薬にまつわるエトセトラ 薬にまつわるエトセトラ

学べば学ぶほど、奥が深い薬の世界。もと製薬企業研究員のサイエンスライター・佐藤健太郎氏が、そんな「薬」についてのあらゆる雑学を綴るコラムです。

第65回

新型コロナウイルスの新薬開発、驚異的な速度で各国が参入

中国をはじめ世界各地で感染拡大が続く新型コロナウイルス。有効な治療法やワクチンが存在しないことから、各国で通常では考えられないほど驚異的なスピードで新薬開発が進められています。本稿では2020年2月21日時点での開発最新状況を紹介します。

新型コロナウイルス感染症の特徴

昨年末に中国・武漢市で発生した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する話題は、連日トップニュースで報じられています。薬局ではマスクや消毒用アルコールがほとんど売り切れているなど、薬剤師のみなさんの職場にも大きな影響が出ていることと思います。

流行開始から2ヶ月ほどが過ぎ、ウイルス及び疾患の実態についてもかなり詳しいことがわかってきました。対策としては、医師の高山義浩氏がフェイスブックでまとまった情報提供をされていますので、以下に要点を記します。

・多くの場合、風邪のような症状が1週間ほど続き、そのまま軽快する
・高齢者や基礎疾患のある人(ハイリスク者)の場合、ここから倦怠感と息苦しさが出ることがある
・入院治療を要するほど重症化するのは、10日目あたりから
・ハイリスク者がいる家庭では、手指のアルコール消毒を徹底
・家族が風邪を引いたら、本人は手指消毒徹底、ハイリスク者を家庭内隔離
・高齢者施設などでは、面会を中止するなど特に厳重に警戒
・風邪症状が出ただけで、新型コロナかどうか救急外来を受診することは避ける
高山義浩氏Facebook 2020年2月16日の投稿を要約

ということで、若い世代が重症化することは今のところ少ないようですが、ハイリスク者については特に警戒すべきということのようです。マスクについてはほとんど触れられておらず、手指の洗浄消毒が強く推奨されているのは、もっと周知されるべきことでしょう。

当初報じられていたより死亡率は低そうであり、軽症あるいは無症状の人が多いというのは、一見安心材料と映ります。しかし一面ではウイルスの拡散を抑え込みにくいということでもあり、強く症状が出る感染症よりも、トータルでは多くの死者を出してしまうこともありえます。その意味では、非常に厄介なウイルスに違いありません。

驚異的な速度で進む中国の開発

本稿執筆時点(2020年2月21日)で、この病気の確立された治療法は存在せず、重症化した患者への対症療法が行なわれるのみです。当然、治療薬の開発などずっと先のことになる――と思っていたのですが、非常な速さで動きが始まっています。

早くも1月25日には、中国科学院などのグループから、新型コロナウイルスの増殖の鍵となるタンパク質の結晶構造解析に成功したとの発表がなされました。(中国科学院上海药物研究所、2020年1月25日)タンパク質の結晶化は難しく、年単位の年月がかかることも珍しくありませんから、これはちょっと信じがたいほどの速度です。武漢市では、かなりの規模と設備を備えた病院を10日で建ててしまったことが話題になりましたが、それに勝るとも劣らない早業といえるでしょう。

こうして得られたタンパク質の立体構造に、コンピュータ上で各種の化合物を当てはめ、優れた阻害剤を探す試みも行なわれました。この結果、いくつか有効性を示す化合物が見つかり、すでに20本以上の臨床試験が進行中とのことです。

2003年にアウトブレイクした、重症急性呼吸器症候群(SARS)の病原体も今回と同じコロナウイルスであったため、その時の経験やノウハウが生かされていると思われます。とはいえこの速度は非常なもので、中国研究陣の実力に驚異(そして脅威)を感じない製薬企業はないことでしょう。

米国、オーストラリア、日本の開発の現状

もちろん、新型コロナウイルスへの闘いを始めたのは中国勢だけではありません。1月29日には、オーストラリアの研究者がウイルスの培養に成功したと報告しました(BBC NEWS JAPAN、2020年1月29日)。また日本の国立感染症研究所でも、1月31日に国内患者からコロナウイルスの分離に成功しています(国立感染症研究所ホームページ、2020年1月31日)。検査キットやワクチンの開発につながる、重要な成果といえるでしょう。

タミフルやソバルディなど多くの抗ウイルス薬を擁する米国・ギリアド・サイエンシズ社も、レムデシビルという化合物の臨床試験を開始するとしています(ギリアド・サイエンシズ株式会社、2020年2月3日)。これは核酸アナログ型の抗ウイルス薬で、もとはエボラ出血熱の治療薬として開発されたものです。

日本で開発されたインフルエンザ治療薬・ファビピラビルも、中国で臨床試験が開始されており、まだ初期段階ではありますが有効性を示しているとのことです(富山テレビ、2020年2月17日)。また、リトナビルやロピナビルといった、抗HIV薬も臨床試験が進行中です。

2月2日にはタイで、71歳の女性にこれら2剤とオセルタミビル(タミフル)の3種混合薬を投与した結果、48時間でコロナウイルス陰性となったとの報道がなされました(AFP、2020年2月6日)。

なお、抗HIV薬が有効という情報から、新型コロナウイルスは免疫不全を引き起こすとか、人工ウイルスではないかとの噂がネット上で広まりました。しかし、薬剤師のみなさんならご存知の通り、ひとつの抗ウイルス薬が複数のウイルスに効果を示すことは珍しくありません。異なるウイルスでも、同じ仕組みを利用して増殖するものがあり、ここを狙い撃つ薬は両者に効果を示します。

これらの薬は、新型コロナウイルスに完全にカスタマイズされたものではありませんが、組み合わせて使うことなどで、十分な効果を発揮する可能性はありそうです。手放しに喜べる状況ではとてもありませんが、各国の努力で素早く治療薬が実現に近づいているのは、一つの希望といえそうです。

※本稿に記載の内容は2020年2月21日時点の情報をもとにしています。

<この記事を読んだ方におすすめ>
・ジョンソン・エンド・ジョンソンが新型コロナウイルスに多角的アプロ―チ、ワクチン開発に着手(2020年2月12日)
・新型コロナウイルス、分離に成功~検査キット開発を最優先
・抗ウイルス薬の開発はなぜ難しいか
・製薬企業で活躍する薬剤師


佐藤 健太郎(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

ベストセラー『炭素文明論』に続く、文明に革命を起こした新素材の物語。新刊『世界史を変えた新素材』(新潮社)が発売中。

佐藤 健太郎
(さとう けんたろう)

1970年生まれ。1995年に東京工業大学大学院(修士)を卒業後、国内製薬企業にて創薬研究に従事。2008年よりサイエンスライターに転身。2009年より12年まで、東京大学理学系研究科化学専攻にて、広報担当特任助教を務める。『世界史を変えた薬』『医薬品クライシス』『炭素文明論』など著書多数。2010年科学ジャーナリスト賞、2011年化学コミュニケーション賞(個人)。ブログ:有機化学美術館・分館

 

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