薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第66回

アビガン、フサン……新型コロナウイルス治療薬の最新開発動向

2020年2月25日に公開した本連載第65回「新型コロナウイルスの新薬開発、驚異的な速度で各国が参入」では、各国が驚異的なスピードで新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の新薬開発に取り組んでいる現状を紹介しました。あれから約1カ月経ったいま、臨床現場への登場に向けてさらに一歩進展した新薬の最新動向をお届けします。

イブプロフェンは危険か?

まず既存の医薬品の話題から。3月14日、フランスのヴェラン保健相が「COVID-19の患者に対して、イブプロフェンやコルチゾンなどの抗炎症薬を使うと、症状を悪化させる恐れがある。解熱にはアセトアミノフェンを服用して下さい」とツイッターで発言し、これが4万回以上もリツイートされるなど注目を集めました(ヴェラン保健相の2020年3月14日のツイート)。

しかしこれに対して「そのような証拠はない」との反論も上がっています。WHOでは、解熱剤としてアセトアミノフェンを使うよう一旦呼びかけましたが、後にイブプロフェン服用による症状悪化は見られていないと軌道修正しています(NHK、2020年3月18日)。

ただしインフルエンザの場合、イブプロフェンがインフルエンザ脳症のリスクを上げることはよく知られていますから、熱が出た場合に自己判断で安易に服用しない方がよいのは確かでしょう。この件については、さらに情報を注視した方がよさそうです。

アビガンは世界を救うか?

前回も書いた通り、COVID-19治療薬の開発は全世界で、過去に例のない勢いで進められています。中でも抗ウイルス薬レムデシビルは、すでに大規模な臨床試験が進行中です。4月に結果が出る予定でしたが、トランプ大統領が審査の迅速化を指示しており(毎日新聞、2020年3月21日)、このまま行けばレムデシビルが世界初のCOVID-19治療薬となりそうです。

インフルエンザ治療薬ファビピラビル(商品名アビガン)もまた良好な成績を挙げており、ニュースでも大きく報道されています。この薬は核酸アナログに分類され、ウイルスのRNA合成を阻害して増殖を防ぎます。

中国での80名の患者を対象にした臨床試験では、PCR検査で陰性になるまで対照群が11日を要したのに対し、ファビピラビル投与群は4日で陰性になったとのことです(いずれも中央値)。また胸部CT画像でも、対照群の改善率が約62%であったのに対して、ファビピラビル投与群は約91%と、極めて良好な結果でした(NHK、2020年3月17日)。

小規模な試験とはいえ、この段階で有力な治療薬候補が出てきたのは、希望を抱かせる結果です。この結果を受けて中国科学技術省は、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者の診療ガイドラインへの掲載を推奨する」と発表しています(日経ビジネス、2020年3月19日)。

ただし、ファビピラビルには副作用の問題があります。催奇性の可能性が動物実験で示唆されているため、使用に制約がかけられているのです。とはいえ、特に重症化しやすい高齢者に使用可能であれば、現在恐れられている医療機関のパンクを緩和できる可能性が見えてきます。これは、大きな希望といえるでしょう。

意外な薬の効果

・フサン

意外なジャンルの医薬が効果を示す可能性も浮上しています。東京大学の井上純一郎教授らは、膵炎治療薬であるナファモスタット(商品名フサン)が、新型コロナウイルスの感染を効率的に防ぐ可能性があると発表しました。ウイルスが細胞に侵入する際に働くプロテアーゼを阻害するもので、予防的に使える可能性も考えられています。臨床試験はこれからではありますが、期待が持たれます(東京大学医科学研究所「新型コロナウイルス感染初期のウイルス侵入課程を阻止、効率的感染阻害の可能性がある薬剤を同定」)。

・ヒドロキシクロロキン

古典的なマラリア治療薬であるヒドロキシクロロキンが、新型コロナウイルスに対して有効との結果も出つつあります。この薬が抗炎症作用・免疫調整作用を持ち、一部のウイルス性疾患にも効果があることは知られていましたが、その作用機序は十分明らかになっていません。

フランスで24人を対象とした臨床試験の結果、対照群では6日後にウイルスが消失していたのは10%であったのに対し、ヒドロキシクロロキン投与群では75%がウイルス陰性となりました。近く、大規模な試験が開始される予定です。

またフランスからは、ヒドロキシクロロキンとアジスロマイシンの組み合わせが効果的との報告もなされています。マクロライド系抗生物質であるアジスロマイシンがここで登場するのは意外に思えますが、抗炎症作用や抗ウイルス作用があることも知られているとのことです。こうした組み合わせが、今後もいろいろと出てくると思われます(MÉDITERRANÉE INFECTIONより)。

これらの医薬は豊富な使用実績があり、毒性や副作用などのデータは十分出揃っています。また、安価な薬剤であることも大きなメリットです(ロイター、2020年3月19日)。

・カレトラ

一方で、エイズの治療に用いられるカレトラ(ロピナビルとリトナビルの合剤)は、残念ながら対照群よりも投与群の方が、死亡率・治癒期間とも上回ったという結果が出ています。人数の少ない中での結果とはいえ、少々先行きは厳しそうです。

その他、喘息治療に用いられる吸入ステロイド剤、回復者の血清、抗体医薬などさまざまなアプローチが試されています(ACS Publicationsより)。いずれも、今のところは既存の医薬や医薬品候補化合物の転用が主体で、新型コロナウイルスに特化した新薬の開発はまだもう少し先になると思われます。

すでにCOVID-19による被害と混乱は、スペイン風邪以来最大といってよいものになっています。これら新薬やワクチンが一刻も早く臨床の現場に登場し、沈静化に貢献してほしいと心から願う次第です。

※本稿に記載の内容は2020年3月24日時点の情報をもとにしています。

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佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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