上類を見ない速度で進められています。3月16日には、米国立保健研究所(NIH)の国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)が、新型コロナウイルスワクチンの臨床試験に入ったことを発表しました。

通常のワクチンは、ウイルスを鶏卵で培養するなど、手間と時間がかかります。しかし今回のワクチン(Moderna社のmRNA-1273)は、mRNAワクチンという新しいタイプのもので、ウイルスの培養を必要とせず、遺伝子配列さえわかれば作成が可能です。今回は、遺伝子配列の発表から約2ヶ月と、まさに驚異的なスピードでの臨床試験入りとなりました。ただしmRNAワクチンはこれまで臨床試験を通過して承認を受けた例がまだなく、先行きには不安を残します。

旧来のタイプのワクチンも、世界の製薬企業が研究を開始しており、ビル・ゲイツ氏が7種のワクチン製造に資金を提供し、同時に工場の建設を進めていることも話題になっています。このうち5つか6つは無駄に終わりますが、数ヶ月早くワクチンを提供できるなら十分に意味があるという考えで、富豪たるものこうでなければという感じがします。

その他、大阪大学やアンジェスなどのグループは7月の治験開始を目指すとしていますし、英国オックスフォード大学は9月に投入できるよう試験を進めると発表しています。その他、世界で60以上のワクチン開発計画が進められているということです。

とはいえ、ワクチンがいつ実用化できるか、どのくらいの効果かは予測しようがありません。効果・安全性の確認にはそれなりの時間がかかりますから、今年中の実用化は実際には難しいと思います。同じコロナウイルスが引き起こす疾患であるSARSやMERSには、有効なワクチンが完成しないままに終わっている例もあります。ともかくどれかは成功して、少しでも多くの命が救われてほしいと願うばかりです。

※本稿に記載の内容は2020年4月24日時点の情報をもとにしています。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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